五 それはそれは素敵な幼女と一郎の弱点

 男の体が眩まばゆい光を発し、一郎は目を閉じる。




「お、おい。お前、わたちに何をした?」




 澄んだ鈴の音のような幼女の声がそんな言葉を奏かなでる。




「おお。これは!!」




 目を開けた一郎の前には、先ほどのまでいたはずの男の姿はなく、その代わりに、長く美しい金髪に、陶器のような白い肌をした、六歳くらいの幼女が立っていた。




「かわいい。凄くかわいい。俺が、この姿を創造したのか?」




 一郎は幼女の顔を見つめて呟く。




「本当にかわいい。ミーケも驚くほどだ」




 ミーケが言葉を漏らす。




「いや、ちょっと待てよ。わたちは男だぞ? ええ? わたちって。何? いや、もうそれはいい。わたちは、今二十歳で、大学生で、チーターで、極悪非道なんだぞ」




 動揺した様子で男、改あらため、幼女が言う。




「お前も自分の姿を見てみろ」




 ミーケが来ている服のポケットから鏡を取り出すと、幼女の前に差し出す。




「これが、わたち?」




 鏡を見た幼女の動きが止まる。




「ヤバいだろ?」




 一郎は言いながら幼女の背後に回る。




「うん。ヤバい。これは、別の意味でチートだ。このゲームのキャラクリでこんなの作れるのかよ」




 幼女がその姿に似つかわしくない言葉遣いで言う。




「ああそうだ。ちなみに。今の姿への書き換えの際に、お前の個人情報や使用している機器情報のすべてが管理者の持っている情報と照合されたから。今後、お前は、デリュ―ジョンの世界で何をやっても、その姿になるし、パラメーターとかもずっと今の値から上がらないから」




 ミーケが説明しつつ、一郎の隣に来る。




「そう、なんだ。それは、困る、かな」




 幼女が鏡を見つめたままどこか他人事のように言う。




「駄目だ駄目だ。おい。キングオブロリ。その言葉遣いはなんだ。ちゃんとしろちゃんと。せっかくそんな姿になったんだ。それを大切にしろ」




 一郎は大きな声を上げた。




「はい?」




「はいじゃない。はううぅ、とか、きゃんっ、とか、なんかそういうのあるだろう?」




「ジャベリン。キングオブロリって何?」




「名前だよ。俺が今考えたこの子の。エロゲー歴二十年以上の俺が見ても、この子ほど完璧なロリっ子はいない。だから、ロリの王でキングオブロリだ。呼びにくかったら、キンロリでもいい」




