ヨンジュウロク 勝者

 ドゴォォン!

 と、昼下がりの闘技場で突如として鳴り響いた爆発音に、観客だけでなく、観戦していない街の人々すら耳を塞いでしまう。騎士部門と魔法使い部門、それぞれの優勝者が雌雄を決するこの日、『砕剣の聖騎士団』副団長のセツナと、魔法部隊所属のマコトは対峙していた。一分以上は続いた牽制のし合いに、人々が気怠さを感じた瞬間の出来事。

 先に仕掛けたのはマコトだった。光撃魔法『磁電砲雷』によって生み出したプラズマの塊をセツナに向かって投擲したのだ。ちなみに、この闘技大会において殺害はルール違反となる。対戦者のどちらかが負けを認めるか、寸前でローランが魔法によって相殺する事が決まっている。つまり、どれだけ本気の魔法を放ったとしても、完全に対戦相手に当たる事はほとんど無いと言っても良い。

 だとしても、だ。魔法使いにとって最高難度を誇る光撃魔法を、よもや二つも投擲する人間がどこにいるだろうか。

 まあ、それは他ならぬマコトなのだけれど。

 ともかく、沈黙を先に破ったマコトの魔法は真っ直ぐにセツナの方へと飛んで行った。ならば、起きた爆発はセツナに直撃した物か、あるいはローランによって相殺されたが故の物なのかと言えば、そういう訳でもなかった。

「極一防護『壊』」

 そう呟いたセツナは向かってくる光撃魔法を二つとも、破壊したのだ。

 いくら防護魔法で会場が安全とは言え、さすがに開幕早々無茶苦茶だ、とローランは思った。闘技場どころか、その周囲すらも振動させる程の地鳴りが響き、壁の端もやや崩壊している。

 そして無茶苦茶なのは、いきなり全力で光撃魔法を放ったマコトだけではない。

 その魔法を真正面から挑みながらもなおピンピンしているセツナもまた無茶苦茶だ。圧倒的なまでの防御力を兼ね備えた『極一防護魔法』を、打撃に転換させて戦うなんて彼にしか出来ない事だ。

 いや、彼だからこそ、か。

「……お願いしますよ。マコト君」

 しかし、幾らセツナが無茶苦茶であったとしても、やはり彼の実力は、魔女どころかローランにすら敵う程のものではない。そんなセツナにマコトが勝たなければ、今日まで彼を育てた意味がなくなる。隣で「これ災害か何か?」と呆けながら呟くヒヨリの言葉に苦笑いをしつつ、ローランは密かに彼の勝利を望んだのだった。



「氷魔法『巨躯の一撃』!」

 マコトはありったけの魔力を使ってそう唱える。目の前で立っているのは『砕剣の聖騎士団』副団長のセツナだ。彼を試す、という表現はフェアな試合を好むマコトにとってはあまりしたくはないけれど、それでも光撃魔法を破壊した彼の実力に感服する。

 感服した上で、勝たなければならないのだから骨が折れるというものだ。どこからともなく生み出された氷の巨人に命じるまでもなく、その拳をセツナに向かって振るわせた。

 一瞬の隙も与えるつもりはない。彼の極一防護魔法は、一点のみに集中させた防護魔法。言い換えれば、それ以外の場所はガラ空きという事だ。ならば、反撃をさせる暇もなく攻撃し続けて、背中でも何でも剣先を突き付ければ勝敗は決するはずだ。

 ここまでマコトが冷静かつ迅速に対応出来ているのは、やはり昨日のヒヨリ対セツナの戦いを見ているからだろう。戦略らしい戦略とは言えないけれど、手の内が分かっている相手程、マコトにとって戦いやすい相手はいない。

「……っ」

 氷の拳は上空からではなく、地面に沿わせる形でセツナに振り掛かる。こうする事で、最終的にセツナを上空に飛び上がらせてしまえれば好都合だと考えたからだ。まさか彼だって空中でホバリングしていられる様な魔法を使うとは思えない。

