六 温泉回なんだけど、なんか、本当にすいません

 気が付けば、一郎とミーケは砂浜の上に立っていた。目前には、海らしき物が広がっている。




「ミーケさんミーケさん。ここは?」




「ここは、この西洋風ファンタジーゲーム内にある温泉だ」




「温泉? どう見ても海に見えるんだけど」




「後ろを見てみろ」




 一郎は振り返り、背後を見る。




「なんだ? 海の家?」




 たくさんの店が横に並ぶようにしてひしめき合っている。どの店も、西洋風ファンタジーに出て来るような造りなのに、看板やら、軒先にある物などが、純和風の海の家の物だった。




「ラムネとか、アイスクリームとか。あ。焼きトウモロコシに、イカ焼きまでって、だから、これ、どう見ても海だろっ」




 一郎は、周囲を見回した。




「よーし。ミーケは水着になろうっと」




 ミーケの服装がぱぱっと変わり、かわいいふりふりの付いた純白のワンピース型の水着になった。




「うひゃあ。エロいぞミーケ!! もう温泉とか海とかどうでもいいや。俺も水着に」




「駄目だよ。ジャベリンは戦うんだから。そうだ。さっき、勝手に兜かぶとはずしたよね? あれ今度やったら殺すよ。せっかく、顔を隠す為にこういうのにしてるんだから。素性を隠すっていう役目があるの分かってる?」




「いや。分かんね。アドミニミニコード。水着姿に変われ」




 ぶっぶ―という効果音がどこからともなく聞こえて来る。




「あれ? 水着になってない」




「残念。ジャベリンの能力に制限をかけちゃいました。鎧はもうはずせませーん」




 ミーケが言って、自分の水着姿を見せ付けるようにくるりと回る。




「なあ、ミーケ。素性なんてバレたっていいじゃないか」




「駄目だよ。ジャベリンのデータがハッキングされたら大変なんだから。デリートとかされたら、もう二度と元に戻れないかも知れないんだ」




「コピーとかバックアップとかとっておけばいいじゃん」




「そんなのとっくにとってあるよ。けど、今のジャベリンが消えた時に、そのデータを使って、今のジャベリンがそのまま出て来るか分からない。ジャベリンは特殊な存在なんだから」




