ヨンジュウ 絶望
「はい、これで二十四回目ェ」
マグナ・レガメイルが右手に付着した血を払い取りつまらなさそうに言う。
「全く、理解の出来ない力ですねェ。復活する際に魔法を使った痕跡がないのですから余計に」
大型の土で出来たドームの中に閉じ籠ってから一時間以上は経過しただろうか。相変わらず一人目のカズヤの側で生まれた僕はゆっくりと膝を伸ばして立ち上がる。マグナ・レガメイルの周囲には、見るも無惨な死体の山が転がっていた。
合計して二十四回の死亡を経て、二十五回目の僕はマグナ・レガメイルに向けて銃弾を放つものの、弾かれる。
「まァだ諦めてないんですかァ? 随分と頑固な方ですねェ」
やや呆れた風に肩を竦めたマグナ・レガメイルが、足元にある十二回目のカズヤを踏む。もちろんそれで今の僕に痛みが伴う訳ではないから、その行為は明らかな挑発だろう。僕は敢えてそれには乗らず、呼吸を落ち着けた。
大丈夫。僕の推測が正しいのなら、まだ諦める様な段階じゃあない。
「氷魔法『雹乱の槌針』」
「っ!」
黙ったままの僕に対し、マグナ・レガメイルが魔法を唱えると周囲の空気が凍り付く。やがて形成された氷の槍を見て、その魔法が『大地の裂け目』で魔法使いの片割れが使った物だと気が付く。
だが数が多い。以前はせいぜい五、六本程度だったはずの氷の槍が、ざっと見ただけでも十本以上は作られている。ニナの言っていた『魔力の量で魔法の威力が変わる』とはこの事か、と僕はしている場合でもない分析をする。
マグナ・レガメイルが号令でもするかの如く手を振り下ろすと、大小様々な氷柱の矛先が僕に向けられて飛翔していく。
さすがに二十四回も死ねば学習する僕だ。一度に攻撃を仕掛ける氷柱の大群を飛び退いて避けていく。足元を通過し、頬を掠めて出血しようとも、死ぬ程の痛みではないから我慢をする。
僕に避けられた氷柱は地面に、あるいは後方にある壁にぶつかり粉砕していく。その数も段々と少なくなっていく。六本から四本、二本……そして、ゼロ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
広範囲に逃げ回ったせいかひどく呼吸が荒れるけれど、それでも僕は立ち止まる事はせずに余裕そうに笑うマグナ・レガメイルの元へと——正確にはその背後へと回る。
「今度こそ……っ」
装填されていた弾丸の全てを撃ち尽くし、背中側からマグナ・レガメイルへと攻撃するが、ことごとくを阻まれる。防護魔法によって。
「水魔法『溺縛の獄』」
防護魔法で守られている事も相まってか、マグナ・レガメイルは振り返りもせずに詠唱した。魔法による攻撃を避けようとした瞬間、視界が歪んで息が出来なくなる。
「……っ、ゴボッ!?」
何だ、これ……水!?