 果たして、セツナにとってその一撃は有効打になったらしい。腕を交差させて直前で発動した防護魔法で拳を防ぎ切るが、圧倒的な物量を誇るパンチでセツナの足が地面から離れると、そのまま空中に吹っ飛ばされてしまう。

「光撃魔法『現無閃孔』!」

 空中で舞うセツナに対してマコトが詠唱すると、彼の背後で現れた小さな光球がキュイーン……と音を立て始め、そして。

「——っ!」

 黄色に輝く太い線が何本も描かれて、セツナの方へと向かう。まさにビーム砲としか表現出来ない光撃魔法にさすがのセツナも言葉を呑み込んだ。

 しかし、そこは騎士団の副団長を務めているだけはある彼は、軽やかな身のこなしでビームを避ける。時顔の側を々掠っていくそれにまるで臆する様子もなく、距離を段々と縮めていく。

「これで、終いにするっスよぉ!」

 人間業とは思えないレベルの動きとスピードで間合いを詰めたセツナがそう叫びながら拳を握り締めた。殴りかからんとする彼に、マコトは呟く。

「氷魔法『砥凍』」

「なっ……!」

 その真意にセツナが勘付き飛び退こうとするけれど、それよりも早く彼の足元が凍っていく。ただの地面から生える結晶が膝へ、腰へと登っていき、見る間に頭の先までセツナは氷漬けにされてしまう。

 その呆気ない戦果に、大衆がポカンと口を開ける。一分程の沈黙の後、判定者がおずおずとその結果を口にする。

「セツナ戦闘不能により、勝者————」

「いや、まだだ」

 パキン。

 何かを割らんとするその音に、マコトが身構えた。マコトや闘技場の防護魔法が壊れる音ではない。観客達がその僅かな音に気付き周囲を見渡しているが、マコトにはその発生源が分かっていたからこそ表情を険しくした。

「いやぁ。凄いなぁ」

 と、氷の中に入っていたセツナが不敵に笑みながらそう言った。いちいち言葉を待っている程利口でもないマコトが次の魔法を使おうと口を開いた瞬間。

「でも、絶対負けない!」

 氷を粉砕しながら飛び出てきたセツナが地面を揺らしその場から消え去る。瞬間移動でもしたのかと見紛うスピードで空中へと舞ったセツナが「一握拳撃」と言うと、目を見開く。

「炎魔法『暴狂爆化』!」

「氷魔法『巨躯の一撃』」

 セツナの拳に纏った炎が、マコトが生み出した氷の巨人の拳が衝突する。暴風と衝撃波を巻き起こしながらも、マコトの巨人が溶かされ砕かれ散り散りになっていく。

「まだまだぁ!!」

 その勢いのまま、第二撃を着地と同時に放ったセツナ。いや、着地というのは足でするものをマコトは想像していていたのだけれど、セツナはあろう事か左の拳を先までマコトが居た場所にぶつけたのだ。

 落下に転じた攻撃。

「くっ、あ!」

 まさに命辛々逃げ仰せる事に成功したマコトはまざまざとその破壊力を見せつけられる。大穴の空いた闘技場と石礫が雨の如く降り注ぐなか、仁王立ちをするセツナが手のひらを開いたり閉じたりしながら対戦相手の方へ視線を移す。

「もう終わりスか? ローランさんが認めたって言うから、どんなもんかと思ってたんスけど……まだヒヨリの方がマシっスねぇ」

 安っぽい挑発に引っ掛かるマコトではないけれど、光撃魔法、氷魔法と割と全力をぶつけてきたにも関わらず未だに決着が着いていないのは初めてだ。初めてが故に、不安になる。こんなところで足踏みをしていて魔女に果たして勝てるのだろうか。