「ジャベリン。女の子なのにキングって言ってる所とかも合わせて、お前。本当に馬鹿だろ」




「ミーケ。黙ってろ。今は、俺とキンロリが話をしている」




「キングって、わたちはどうすればいいの?」




 キンロリが小さな声で言う。


「幼女らしくしろ。お前はもうそれだけでいい。それだけで勝ち組だ」




「そうなの? じゃあ、ちょっと、こんなふうにポーズとかとってみたりして。えへっ」




 くるりと金色の髪をなびかせつつ振り返り、一郎を見上げるような恰好をしたキンロリが、あざとさ全開で小首を傾げてみせる。




「どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」




 一郎は暴走した。自分の頭と顔を覆っている兜を脱ぎ捨てると、キンロリを抱き上げ、そのお腹に顔を押し付ける。




「くすぐったい。お兄ちゃん、うふふ。お兄ちゃんって呼んじゃったぁ。ねえ、お兄ちゃんったら、くすぐったいよぉ」




「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」




「こら。ジャベリン。何やってんだ。やるならミーケに、あ、違った。放せ。それは犯罪だぞ。年齢的に色々まずいんだぞ」




「まずくない。この子の中身は二十歳の男。いや。男はこの際忘れよう。この子の中身は二十歳だ。この子は断じて非実在青少年ではなーい!!」




「お兄ちゃん。駄目だよぉ。」




「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。いいぞぉ。キンロリ。いいぞぉ」




 一郎は声を上げ、キンロリを高く掲げるように持ち上げる。




「ジャベリン。なんだよっ。ミーケの方がおっぱいとか大きいのに」




 ミーケが一郎の肩を掴む。




「ええーい放せ。さっきから変な対抗心を燃やして。ジャンルが違うんだ。ジャンルが」




 そう言った一郎の背中に、ミーケの豊満な胸がぶつかり押し付けられる。




「ミーケえぇぇ。それは駄目だ。卑怯だ。けしからん。けしからんぞー」




 一郎の絶叫が辺りに響き渡ると、突然、爆発音が轟とどろき、一郎の頭が黒煙を噴き上げた。一郎は力なく、その場にへたり込み、顔を俯うつむける。




「お兄ちゃん」




 一郎の手からは解放され、地面の上に降り立ったキンロリが言う。




「ジャベリン」




 ミーケが、大きな声を出す。




「なんだったんだ今の?」




 すぐに一郎は顔を上げると、何事もなかったのかのように言った。




「お兄ちゃん。良かった」




「もう。ミーケだって心配してるのに」




 キンロリとミーケの声が重なる。




「あ。お母さんから連絡だ」




「お母さん? 急に何を言ってるんだミーケよ」




「言ってなかったっけ。お母さんの事、ミーケ達は管理者の事、お母さんって呼んでるの。それでね。お母さんからなんだけど、ジャベリンはね。エッチな事を考えたりやったりやろうとしたりして、欲情ゲージがマックスになると、頭が爆発するんだって。なんでも、死んだ時の後遺症らしいよ」




 ミーケが言い終えると嬉しそうに微笑む。




「なぜだ? ミーケ。なぜ微笑む?」




「だって。ミーケの事、ああ、違う。そんな事はどうでいいんだよ。あ。でも、さっきのってミーケの胸のせいだよね?」




「はあ? 違うぞ。あれはキンロリの所為だ。キンロリのぷにぷにきゅるるんとして、とっても柔らかいお腹があったからだ」




「高度過ぎだろっ。意味分かんない。ジャベリンの馬鹿。死ね」




「なあ、いや、ねえ、二人とも」




 キンロリが何やらかしこまった様子で言った。




「どうした?」




「わたち。間違ってた。今までチート行為で迷惑かけてごめんなさい」




「なんで? 急になんで?」




 ミーケがキンロリの前に壁のように立ちはだかって言う。




「わたちね。色々不満があって、大学の試験とか、バイトとか、恋愛とか、友達関係とか。そういうののストレスのはけ口としてゲーム内を荒らし回ってた。こんなふうになって分かったの。今のわたちは、わたちが酷い事をしていた人達と同じように無力で弱い。でも、こんなふうに輝く事ができてる。わたちはわたちと同じような人達の、誰もが持っているはずの輝きを奪ってしまっていたんだわ。わたちはもう人に迷惑はかけない。これからは、この容姿を活かしてこの世界の中を楽しむわ。お兄ちゃん。本当にありがとう」




「お前、反省してないだろ。改心して前向きになりましたみたいな事言ってるふうだけど、違うぞそれ」




 ミーケがキンロリを睨む。




「そうか。キンロリ。それでいい。この世界で何か困った事があったらいつでもお兄ちゃんの所に来るんだ。お兄ちゃんはいつでお前の事を思って待っているよ」




「お兄ちゃん」




「キンロリ」




 ミーケの横をさっとすり抜けて、そばに来たキンロリと一郎は硬くがっちりと抱き合った。




「きぃぃぃー。こらー! キンロリ。なんで、ミーケの事うまくよけてるんだよっ。もう。とりあえず、今はログアウトしちゃえ」




 ミーケの声とともにキンロリの姿が消えた。




「お兄ちゃん。また必ず会おうね」




「ああ。俺達の絆は永遠だ。誰にも引き裂く事はできない」




「なんだよ。おかしいだろ。ミーケはちゃんと考えてこの姿になってたのに。なんでだよ」




 ミーケがぼそぼと呟くように言う。




「あん? ミーケどうした?」




「なんでもない。とっとと次の任務に行くから。もうジャベリンは黙ってて」




 ミーケが言うと、周囲の風景とミーケの姿が歪んだ。

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