ヨンジュウイチ 廃棄
「ああ、あああああ」
言葉にならない嗚咽が漏れ、血を吸った土がボコボコと音を立てて空に放たれる。
死んだ? ニナとオリガと……ナハトが。
そんな、そんなの、嘘だ。
「手脚の自由を奪われたアナタに、何が出来るんですかァ?」
マグナ・レガメイルの笑い声がドームを反響する。
外に今すぐ出て状況を確認したい。なのに、今の僕にはそれが叶わない。今の僕に、この男を殺す力が無い。
「盗賊から訊いた話だと、どんなに脅威的な相手かと思っていましたが、がっかりですよアナタにはァ」
僕の絶望する顔にマグナ・レガメイルが追い討ちをかける様にして喋り続ける。動悸が速くなり、倦怠感で身体が重くなるのを感じていく。視界がぐにゃりと歪んで、もうマグナ・レガメイルの言葉にいちいち返事をしていられる程の余裕が僕にはなかった。
「人間に逆らう真似をするから、そうなるんですよォ。アナタが招いた結果でしょォ?」
僕が招いた結果。
君を守る、とあの時そう誓った僕を知らないにしても、そんな僕に対して嘲笑うマグナ・レガメイルが言う。
「アナタは、そうですねェ……その不可思議な力を解明して、今後の人間の魔法技術の発展の役にででも立ってもらいましょォかね」
守る事が、出来なかった。
三人を、僕は。
『アナタは、人間の様に振る舞い続ける、哀れな人形なのよ』
違う。僕は人形じゃない。
人でも、まして魔物だとも言わない。けれど、人形ではないとそう信じたい。感情があって、ナハトを守ろうと、魔物の為に戦おうというこの気持ちが嘘ではない事を、僕は信じたい。
マコトとヒヨリも守りきれず、ニナ達までも同じ結果になってしまったのなら、こんな滑稽な事はない。魔法が使えないから、魔力が無いから僕にその力が無いから……。
いや、違う。そんなの、ただの言い訳でしかない。
足りないのは覚悟だ。
その覚悟を後押しする決意が、今までの僕には足りなかったんだ。
頭をもたげ、マグナ・レガメイルの足元の背後を見る。水魔法によって溺死したカズヤが死に物狂いで足掻いて、そして手放した物が落ちている。
それは一片の紙切れだ。
エレオノーラから貰った水魔法の込もった特別な紙。僕は今まで、あれのお陰でここに居られる。
「……僕には」
「はい?」
「僕には、お前を殺せない」
そう、はっきりと僕は呟いた。わざとらしく耳を傾けるマグナ・レガメイルに、僕は精一杯睨み付けながら続ける。
「どんなに頑張ったって、こんな状況じゃあ、お前には届かない」
「よォやく諦めたんですかァ。全く、よくここまで足掻けたもんで——」
「けれど」
と、僕は言う。喉が掠れて、とても大声を出せたものではないけれど、それでも僕は言った。舌を突き出しながら、またその先が乾いて喋りにくくなりながらも、宣言した。
「お前を殺せなくても、僕自身なら僕を殺せる」
マグナ・レガメイルの反応を待たずして、僕はその言葉の直後に上顎を勢いよく下ろす。舌を突き出したまま、直前で下に触れる歯の感触を味わいながら、舌を、噛み切った。
今まで僕は言い訳をしていた。
誰かに殺される事で、僕は仕方なくこの力を偶発的に発動させてしまっているのだと。逃げて、避けて、目を逸らし続けていたのだ。
醜く、滑稽で、そうやって僕はまだ人間なのかもしれないと思い込んできた。盗賊の頭領に「怪物」だと言われ、魔女に「人形」だと指摘され、マグナ・レガメイルに「生命に対する侮辱」と罵られた。
逃げ続けた僕への仕打ちはとても酷く、そしてそれは当然の結果とも言えるかもしれない。
だからもう逃げない。
僕は僕を捨てる。
人形でも怪物でも、何にででもなってやろう。この男を殺せるのなら。人間を殺せるのなら。僕は『カズヤ』の定義なんか要らない。
人間である事を自ら捨てて、アイデンティティを放棄して、自らの命を自らの手で断つ。まさに生命に対する侮辱で、生まれ返る力を前提としたこの行為で————
僕の中のカズヤはこの瞬間、完全に崩壊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます