ヨンジュウナナ 過去
晴れてマコトは『砕剣カルテナ』を手に入れる事となった。箱の中に納められたその蓋を開けると、粉々になった剣身と少し錆びた柄だけが入っており、何とも歓喜し難い結果にはなったけれど、ローラン曰く「持ち主を認めた砕剣カルテナは真の姿を現す」らしい。
いや、それなら現在こうやって持ち主となったマコトに対して真の姿を見せていない『砕剣カルテナ』は、自分を認めていないという事になるのでは? と考えなくもなかったが、そこはまあ認可されるまでにある程度の期間を要するらしい。
つまり、『砕剣のカルテナ』をこうやって箱の中に入れているマコトではあったが、その力を使えないのならば魔女を討ちに行く事もままならない。即断即決ではないにしろ、いつまでも胡座を掻くのは正直居心地が悪くて仕様がない。だからマコトはこの心中波立つ想いを抑える為に、ここへ来たと言っても良い。
街の外れに位置しているそこは、いくつもの死者を弔っている墓場だった。
「カズヤ……」
マコトはポツリと親友の名を口にした。もちろん、そこに返事がある訳ではないし、それを期待する程夢見心地でもなかった。ただ彼の名前を呼ぶと、ほんの少しずつ、わだかまりがとける気がした。土で汚れるのも気にせず、マコトはこの世界の言葉で刻まれた彼の墓の前に座ると、箱を置く。
「俺、やっと手に入れたんだ。これがあれば……お前の仇を取れる」
あの時、自分が無力なばかりに殺されてしまった親友が、この墓の下で眠っている。胸を貫かれた親友の苦しそうな顔の前で、ただ泣く事しか出来ずにいた当時の自分に、歯痒さだけを覚えた。
「それにさ、俺この国の人たちが好きなんだ。別の世界から来たのに、俺たちに親切にしてくれる街の人達や、俺を魔法使いとして育ててくれたローランさん。団長のヴラドさんもそうだ」
今自分が魔法使いとして優勝出来たのは、間違いなく自分一人の力ではないのだと、マコトは今は亡き親友に語り掛ける。
「魔女は人間を脅かす悪者だ。だったらそれから守るのが、正義の味方だって思う」
正義の味方。
マコトは善人ではない。どんな間違いすらをも肯定してしまう善人とは違うのだ。彼は自ら信じる事を貫き通し、正義として振るう。それは元いた世界でも変わらなかった。
「カズヤ様!」
そう声を掛けられて、マコトが振り返ると、そこには煌びやかなドレスに身を包んだ少女が一人立っていた。彼女の名はシーファ・ベレニアス。紛う事なきベレニアス王国の王女だ。
そんな彼女が何故マコトと面識があるのか、また何故彼を「様」付けで呼ぶのかについては彼がこの国に来てから紆余曲折様々な出来事があったのだが……。今その回想を思い返す余裕はマコトにはない。
「シーファ……様、どうしてここに!」
丁寧な口調で話すのは口の中が痒くなって仕方ないマコトではあったけれど、それでもやはり礼儀を欠いてはいけない相手であるのは百も承知だ。転んでいるのか走っているのか今一つ分かりにくい動作でシーファの元へと駆け寄ったマコトが息を切らしていると、ギュ、とそんな彼の手をシーファが握る。
「闘技大会の優勝、おめでとうございます!」
「え、え? あ、ああ。ありがとう」
わざわざそんな事を言いに来たのかとは口には出さず、マコトは戸惑いながらも礼をした。シーファの頬が赤らんでいるのは、ここが夕焼けの映える場所だからだろうか。
そんな彼女は握ったマコトの手の甲を撫でると言う。
「貴方ならきっと魔女を討ると、信じています」
それは恐らく、マコトが人間の平穏の為に戦っているのだとにべもなく信じ切っている彼女の本心なのだろう。実際はまるでそんな事はなかった。カズヤの敵討ちなどという、最もエゴに塗れた行為の一環だと知ったら、彼女はどんな反応を示すのか。
怒るのか。
泣くのか。