「俺が現実で死んでるから?」




「そう。だから、今のオリジナルのジャベリンを大事にしないと」




「ミーケ。俺の事をそんなに心配してくれてんのか?」




 一郎の言葉を聞いたミーケが驚いたような顔をする。 




「そ、そんな事ない。ジャベリンの事なんて全然心配なんてしてない」




 ミーケの尻尾がわっさわっさと激しく揺れる。




「ミーケ。尻尾がなんだか激しいぞ」




「ひゃんっ。べ、別に図星ずぼしを突かれて動揺してるとかじゃないから。全然ミーケは普通だから」




 わっさわっさわっさわさささのさ。




「うーん。謎だ。ミーケのリアクションの意味が俺には全然分からん」




「もう。なんだよ、この朴念仁ぼくねんじん。いいの。気にしなくっていいから。とにかく、ジャベリンはそのままだから」




 ミーケが言って、海の家のある方に向かって歩き出す。




「おい。どこに行く?」




「焼きトウモロコシと、イカ焼き買うの~」




 ミーケが歌うように言う。




「待て。ミーケよ。話はまだ終わってない」




「もう。ミーケは早く食べたいんだけど? これ以上何を話すの?」




 ミーケが振り向く。




「俺のデータの事だけど、今、ここで俺のコピーを出してみないか? そうすれば、どうなるかが分かる」




「なんで? そんな事して意味ある?」




「あるだろ。俺が水着になれる」




「駄目。却下。面倒臭い」




「あ~ん? ミーケさんよぉぉ。随分ずいぶんと冷たいじゃないの? そんな事言っていいのか~?」




 一郎はミーケの尻尾をささっとつかむ。




「びぃぃー。ミーケわぁ。ジャベリン~。らめぇぇ」




「おお。これは。なんとも、いやらしい」




 一郎はミーケの尻尾をこすこすしたりにぎにぎしたりしてみる。




「ジャ、ジャベリン、らめらよぉ。ミーケわぁ。ミーケわぁ」




 一郎は更に不埒ふらちな行為をミーケの尻尾にしようとする。




「ちょっと。お客さん達。店の近くで、そんな破廉恥はれんちな事されると、迷惑なんだけどな」




 青地に赤い大きなハイビスカスの花が咲いているアロハシャツを着ていて、もの凄く日焼けをしているオールバックの男が一郎達に近付いて来る。




「あ、はい。すいません」




 男の姿を見て、やっべー。からまれる。と思った一郎は、さっとミーケの尻尾から手を放す。




「ひゃ~ん。やらぁ。ジャベリーン。もっとぉ。もっとぉ」




 ミーケの瞳はハートマークになっている。




「ミーケ。こらミーケ。しゃきっとせんか。しゃきっと」




 一郎はミーケの背中をばしばしと叩く。




「あーん。これはこれで。ミャーン」




「駄目だこれ。あの、すいません。これはちょっと、もう駄目そうなので、放っておいてやって下さい」




 一郎は男に向かって頭を下げた。




「いやいや。いいんだけどさ。ここはそういうのもありなリゾートだから。けど、ほら。俺らも商売だから。あんまり店の近くで大っぴらにやれると」




「なんだよ。ジャベリン。途中でやめるとかないだろ。お前、最低だな」




 復活したミーケが、何事もなかったかのように言う。




「おっと。娘さん。邪魔して悪かったね」




「ええ? うん。次に邪魔したら、ここで商売できなくしちゃうよ」




「いや、そんな事言われてもって、あれ? 娘さん、あんた、お母さんとこ直属の?」




「そうだよ。ミーケだよ。おっさん、知ってて邪魔したろ?」




「いやいや。知らなかったって。本当だよ。そんな事より、今日はなんだい? 遊びに来たのかい? そうなら、うちにおいで。食べ物でも飲み物でもサービスするから」




「本当に? 全部ただでいいの?」




「いや。ただはちょっと」




「ふーん。じゃあ、お母さんになんて報告しよっかなー」




「分かったよ。まったく。ミーケちゃんにはかなわないな」




 ミーケとおっさんが海の家に向かって歩き出す。




「あ、おい。俺も」




 一郎は、二人の後を追おうとしたが、踏み出した足をすぐに止める。




「俺一人でコピー出してみるか」




 一郎はひとりごちると、アドミニミニコード。俺のコピーよ出ろ。と言ってみる。みょーんという効果音がどこからか聞こえて来たかと思うと、一郎の目の前に一郎が一人現れた。




「おお。これは。なあ、おい。俺。調子はどうだ?」




「ハァーイ。マイネームイズイチロウ。ア―ユーマ〇ーファッ〇ー?」




「?????」




「ヘーイ。イッツプレイ。ヘアヘアヘア」




 一郎がリアクションに困っていると、コピー一郎が腰を激しく振り始める。




「な、なんだよ、こいつ。駄目だろ、どう見ても」




 一郎がどん引きしていると、腰を振っている勢いで、コピー一郎が移動しはじめる




「ハーハッハッハッハッハ。シーユーアゲンッヌ」




「ああ、うん。また」




 コピー一郎はそのままどこかへと行ってしまう。




「うわー。なんだろうな、あれ」




 一郎は懲こりずにもう一度コピーを出してみる。




「あらぁ。どうもぉ。一郎よぉ」




「はい。次行ってみよう」




「おっす。オラ」




「それアウトだろ。次」




「俺の名は柳生一郎。シャイでちょっぴりお調子乗りの三十二歳。てへぇ」




「死ね。次」




「パオオオン。パオパオパオーン」




「意味分からないし。次」




「一郎。俺と寝ないか? ずっこんばっこん。気持ち良くしてやるぜぇ? ずっこんばっこん」




「寝ない。次」




 一郎は意地になってコピー一郎を出し続ける。気が付けば砂浜はコピー一郎でいっぱいになっていた。




「おお。なんだこれは? この温泉街に人が大勢」




「本当だ。怪獣が出て以来じゃないか?」




「久し振りの大盛況じゃ」




「みなさーん。海の家竜宮城はこちらですぞー」




 海の家の関係者達がにわかに騒がしくなる。




「やっべ。夢中になってやり過ぎたかも」




 一郎は周囲を見回す。




「ジャベリン。お前、何してんの? 馬鹿なの?」




 両手いっぱいに海の家でもらった食べ物を持ったミーケが一郎に近付いて来た。




「いや、あの、これは。ミーケ。どうしよう?」




 一郎はミーケに潤うるんだ瞳を向けた。




「どうするって消せばいいじゃん」




「でも、消すって事は殺すって事だよな?」




「そうだけど、なんか問題ある?」




「なんか、かわいそうというかなんというか」




「はあ? じゃあこのままでいいの?」




 ミーケがそう言った後で、あ。でも、これなら一人くらい持って帰ってもバレないかも。などと不穏ふおんな事を呟く。




「分かった。消そう。で、どうすればいい?」




「がおがおがおがおーん」




 海、もとい、温泉の方向から、かわいい女の子の咆哮ほうこうが聞こえて来た。

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