「……ここで」

「?」

 砂埃の舞い上がる闘技場の端っこでマコトが小さく口にする。その言葉は呟きにしてはあまりにも小さ過ぎて、セツナにはまるで聞こえていない。

「ここで負ける訳には……いかないんだよ!」

 バ、と顔を上げた途端、マコトの周辺に落ちていた瓦礫がゆっくりと意思を持ったかの様に浮かび上がる。



 その光景を見ていたヒヨリが目を見開いた。

 この世界へ来た時、魔女によって親友カズヤを目の前で殺されたマコトが、怒りのままに無数の石を動かして攻撃した。それと同じ様な力が働いたのだとして、ならば彼が何の魔法を使ったというのだろうか。

「ローランさん、あれって……?」

 隣に座っていたローランにヒヨリが彼を指差しながら彼女へ質問する。ローランはビックリしたとでも言わんばかりに口元を手で押さえていたが、「あれは」と解説し始めた。

「物体制御魔法です」

「……? そんなのありましたっけ」

 魔女が人間に与えた魔法は炎、水、土、氷魔法の基本と防護魔法、そして光撃魔法のみのはず。少なくとも、そんな大仰な名称の魔法をヒヨリは聞いた事がない。

「マコト君は、潜在的に魔法を使う才覚があります。つまり、私や一般的な魔法使いでは決して及ぶ事のない領域に、彼は立っている」

「?」

 今一つ解説らしい解説だとは思えなかったが、要はマコトの魔法使いとしての才能はズバ抜けているという事だろう。



 一方闘技場、才能がズバ抜けているマコトが窮地にて発動した『物体制御魔法』なるもので浮かばせた瓦礫をセツナに向かって放出する。

「ちっ、防護魔法!」

 セツナの叫びで極一だったそれが球体状に変化し、瓦礫の雨から身を守る。幾度となく降り注ぐそれらにセツナが舌打ちをしながらも身動きが取れずにいた。地面を殴り砕く程の膂力を持っているのなら、防護魔法を解除して瓦礫を壊しながらマコトの方へと進むのが正解だっただろう。

 しかし、それが出来なかったのは隙を見せる事になるからだ。隙を見せてしまえば猛攻が更に加速する。だからセツナは防護魔法を展開し、マコトの魔力が底を尽きるまで待った。魔力が無くなれば、彼は無力になるはずだ、と。

「光撃魔法」

 だが無くならない。どころか、人間が使う魔法の中で最も魔力の消費量が多いと言われる光撃魔法の前触れすら口走る。

「『千の綻び』」

「なっ!?」

 緩やかなカーブを作り、マコトの背後から後光さながらの細いビームが何十本、何百本も生えてセツナに襲い掛かった。右から左から上から後ろから——確実に極一防護魔法では防ぎ切れていない攻撃の雨。ただの防護魔法に切り替えてホッとしたのも束の間、ピシッとセツナの防護魔法にヒビが入る。

 目には見えないけれど、誰がどう見たって追い込まれている。瓦礫の雨が、光の雨に変化してもなお止まない攻撃の連続にセツナの顔が険しくなる。

「くっ、そぉ!」

「土魔法『凹突』」

 闘技場の壁が突出し、光撃魔法が止んだタイミングでセツナへと衝突する。一本の支柱がぶつかると隙無くして四方から同様の円柱が音を立てて出現しろくに構えてもいなかったセツナの防護魔法に突撃していく。

 ドォン、ドォンドォン!

 そんな衝突音に混じってセツナの防護魔法が破裂する。だが、まだ負けた訳ではない。たかだか防護魔法が破れただけだ。ここからなら、まだ……。

「……あー」

 走り出そうとしたセツナがだらんと構えていた身体の力を抜くと両手を挙げた。

「負けっス」

 彼を囲む様にして漂う瓦礫の中央でセツナは明確な敗北宣言をする。



 闘技大会の優勝者はこの日、マコトとして決着したのだった。

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