それとも、呆れてそっぽを向いてしまうのか。
いずれにせよ、自分程ヒーローに向いていない存在は居ないと思う。
「……もちろん」
だが、今はそれでも魔女を倒さねばならない。親友を殺されたこの無念を晴らして、ようやくこの国の為に戦おうとマコトは思う。シーファの手を握り返しながら、マコトは確固たる決意を示す表情で頷いたのだった。
「ま、マコト様!」
「……? ……な、んだこれ!?」
突如として切迫した面持ちでシーファがマコトの背後を指差した。あまりにも表情としてはお姫様がするとは思えない程のものだった為、マコトも半信半疑で振り返る。そしてあまりの眩しさに目を瞑りそうになってしまいながらも、現実を目の当たりにした。
最初、マコトは剣身が夕焼けの光に反射しているのかと思ったのだが、どうもそういう訳ではなさそうだ。違和感に促される様にして、首を傾げながら屈んだマコトは絶句した。
剣そのものが光っているのだ。
眩い光を放ち、その破片の一つ一つが確かな輝きを持って箱の中で存在感を示している。一見するとただのゴミの山にしか思えない『砕剣カルテナ』の剣身が、まるでマコトに語り掛けてでもいるみたいに煌めいている。
それはとても美しく、悲愴感をどこか漂わせる剣の輝きだった。不意に浮かび上がった破片がマコトの周囲をヒュンヒュンと風を切りながら回転し始める。シーファも口元を押さえて驚愕しながらもマコトを見つめている。
「————」
ゆっくりと、マコトは腰を上げる。それに合わせて破片も上下に動きながらも変わらず回り続ける。何が起こっているのか、マコトにはまるで理解出来なかった。この時どうするべきだったのかなどという質問があれば、下らないと一蹴しただろう。
回りくどい事が嫌いなマコトはありのままを受け入れる。
だから目の前に現れた柄を見て、マコトは素直にそれを手にした。手にして握って、力強く願った。別段この剣に願いを叶える力を兼ね備えていると思っていた訳ではないけれど、こういう場合は願うのが一番だとカズヤが言っていた。だから願ったのだ。
魔女を倒す力が欲しい。
「——ま、マコト様!?」
そしてマコトは倒れた。
『人間から忌み嫌われる私と、尊敬され讃えられるアナタ……同じ力を持つ者同士なのにここまで違うものなのねぇ』
魔女の姿と声がしてマコトはハッとする。ぼんやりとした空間に漂っているマコトの視線の下には、魔女と対面している人物が一人居た。マコトよりは歳上だろうが、それでも若く見えるその青年は甲冑で我が身を包んでいる。
『……人間の性格や思想は、生まれ育った環境によって生じると言われる。人間に一度は裏切られた君でも、信じてみようと思えばきっと——』
『無理よ』
よく見ると、魔女の年齢も若い。年相応な美しい顔立ちを窺わせながら、魔女は今にも泣き出しそうな表情で青年から目を逸らした。
『私にはもう、信じられる者なんていないの』
ぐにゃりと風景が歪み吸い込まれ、場面が転換する。
今度は玉座、だろうか。王冠を被った老人が仰々しく椅子に踏ん反り返って座っている。その王様は髭に隠れた口をモゴモゴと動かしながらこちらに——青年に話し掛けた。
『今までこの国を守り支える為にその力を奮ってくれたお主ならば、分かるだろう。その力は個人が持つにはあまりにも強大過ぎる。儂はお主を信じてはいても、信頼は出来ない』
勝手な言い分だ。守られるだけ守ってもらって、最後は要らないからと捨てられる様なものじゃないかとマコトが顔を顰めると、青年はゆっくりと顔を上げた。
『分かっております。この国の平穏の為ならば、この身陛下に捧げる事もまた容易い』
何を言っているんだ?
マコトは目を見開いた。直接的な言い方ではないとは言え、自分が死ぬかもしれない様な場面で何故この青年はそうも清々しい程に笑っていられるんだ?