突然何が起こったのか分からなかった僕は銃を手放してもがく。その様は客観的に見れば溺れているとでも表現した方が適切なのかもしれない。
そう、突如出現した水がまるで意思でも持っているみたいに僕の全身を覆ったのだ。幾度となく死んできた、それこそ『妖精族の森』ではニナの協力の下で死の体験を繰り返した僕ではあったけれど、それでも溺死だけはした事がなかった。
「が、ぼっ……!」
最初の動揺で肺にあった空気をほぼ排出してしまった僕は呼吸の出来ない苦しみで顔を歪ませる。とにかく、ここから、出なければ。
水を掻き分けて進もうとするが上手く移動出来ない。というより、僕の進まんとする方向の逆側に水が流れて出られない。試しに右へ、左へ、果てには上へと行こうとするが、水はその度に流れを変化させる。これでは本当に水が明確な意識を以ってして僕を溺れ死なせ様としているみたいじゃないか。
「魔力の込もった弾丸」
マグナ・レガメイルはようやく僕の方へと踵を返すと、水の中で暴れる僕に向かって喋り掛ける。正直、聞こえづらいし視界も悪く、何より呼吸が叶わない状況で話し掛けられても困るが、それでも構わずにマグナ・レガメイルが続けた。
「何度も撃てば、いつかは防護魔法が破れる、と踏んだんでしょォ?」
「っ!」
バレていた。目を見開いて眼球に浸る水で歪んだマグナ・レガメイルの顔が更にグニャリと曲がる。
「確かに、アナタの目論見通り、防護魔法は無尽蔵に発動出来る物ではありません。だからそりゃァいつかは壊れてしまう訳ですよォ」
水の周囲をゆったりとした歩調で回りながら、マグナ・レガメイルは僕の思惑を握り潰す。
「しかし、ワタクシはこれでも魔法部隊の副隊長を任せられている身……並の魔法使いよりかは実力がある方だと自負しています」
これは本当だろう。『大地の裂け目』ではニナの魔力付き弾丸一発で打破した防護魔法が、二十五回目の僕になっても未だ健在。いや、顕在している。
だが、この男と言った通り、防護魔法はやはり無尽蔵ではない。だから撃ち続ければ……撃つ?
「さァてと、死んでも復活するなら生け捕りしかない訳ですが……どうしたもんですかねェ。このまま頭だけ出して呼吸はさせておきますか」
まずい。意識が、遠のく。このままだと、マグナ・レガメイルの思惑通りに事が運んでしまう。じんわりと身体が温かくなっていくのを感じながら、肺に、鼻に水が入っていく。身体の力が抜け、目の前を漂う銃をぼんやりと眺めながら。
僕は左手に握っていた紙を、手放した。
「っはぁ、はぁ、はぁ……」
バッ、と意識が覚醒して僕は口元を押さえる。良かった、水の中からは脱したみたいだ。二十六回目の僕は右手の銃を思わず放してしまいそうになるが、何とか握り込んで息を呑む。バクバクと脈打つ心臓がうるさくて仕方ない。
「あァ、少し話過ぎてしまいましたねェ」
マグナ・レガメイルは当然の様に復活した僕に対して驚きもせずそう言った。まあ、初めからこの男は驚いてなどいなかったのだが。
やれやれと頭を振ると、未だ空中でふわふわと浮いている水の中に手を突っ込み、二十五回目のカズヤを引き抜いた。何が要因かは知らないが、球形の水の塊は出現した時と同様に突如縮小し、やがて跡形もなく、水滴一つ溢さずに消え去る。
「無様ですよねェ。見て下さいよ、この顔。苦しそうに歪んでいて、本当に面白い」
土色に変色した顔と紫がかった唇。口と鼻から出ている液体が水なのか体液なのかすら判別が付かない程にぐちゃぐちゃになっている。
水死体を見るのは初めてだけれど、それがカズヤだと思うと胸が痛くは、ならなかった。顔を背けたかった訳ではないが、僕はマグナ・レガメイルを無視してしゃがつと、一人目のカズヤのポケットを弄る。
あった。
大量とまでは言わないが、それでも二十くらいはあるだろう弾丸がポケットの中から出てくる。
「何を、してるんですかァ」
「……いつまで持っているんだよ、それ」
「それとは酷い指し方ですねェ。仮にもさっきまで生きていたアナタなんですからァ」
