ロクジュウヨン 集合

「なるほど、カズヤ殿らがな」

 まだ日は登っているというのにも関わらず、暗い『大地の裂け目』の底にあるテントの中で眉を顰めて腕を組んでいるラセツ。その前で座っているのはエレオノーラだった。

「魔力はまだこの先にあるから、多分ここには居ないのだろうけれど、一応ね」

「ニナ殿に渡したというその首飾りで、正確な位置は分からんのか?」

「あれは魔力を込めた時に敵を迎撃するのと、それを発動した事を私に知らせる魔法しか施してないから、それは分からない……の」

 言葉尻が小さくなっていくのは、久々の来訪に興味津々と言わんばかりにエレオノーラの周りをハクアが飛んでいるからだ。金色の髪を触ったり、手に持つ魔法書をツンツンと指でつつく彼女の幼い動向に、さすがのエレオノーラも痺れを切らしたのか、

「だーっ! というか、ラセツ! この子は何!?」

 とまで叫ぶ始末だ。

「わー、喋ったぁ」

「さっきから喋ってたでしょうが!」

 見た目こそ人形の様に整っている造形をしたエレオノーラであっても、彼女は生きているのだから、そのツッコミは正しい。しかし、いくら妖精族の母親と言えど、その整った見た目はハクアとあまり変わらないから、カズヤが一目すれば「子供同士のじゃれ合い」と称しそうなくらいおかしくはあった。

「ハクアは儂の娘だ」

「む、娘ぇ!?」

 ラセツの言葉に髪を引っ張られながら目を丸めたエレオノーラ。その驚きも無理からぬ、彼女が最後にラセツと会ったのは実に百数年振りなのだから、まだハクアどころか、その母のユキナすら居ない。

「にしては、鬼族からかけ離れた姿な気がするんだけれど……」

 人間と鬼族の間に生まれたハクアは、確かに額に生えた角以外は人間そのものだ。まあ、それを言えばエレオノーラだって尖った耳を除けば人間の様な外見をしている。

「それは、話せば長くなるが……今はそれどころではないだろう」

 閑話休題、とラセツが話を戻そうとする。あくまでもハクアの無邪気な行動を咎める訳ではない辺り、放任というか親バカと言うか……とエレオノーラは溜め息を吐きたくなる。

 さらさらと髪を触られるむず痒さに耐えながら、エレオノーラは言う。

「『妖精族の森』から出た時のカズヤの目的は、魔女の住処を探す事だったから、私の予想だとその魔女の住処を見つけて交戦中。それで首飾りの魔法を使ったんじゃあないかと思う」

 自分の力を知りたい、と言って森から出たカズヤに、危険を承知で共に旅へ同行したニナとオリガが魔女と戦うなどと考えただけでも背筋が凍る。

 あれは戦うとかいう代物ではない。

「魔女と戦って、窮地に追い込まれて助けを求めたのなら、合点が行くわ。けれど、カズヤがニナとオリガを巻き込むかと考えると、それはそれで疑問なのよねぇ」

「ふむ、随分とカズヤ殿を信用しているのだな」

「べ、別にそういう訳じゃないわよ!」

 顔を赤面させながら否定するエレオノーラに、ラセツは豪快に笑う。まさかからかわれると思っていなかったエレオノーラは「アイツは」と補足する。

「アイツは、何かそう思わせる何かがあるのよ。確証を得られる程、一緒にいた訳じゃないけどっ」

「……ハクアが地上へ勝手に出た時、人間に襲われそうになった」

「えっ」

 今度は疲れたのか、エレオノーラの膝の上で眠り始めたハクアを見ながら、ラセツが言った。

「その時、カズヤ殿が間一髪で助けたと聞いた。それに、深傷を負った竜族を追い掛けて来た人間の魔法使いと戦いもした」

「ちょ、ちょっと待って……何つー事態に巻き込まれてんのよ。というか、竜族!?」

 エレオノーラからすれば人間と遭遇するだけでも一大事だと言うのに、雲の上に住む魔物竜族が登場してきたりと、自分が森に居る間どれだけ過酷な旅をしてきたんだ……とエレオノーラは驚愕する。

「死ぬ事を前提にしたカズヤ殿の力を、カズヤ殿は自らの命を軽んじる事で使いこなしていた。だが、その竜族を守ろうとしたりするのは、他の命を守る為の行為の一環だろう。それを踏まえても、確かに魔女とニナ殿、オリガ殿を巻き込むのはいかんせん考えにくい」