これではまるで善人だ。
どんな間違いにも染まってしまう。決して間違いを指摘せずにいる善人の様だ。
再び場面が転換する。
『お願い! この子に戦う意思は無いわ!』
今度は少女が両手を広げて叫んでいる。ドレスを身に纏っている事から、シーファ同様にこの子は王族の娘なのだと察する。
『だけどフュリアス……竜なんて本来空想上の生物でしか無かったんだ。それに、どうして戦う意思が無いって分かるんだ』
竜、という単語にマコトは魔物に『竜族』が居るという事を思い出す。そしてフュリアスと呼ばれた少女の後ろには確かに黒い竜が座り込んでいた。金色の瞳で二人の動向を探ってでも居るかの様に。
『だってこの子、脚に怪我をしているわ! 手負いを斬りつける程騎士は意地が悪いの!?』
『わ、分かった分かった』
詰め寄るフュリアスに青年がとうとう折れたのかはあ、と溜め息を吐く。
会話の端々が遠くなっていくのを感じながら、次にマコトが見たのは牢屋らしき場所に入れられた青年だった。甲冑も剣もない彼を他の騎士達が居心地悪そうにしている中、制止を振り切って先程も居たフュリアスが格子をガシと掴んで青年に向けて叫ぶ。
『もう少し待っていて! きっと無実を証明して、お父様が間違っているんだって……』
『ふゅ、フュリアス姫! こんな所に来られては王が……』
『ちょっと、手を放しなさい! お願い! 絶対に死刑になんかさせないわ! 絶対に!』
騎士達に引っ張られながらも、フュリアスが青年に向けてそう訴え続ける。やがて誰も居なくなった狭い室内の中で、ポツンと声が囁かれる。
『色んな人から、アナタは愛されているのねぇ』
魔女だ。その喋り方から、意地悪そうに笑んではいるけれど、やはりどこか寂しそうだ。そんな彼女の方を振り向く事のない青年に、魔女は続けた。
『王に濡れ衣を着せられ、国民から裏切られて、どうしてアナタはその力で彼らを——自分を陥れた人間を滅ぼさないの? 魔法さえあれば、どうとでもなるのに』
それは誘い込む様な艶かしさはない。ただ純粋に、青年の心中を知りたいというだけの真っ直ぐな問いにマコトは思った。
『人は間違うものだよ』
青年は言った。静かに、水面に落ちる枯れ葉の如き緩やかな流れのまま、口を開き言葉を紡ぐ。
『どんな正しさも、間違いを内包しているものだ。別の誰かが見た時、自分の信じる正しさは悪にすらなり得る。最初から全て正しい人間なんて、いないんだ』
『ならアナタは自分の信じる事を押し切れば良いじゃない。その方法が魔法だろうと剣だろうと、流れるのは血でしょうけれど』
『……』
『どうしてアナタは、アナタを裏切った人々を許せるの? アナタを奈落に叩き付けた人間が、憎くはないの?』
目を伏せる青年に、なおも問い続ける魔女。訴えかける様な潤んだ瞳を瞬きしながら、彼女は悔しそうにする。
『裏切られて、それでも人を、何故アナタは愛せるの……? 私には、分からない』
『人は間違う生き物だからだ』
間違う事を前提にした生き物なのだと青年は答えた。牢獄の中で、水滴が岩に当たる音だけが反響している。
『間違いを犯し、それでも我が道を振り返って省みる事が出来る。そんな事をさせる前に答えを押し付けるのは、ただの傲慢でしかないよ』
『だから、許すというの?』
魔女は笑った。特段面白い話でもあるまいに、彼女は目尻に涙を浮かべて笑う。
『人を憎んでいる君が、俺を信じてくれるんじゃあないかとも思っている』
今度はいつだろう。先程の牢獄での時間よりかは未来らしいけれど、そんなに遠い話でもなさそうだった。処刑台の上に立つ青年に、人々は様々な感情を見せていた。
ある者は泣き。
ある者は怒り。
ある者は哀れんだ。
その感情の中心に居た青年はただ静かにその光景を眺めているだけだった。
『この男は強大なる力を秘め、振るい、我が国に貢献してきた。しかし、実のところその力を使いこの国を掌握しようと目論んでいたのだ。よって、国家反逆罪としてこの男を斬首刑に処する!』
黒いローブを羽織った男がそう告げると、人々から何とも言えない叫びが耳を劈く。だが、青年は目を閉じると、『俺は』と口を開いた。
喧騒によって掻き消されているはずの声はよく澄んでいて、マコトの耳にしっかりと入る。
『俺はこの国を出る。どうしようもなく俺だって人間だ。心変わりもする』