いけしゃあしゃあとマグナ・レガメイルが思ってもないであろう事を口にする。
「どちらにせよ、お前の相手は僕一人だ」
それは変わらない。外で拘束されたままのニナ達が心配ではあるが、コイツの目的は僕。今すぐに殺される事はないだろうし、そんな未来来させやしない。
「ま、良いでしょォ。何にせよ、死なずに生かしていればアナタはそれ程脅威ではない。光撃魔法『磁電砲雷』」
ズァッ、と密室の空間の中で暴風が巻き起こり、再び球体のプラズマが赤く光り現れる。先程よりも大きく、離れた所にいる僕ですら熱気を感じ取れてしまう。掴んでいたカズヤの襟首を放し地面へと落としたマグナ・レガメイルが僕に視線を移す。
「また溶かしてあげますよ」
「……」
僕はその言葉に返答をしなかった。銃を捨て、両手で計二十発程の弾丸を握り締めて、僕は地面を蹴る。
縮まる距離の中、マグナ・レガメイルはさして驚いた表情をする事もなく、さながらドッヂボールでもするかの様にして、輝き煌めいているプラズマの球体をこちらへと投擲してきた。
サッカーボールの倍以上はあろうその塊を避けるには、正直近付き過ぎてしまっている感は否めないけれど、何も完全に避けようとは僕も思っていない。
左手に持っていた弾丸を天井にぶつからない様に細心の注意を払いながら放り投げる。落下地点はマグナ・レガメイルの直上を狙っているが、命中するのは全部とまではいかないだろう。しかし、いくつかが当たっていれば良い。投げた体勢を僅かにズラし、残りの弾を握っている右手をなるべく胴体から離し、身体を斜めに傾ける。
そして、プラズマは僕の身体を穿孔しながら通過した。
「……っ!」
左手どころか首から下の左半身が綺麗な弧を描いてポッカリと蒸発してしまい、それによって伴う激痛がかろうじて残っている身体に迸る。斜めに傾いた事もあって——魔法によって左脚が焼失した事も重なって——バランスを崩した僕は地面へと倒れそうになった。
しかし、マグナ・レガメイルは既に手の届く場所に居る。文字通り身を削る思いでここまで来たのだ。倒れながら僕は、ここまで走って来た自分に労いの言葉を掛ける間もなく、痙攣する右腕を伸ばしマグナ・レガメイルが発動している防護魔法に握っていた弾丸ごと触れる。
「何を——」
パリィ……ン。
と、明らかに弾でも、僕が触った事による物でもないけたたましい音がドーム内を反響した。その音に一番反応を示したのはマグナ・レガメイルだった。三白眼の瞳の瞳孔が開き、唇を戦慄かせている。
それだけで、その反応だけで僕は状況の把握と、溜飲の下がる思いで胸がいっぱいになった。
防護魔法を、壊した。
「あり、えない……」
「はは、そんなに驚く、事か?」
眉間に皺を寄せていたマグナ・レガメイルに、僕がわざとらしく笑いながらそう呟いた。片方の肺が無くなっているからかは知らないけれど、上手く声になっているとは感じなかったものの、マグナ・レガメイルは面白い程に反応を示した。
キッ、と地面でうつ伏せになって倒れている僕を睥睨すると、魔法陣の描かれた手の甲を下に向けながら指先を震わせる。
「ワタクシの防護魔法が、こんなにあっさりと……ふざけるな、ふざけるな!」
ようやく間延びしなくなった怒鳴り声にそれでも僕は口角を上げたままマグナ・レガメイルを見た。それがより彼の神経を逆撫でしたのだろう。「土魔法」と怒りを押さえた掠れた声でそう呟く。
「『穿剣』」
転がり散らばった弾丸を押し除けて、地面が少しずつ隆起していき、それは一本の剣の様な形に変化していく。わざわざその動作を僕の隣で行うのだから、よほど自分の手で殺さなければ落ち着かないのだろう。
この男が初めて感情的になるのを、僕は心底満足げに笑む。
「さっきも言ったでしょう。アナタを生け捕りにすると。まァ、今のアナタは放っておくと死んでしまうだろうし、次の奴を生け捕りにしますよ」
「……」
生け捕りが可能か否かについては、最早そんなものは度外視しているらしい。確実に僕を捕らえる気でいる。
正直それは避けたい。
