痛い。

 朝から焦っていた。

 もう1日経ったのに、まだ体の中に違和感とひりひり感が残ってて、なんでか今は腰が痛い。

 極めつけに、トイレに行ったらまだ生理でもないはずなのに血が出るし。

 スマホで調べたらたまにあることみたいで、そこでひとまず落ち着いた。


 誰かに相談したい。

 でも、ちひろには相談しづらかった。

 ちひろに迷惑を掛けることだけは絶対に嫌だ。

 相談したら、きっと安心させてくれる。そのはずだ。これまでだってそうだったんだから。


 でもでも。

 我ながらうじうじしてるとは思うけど、結局何も言えなかった。その日の学校はなんでも無い風を装って過ごして、家に帰ってからもなんともなかったからほっとして眠りにつくことが出来た。

 そしてそのまた次の日。


「……え」


 下着にうっすらとまた血がついている。

 流石にこれはやばいかも。

 体の中がひんやりして、胃がひっくりかえりそうだ。

 誰かに。誰かにどうしたらいいか訊きたい。

 でも、誰に?


……。


「わたしが知るわけないじゃない!」


「ひっ」


 怒鳴られた。


「悠里。きれすぎ。はーい、暴れない暴れない」

 

 背の高い関戸さんに羽交い締めにされながらも、なおのこと鋭い目を向けてくる。


「うがー!」


「うがーってあんたね」


 その日の放課後、空き教室に聖ヶ丘さんと関戸さんを呼び出して相談したのだ。


「その……他に相談できる人、いなくて……ごめん」


「…はーあ」聖ヶ丘さんが露骨にため息を付いて「本当仕方ない人だよね、百草くん。っていうか、関戸、離して」


「お。ゆーり落ち着いた?」


「別に。最初から怒ってない」


「いやいや。放っておいたら噛みつきそうな勢いだったじゃん」


 関戸さんが苦笑いをしつつも、聖ヶ丘さんを離してから、ぼくの頭を軽く撫でながら言う。


「あたしのときもそうだったし、たぶん平気だよ。どうしても心配なら、諦めて親に言って病院に行くしか無いと思うけどね」


「本当? 良かった。本当に、良かった」


 ほうっと体から力が抜けるみたいだった。鼻がツンとしてきて、流石にここで泣くのは恥ずかしいから、お腹に力を入れてなんとか一歩手前で我慢した。


「関戸もしたことあるの?」


「前の彼氏とね。すぐ別れたけど」


 あっさりと言い放った関戸さんに、聖ヶ丘さんは眉をこれでもかっていうぐらいしかめた。


「君たち、なんなの? なんでそんなに簡単に体を許せるの? 本当に好きなの? それって、百草くんみたいに不安になって、泣きそうな顔してまでするべきことなの?」


「失礼なー。別に簡単にってわけじゃないって。ねえ、もーちん」


 もーちん?

 あ、ぼくだ。


「え、あ、うん。好きだから……」


「だから、その好きってなに? じゃあなんで片倉君に相談しないわけ?」


「だ、だって、迷惑かけたくないし」


「悠里」


 関戸さんの声を制して、聖ヶ丘さんがぼくの手首を掴んで続ける。


「言えないからでしょ? 百草君はいつも片倉くんの言いなりだもん。反論してるところなんて一度も見たこと無い。どうせ今回のも片倉くんから誘われたからしたんでしょ」


「ち、違うよ!」


 聖ヶ丘さんを睨み返して、叫んだつもりだった。

 けど、じんわりと滲んできた涙のせいで、結局彼女の顔はよく見えなかった。


「違う? 何が違うの? 『ぼく』から『わたし』に変えた時でさえ、片倉くんに決めてもらったくせに。それって本当に好きって言えるの?」


「好きだよ! 今回のだってぼくが良いよって誘ったんだ。だって、そうしないと、ちひろは、ぼくのこと……」


 はっとなって、唇を噛んだ。

 好きじゃないもん。そう、言おうとしたのだ。


「なに? 言ってみなさいよ」


「悠里。言い過ぎだよ」


 関戸さんのいっそ冷たいぐらいの落ち着いた声で、我に返った。

 聖ヶ丘さんが苦々しげにぼくの手を離して、一歩下がってそっぽを向いた。


「わたしは、百草くんに自分を大事にしてほしいだけよ」


「みんながみんな悠里みたいに、好きが綺麗だったら良いんだろうけどね」


「意味わかんない。もういい。百草くんなんて、タンスの角に小指をぶつけてしまえば良いんだわ!」


 吐き捨てて、くるりと踵を返して空き教室の扉を乱暴に開けた。

 怒ってます。

 全身でそう主張しつつ、オーラが目に見えそううだ。大股に肩を怒らせて歩いていくのが、涙越しにぼんやり見える。



「もーちん。泣くなってー」


「う……ごめん」


 取り残されたぼくの肩を、関戸さんが明るい声で軽く叩く。


「悠里は、真っ直ぐすぎるよねえ。もーちん」


「……ぼくなんかのためにあんなに怒ってくれなくて良いのに」


 鼻をすすりながら、ようやくそれだけ言えた。


「……まあ、あたしだったら怒らないかな。もーちん。今日は一緒に帰ろうっか」

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