確固たる意思の下で発するその言葉に、人々の騒めきが段々と小さくなっていく。青年の目に狂いはなく、彼が何を唱える訳でもなく、青年を縛っていたロープがバッサリと切断される。
『人として生きる道を進みたい』
止めに入ろうとする騎士達を水の様に蠢き始めた土が縛り上げて身動きを封じた。詠唱も魔法陣も用いない魔法の発動を、マコトは魔女以外で初めて見た。
青年がゆっくりと処刑台の上から歩き始める。一番端、その先まで足を踏み出して彼はまるで見えない階段を登るかの様な滑らかさで空中へと浮かぶ。
『……本当に良いの』
いつの間にか現れた魔女が、青年の前で俯きながらそう訊いた。罰が悪そうに、とても居心地が悪そうに、罪悪感を一身に背負い込んだ彼女の頬に触れた青年は優しく微笑む。
『君を人間に絶望させたまま死ぬのは、とてもじゃあないけれど忍びないからね』
魔女もまた、頬に伸びた手を握る。マコトの知っている魔女とは思えない、おおよそ同一人物だとは全く感じられない表情で、頬を赤らめた彼女は嬉しそうに笑った。
地上でポカンとその二人を眺めていた民衆を掻き分けて大声で止める者が一人——フュリアスがいた。
『待って! 行かないで! 私を、置いて行かないで!』
『フュリアス……』
必死に叫ぶフュリアスに、青年は『ごめん』と呟く。
『もう、俺はこの国にはいれない。フュリアス、立派な女王になれ。民衆を引っ張るのが王の務めだ。どんな事があっても』
『嫌、嫌だ!』
フュリアスの叫びも虚しく、青年は魔女の手を握る。互いに顔を見合わせて、そして竜巻を起こして、その場から消え去った。
『いか、ないでよ……私を一人にしないで……シン』
シン・インカレッツィオ。
英雄と言われ、勇者と崇められ、それでもなお殺された最強の魔法使い。国に裏切られ、人々の信頼を失っても人間を恨まなかった彼は、対称的な魔女と姿を消した。だが、ここまでがシン・インカレッツィオの記憶だったとしても、マコトはさほど驚きはしなかった。物語の概要は、ベレニアス王国に来た時に大体は聞いていたからだ。
しかし、それはあくまでもこの夢の様な体験がここまでだったらの話。
次の場面で、マコトは驚愕する事となった。
『シン!』
轟々と燃える村。逃げ惑う人々。甲冑姿の騎士達に囲まれたシン・インカレッツィオと、取り押さえられながらも彼に手を伸ばす魔女の姿がそこにはあった。
『……逃げ、ろ』
シン・インカレッツィオが煙の中で咳き込みながらそう魔女へ告げる。殴られ、蹴られる彼を見て魔女はなす術もなさそうに涙を流しながら首を振った。この一連の流れを見て、マコトは知ったのだ。
今まで人を信じられなかった魔女が、シン・インカレッツィオを人質に取られて魔法を使えない事を。
簡単に人を殺すあの女からは到底信じられないその姿に、マコトはただ黙って記憶を眺めている事しか出来なかった。
『君まで死んだら……その子は、ローランは誰の愛情を受けて育つんだ』
その子?
マコトはここで初めて魔女のお腹に子供が居るのだと理解する。確かに彼女は腹部を下向きに、まるで蹲る様にしてそよ膨らんだお腹を守っていた。
いや、待て。今、ローランと言ったか? 魔女が授かった子供の名前に、今シン・インカレッツィオはローランと呼んだのか? マコトの頭は疑問符で埋め尽くされていく。それでも残酷に事態は進んでいく。
頭を踏み付けられながらも、シン・インカレッツィオは最期まで優しい笑みを浮かべて魔女へ手を伸ばす。
届きそうなその手を、騎士の一人が踏み潰す。
『シン!』
しかし、もう彼から返事が来る事はなく。
ただ無惨に刺され続けるシン・インカレッツィオを、魔女は絶望に歪んだ表情で眺める事しか出来なかったのだ。
遠くで刺さる『砕剣カルテナ』はその全てを記憶していた。
「マコト様!」
「——ん、んん」
柔らかいベッドの感触を受けて、マコトはようやく目が覚める。それを見ていたシーファが、起き上がって早々マコトに抱き付くと、二人はベッドに倒れ込む。
「……ったた」
「良かった、良かったぇす、マコトさまぁ……急に倒れてしまわれるから」
「あー、えー、えーと、ありがとう」
泣きじゃくるシーファにマコトは狼狽ながらもその頭を軽く撫でた。よく犬に撫でていた気がするからそうしたけれど、どうやらそれはシーファにも有効だったようで、彼女は涙の混じった笑顔でマコトの胸に顔を埋める。