 魔法を使えないカズヤが、魔法使いと対抗するには自分の命を投げ出さなくてはならない。だがそれは他者の命を軽んじている理由にはならない。

「魔女の住処へ赴いたのかは知らんが、カズヤ殿は『吸血族の城』に向かった」

「城……って事はリャノンの? どうしてまたそこへ行くのよ」

 ラセツと会った百数年前、『吸血族の城』に行った事のあるエレオノーラは、リャノンの名前を自分で口にしておきながら苦虫を噛み潰した様な顔をする。

「何故そんなに嫌そうな顔をする?」

「嫌じゃないわよ。リャノンみたいな性格は苦手なの」

 仲が悪い訳ではないけれど、何となくあの高飛車な感じは慣れない。子供扱いしてくるのがそれを余計に加速させる。

「まあ、『吸血族の城』に向かったのは分かったわよ。でも、どうしてそこに行くのよ」

「さっき言っただろう? 深傷を負った竜族。ナハト殿と言うんだが、片翼に大穴を開けられたんだ。それを治してもらう為にな」

「……なるほどね」

 どうやらカズヤは当面の目標としていた魔女の住処は後回しにしたらしい。それを聞いて安堵の息を吐いたエレオノーラに、ラセツが首を傾げた。

「カズヤ殿が魔女の住処へ行かなくて安心したのか?」

「まあ……ね」

 スヤスヤと眠りに入ったハクアを見て、エレオノーラはニナとオリガの姿を思い浮かべた。あの子達は無事だろうか。そんな一抹の不安の中で、カズヤの事を話した。

「多分、アイツはアイツ自身の力が嫌いなんだと思う。その力の原理とか、そういうのをもしも知ったらきっと、更に苦しむかもしれない」


『僕はカズヤだ』


 小屋の外で蹲って涙ながらに押し出したカズヤの声が、再び耳に残響する。

「知らない事の方が幸せになれる事だってあるでしょう」

「そりゃあ、そうかもしれんが」

「ま、私はアイツの力が何かよく分からなくて二十回くらいは殺しちゃったんだけれど」

「二十って……それもうお主のせいだと断じても過言ではないのではないか」

 ラセツと言えど、その回数には引いたのか、青い皮膚の顔を白ませながら呟いた。

「だ、だから! 心配だって言ってんのよ」

 気を病んだカズヤの心中を知っていたからこそ────知っていながらも止めようとしなかったからこその罪悪感が、エレオノーラにはある。

 はあ、と溜め息を吐く。

 ニナとオリガを探す為に来たはずなのに、いつの間にか彼の話に変わってしまっていた。

「ともかく、ニナやオリガと一緒にカズヤも居るのなら、早いとこ助けに行かなくちゃね」

「『吸血族の城』へか」

「そりゃあそうでしょう」

 ハクアの頭を持ち上げて床に寝かせたエレオノーラが立ち上がると、ラセツの横を通り過ぎてテントを出ようとする。

「どこに行ったのか分かっただけでも良かった。それに、アンタも元気そうで何より」

 お互いに隠れ潜んで暮らしている以上、魔物同士だからと言って気軽に会える訳ではない。正直、エレオノーラにとって、ラセツの元へ訪れるまでは鬼族が生存しているかさえ定かではなかった。

 そういう意味では、『吸血族の城』にいるリャノンとメアリーですら、エレオノーラは無事かどうかも分からない。彼女達の生態上、血液を飲まなければ魔力を切らして死んでしまうかもしれないと聞いていたから、状況としてはより悪い。

「まあ、人間が地上に居る以上、儂らは逃げ隠れるしかないからなあ」

「……そうね」

 ラセツもその思いを読んだのか、しみじみと答える。

 結局、人間が怖いのは妖精族も鬼族も同じなのだ。人間の怖さを知っているからこそ、ニナとオリガが人間によって危機に晒されていない事を祈るばかりだ。

「それじゃあ、すぐにでも行かなくちゃ」

「待て待てエレオノーラよ」

「!? お、オババ」

 テントを出ようとした瞬間、ヌッ、とオババが外から入ってくる。いきなり現れた事でエレオノーラは思わずのけぞってしまう。そんな彼女に気遣う素振りもなく、オババは言った。

「ラセツを連れて行け」

「はあ!?」

 と、驚いたのはラセツだった。ラセツに対して、「エレオノーラに付いて行け」ならまだ許容出来るけれど、まさか自分が荷物の様な物言いをされるとは思ってもいなかった。

「ま、待て婆! ハクアを置いてなど────」

「ハクア大丈夫だよ?」

 娘を心配するが故に断りを入れようとしたラセツに対し、諭したのは他でもないハクア本人だった。いつから起きていたのか、上半身を起こしてこてん、と首を傾げた彼女はあっけらかんとした表情で父に言う。

「パパ、ハクアはちゃんとお利口に出来ます」

 何故敬語……とつっこむ者は誰もおらず、むしろハクアのその言葉にラセツは目を丸めるばかりだった。いつも側を離れない娘が、まさかここまで育っているとは。

 いや、母であるユキナに会うと言って地上へ一人で出た時から、もう自分が知る以上に、この子は成長していたのかもしれない。

 オババに命じられ、ハクアに背中を押されたラセツは、しばらくの間腕を組み考える。

 そして、

「────分かった」

 重々しく頷いたのだった。





「それで、今日中には『吸血族の城』に着くのか!」

 地上へ出たエレオノーラは、ラセツを巨大な木の幹に乗せて目的地まで進める。

「ええ、この速度なら一気に着くわ!」

 猛スピードで駆けていく木の幹の上で怒鳴り合う様にして会話をする二人の視線の先には、あるであろう『吸血族の城』を迷わず見据えていた。ハクアを置いていった事は少し気掛かりではあったけれど、それでも急を要する事態に致し方ないと踏み切ったラセツが再度訊く。

「もしも『吸血族の城』でその、エレオノーラ殿の魔法を使ったのだと言うなら、魔女ではない何かによってニナ殿達は追い込まれているんじゃあないか!」

 魔女ではない何か。

 そんなのもうたった一つの可能性しか無いが、敢えて口にはせずラセツが核心に触れた。

「……だから」

 エレオノーラもまたラセツの言う可能性に、心当たりがある。荒れ果てた大地に根を張りながら進んでいく木の幹にしがみ付き、エレオノーラが静かに歯を食い縛った。

「だから急いでいるのよ……!」

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