8(ちひろ視点)

 あの日、みつきが女友達と帰っているところを見た。

 部活終わりの、初夏だというのにうだるような暑い夕方、校庭のフェンス向こうにその姿を見つけた。

 その時は妙な組み合わせだなあと、遠目に思った。


 聖ヶ丘と関戸。どちらも我が強くて、強烈なキャラをしている。

 どっちもいじめをするような奴じゃないことは分かっていても、なにせあいつは気が弱いから。

 ひょっとしたら困っているんじゃないかと、ちょっと心配でもあった。

 それなら、オレが助けに行ってやらないと。あいつは、オレがいないとだめだからさ。


 けれど、あいつは笑っていたのだ。あいつが何の遠慮もなく、屈託なく笑う姿を最後に見たのはいつだったんだろう。

 あいつが嬉しそうに友達が出来たことを報告してきたのは、その翌日のことで、喜ぶべきことなのに、胸がとてももやもやした。


 この気持ちは、よく知っている。

 小6のとき、聖ヶ丘とみつきと、3人で一緒に家で遊んだ時に感じた気持ちと一緒だ。

 付き合うなんて言うつもりなんてなかったのに、聖ヶ丘とみつきが仲良くしているところを見たら、いつのまにか口に出してしまったのだ。

 

 何やってるんだろうオレは。

 オレが好きなのはずっとお姉ちゃんで、みつきのことは恋愛対象として見たことなんてなかったはずなのに。


 今ではみつきのことは好きだ。でも恋愛対象かって訊かれるとうーんって首をひねってしまう。

 みつきの面倒を見ていると、お姉ちゃんも機嫌がいいし、何より女の子の格好をすることに対して前向きになれる。みつきが居ると、楽しい。それは間違いないのだけれど。


 小学生の時声をかけたのは、ただの気まぐれだったけれど、それからずっと後をちょこちょことついて来られて、可愛い弟みたいだなって思ったし、頼られて悪い気はしなかった。

 女になってからも、どんどん女っぽくなっていくあいつのことを羨ましいとは思ったことは何度もあるけど、でもさ。

 みつきはずっとオレの後を着いてくるだろうって、思ってたんだよ。

 

「ちひろ? どうしたの? ぼーっとして」


「ん。あ、わりい。今日買った服似合うかなーって思ってさ」


 おっと危ない。落としかけた紙袋をぎゅっと握り直した。

 気づいたら、隣を歩くみつきが子犬みたいにオレを見上げている。

 つい考え込んでしまったみたいだった。


 せっかくずっと来たかったお店に堂々と入ることが出来て、店員さんも可愛いねって褒めてくれて、すごく嬉しかったはずなのに、ちっとも気分が盛り上がらない。


 どうしても気分が乗らなくて、用事があるからって適当に言い訳して、かなり早めに家路についてしまっている。

 あーもう。やばいな、オレ。今日は本当にどうかしてる。


「似合うよ、絶対似合う! だってちひろ、可愛いもん! 女の子にしか見えないし、絶対こういうの合うよ!」


「まじで? めっちゃ嬉しいよ」


 にこっと、笑顔を作った。

 本物の女になった奴にいわれてもな、ってどっかで冷めてるオレが言う。

 だめだだめだ。みつきは悪気なんてないんだから。

 

「ね。わたしもこういう系挑戦してみようかな。ちひろどう思う?」


「似合うと思うよ。前来たときは、何も買わなかったん?」


「うん。ゆうりさんも、るきさんも、好みじゃないって速攻帰っちゃうから、じっくり見れなかったんだよね。ちひろがそう言うなら、わたしも着てみたいな」


「おー。いいんじゃん。っていうかお金あるの、みつきは。大丈夫かよー。怒られても知らないよ」


「聞いて聞いて。期末の成績が良かったから、ちょっとは買っても良いんだって!」


「へー。いいじゃん。偉いな、みつき。頑張った」

 

 ゆうり、ね。

 よく言うよ。さっきまであんまり興味なさそうな顔してたくせにさ。

 今日の服だって、シックな感じがいかにも聖ヶ丘の好みって感じじゃん。


 うおおお。なんだよオレ。本当に性格悪いぞ。

 どうしたんだよ。いつもみたいに、可愛いみつきを守ってやらなきゃ。こいつは、もともといじめられっ子だったのに、その後無理やり女になってさ、苦労してきてさ。オレが守ってやらなきゃいけないんだ。


「あきらさんも、こういう系好きだよね? だって前着させられた服、こんな感じだったもん。あきらさんのセンスとちひろの好みってやっぱ似てるんだね」


「ん。あーまあね。お姉ちゃんの影響がでかいからね、オ……わたし」


「いいなあ。わたしもあんなお姉さんほしい。美人で、格好良くて。ちひろが好きになるのも分かる気がする」


 なに、へらへら笑ってんだよ。

 なんで笑えるんだよ。

 

 ねえ、みつき。

 なんでオレに嫉妬してくれないの?

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