部屋を見渡すと、自分がようやく長い夢から覚めたのだとホッとする。ここはマコトとヒヨリが借りている宿の一室だ。間隔を空けて並べられた二つのベッドの傍らの使用者、つまりヒヨリの姿が見当たらない事にマコトが気が付きキョロキョロと見渡していると。
「ヒヨリさんなら、今病人向けの食事を作っている最中ですよ」
と、彼の言わんとする事を察知したシーファが答える。マコトとしては王族がこうも自由にほっつき歩かれるのが困るのだけれど、年相応というか、彼女にはそんな自覚はないようだ。
「うん? 食事?」
「? はい」
思わず聞き逃してしまいそうになるが、すんでのところでマコトはヒヨリが食事を作らんとしている事実に気が付いてしまう。そして頭を抱えながら重い溜め息を吐いた。
「あいつが、料理を……」
「? 何か手間の掛かる工程や認可の必要な手続きでもあるのですか?」
「いや、それはまあない」
ないっちゃあない。
ないけれどあるみたいなものだ。
「ヒヨリは、絶望的に料理の腕が壊滅的なんだよ」
「そ、そこまでですか?」
「ああ、これはまだ数年前の話なんだけれど、風邪を引いたって言う親友にあいつはお粥を作ると言いながら、実際に振る舞ったのは米を液体になるまで煮詰めた謎の飲み物だった」
しかも味付けはなし。初めはカズヤも粉を入れ過ぎたスポーツドリンクと思って飲んでいたが、口に含んだ瞬間の青ざめた顔だけは忘れられない。
「それ以来、俺はヒヨリに包丁を握らせる事を禁止した」
「何だか分かりませんが、ヒヨリさんはとても自信気に『病人にピッタリのお粥を作ってくる!』と仰っていましたよ?」
料理のレパートリーがお粥しかないのがまた狂人的とも言えるだろう。料理が苦手、と表現すればまだ可愛らしさがあるが、ヒヨリのそれは苦手の域を既に超越している。
「と、取り敢えずシーファ様は早く城へ帰ってください。俺はもう大丈夫ですから」
「ですがマコト様、顔が青ざめていて気分が優れなさそうですよ?」
「大丈夫大丈夫。寒いだけだから」
もう自分に言い聞かせてさえいる言葉を繰り返していると、バァンと快活に扉を開け放つ人物がコップを持って現れる。
「マっコトー! 元気の出るお粥持ってきたよぉ」
「うげっ」
コップを持つ時点で料理でもなければお粥でもないのは確実だ。顔が引き攣る想いに駆られながらも、どうにかここから逃げられないかと模索するマコトに対し、非情なるやヒヨリが段々と近付く。
「全くさぁ、シーファちゃん心配させちゃあ駄目だよ? マコトは強くなったと思ったら、まだまだ弱々しい部分はあるんだねぇ」
「あ、あーいや。急に倒れたのは申し訳ないけれどヒヨリ。もう元気出たからさっ、お粥はいらないかなーって」
「駄目ですよマコト様」
「なんでっ?」
今まで味方ぽかったシーファが布団の上で身を捩るマコトの頭を掴むと、自身の胸元へと持っていきギッチリと動きを止められる。それどころか顎を引き下げられて無理やりに開口させられる。
身体のラインが浮き出るからこそのドレスによるシーファとの密着具合にドキドキ出来る様な状況でもあるはずがなく、マコトはどうにかしてヒヨリの『お粥らしき液体』から逃れようと尽力する。
「はい、あーん」
「は、はっへはっへ」
上手く発音出来ず、餌を待つ犬の様な喋りになってしまうが、決してヒヨリの料理を待ち侘びている訳がない。
しかし現実は非情なもので。
女子二人がかりで食べた——と言うより飲んだ——お粥の味をマコトは味わう羽目になったのだった。
「……ローラン先生の所に行こう」
「ローランさんの?」
起きた直後よりもげっそりとしたマコトがベッドの上で上半身を起こして同じ様に腰掛けるヒヨリへと言った。既にシーファは帰らせており、今この部屋にはヒヨリと二人だけなのだが、ようやく軌道修正した話の方向性に安堵しつつマコトは頷いた。
「訊かなくちゃいけない事があるんだ」
「? まー、別に良いけれど」
唯々諾々とも言えるくらいに首を縦に振ったヒヨリだったが、むしろこの素早さが彼女の売りでもある。正直ここで質問攻めをされて答えられる程、マコトも事情通ではなかった。
知らなくてはならない。
シン・インカレッツィオ、魔女、そしてローランという人物の関連性を。
その上で決めなければならないのだから。
まだ喉に残っているお粥とともに、マコトは決意を呑み下したのだった。
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