しかし、この男の怒り様から察するに、防護魔法は一度壊されると次の発動までにいくらかの時間を要する。もしも壊されてもすぐに張り直せるのなら、こんな演技をする必要はない。
つまり僕がこの男を殺す為の第一段階は突破したという事だ。あとはもう一度殺されて……。
ザク、とカズヤの首筋に土で出来た剣の先が振り下ろされる。喉を貫いた後もそれを引き抜き、頭を、そして胴体を何度も何度もマグナ・レガメイルは突き続ける。カズヤの身体が痙攣し、硬直してもなおその振り下ろす動作をしばらくやめずに。
「ふゥ」
ようやく剣を突き終えたマグナ・レガメイルが額の汗を拭う。そして、もう何度も見た光景をひと回りして見つめると、やがてこちらに向かって銃を構え掛けていたカズヤと視線が合う。
「ワタクシがぁ」
と、マグナ・レガメイルが語尾に近くなるにつれて声を大きくさせる。その間にはもうカズヤは引き金を引き終えていたが、マグナ・レガメイルは目を見開いたまま動じない。一歩も動かない。
「同じ過ちを繰り返すはずがないでしょォォォ! 土魔法『障壁歴壁』ィ!」
マグナ・レガメイルの目の前で壁が現れ、弾丸の軌道を阻む。その向こう側に居るカズヤが一体どんな動きをしているのか予想出来なかったが、マグナ・レガメイルには関係の無い事だった。
「土魔法『漠溺一糸』!」
「——っあ!」
ニナ達に対して使った魔法をカズヤに対して使い、壁の反対側から僅かに呻き声が聞こえマグナ・レガメイルはほくそ笑んだ。
壁から顔を出すと、うつ伏せになったカズヤの胴体が幾重にも渡って巻き付く土によって拘束されている。
「さァてと、よくもやってくれましたねェ。まさか防護魔法を打破するまで弾丸を放ち続けるだなんて」
またいつものニヤケ顔に戻ったが、それでもこめかみに浮かんだ青筋から気が立っているのは変わらない様だ。
「くっ……そ」
身体の自由が奪われたと言っても、両腕はまだ動く。伸ばしづらい右腕を何とか動かし、その手に持った銃を握り直そうとしていた時。
「あァ、もうこれ以上アナタの好きにさせる訳がないでしょォ?」
マグナ・レガメイルが冷ややかな声音でそう口にして土で固めた剣を振り下ろす。
「っがあああ!!?」
突如右手の感覚がなくなり、何度も味わった痛みで身体が大きく跳ね上がる。顔を顰めて右腕の方を見ると、真っ赤に染まった腕が僕の付け根から切断されていた。ゴッソリと。
血液が噴水の様に勢いよく湧き出て、その場に血溜まりが出来上がる。「アッハッハぁ!」とマグナ・レガメイルの笑い声が頭上から聞こえるけれど、麻痺した三半規管ではくぐもってでしか認識されない。
「ワタクシ程寛大であっても、いつまでもアナタの相手はしていられないんです……よォ!」
「っづぁ!!」
ザン、と次いで左腕が付け根の先から切断される。左腕は衝撃によって空中で鮮血の螺旋を生み出しながら飛び上がる。やがてボトン、と腕の断面図に映る肉と骨が僕の顔の前に落ち、鉄の臭いで鼻腔がいっぱいになる。
「……足で銃を撃つ、だなんて器用な真似はされたくないですからねェ」
マグナ・レガメイルの呟きの直後、今度は両脚への痛みが上書きされる。もはや叫び声にもならない僕の悲鳴。
死にはしない痛みがここまでだとは、思ってもみなかった。
痛い、痛い、痛い。
死んでしまいたくなるくらい痛く、なのに死ねないというもどかしさで頭がおかしくなってしまいそうだ。
「普通両腕両脚切られた人間は死ぬものなんですがァ……死に慣れているアナタにとって、直接的な死でないのなら生きてしまうんですねェ」
「ハッ……ハッ……」
やけに遠くからマグナ・レガメイルの声が聞こえるが、確かに僕は死に慣れてしまっているのかもしれないと納得してしまう。
死ぬ事を前提にした僕に対する、ほぼ完全な無力化。
マグナ・レガメイルはそれをやってのけたのだと、僕はその状況に置かれた今ようやく思い知らされる。
「まァそもそも、アナタは人間ではないですがァ」
「な、ん……だと……!」
人間ではない。
それは魔女にも言われた言葉だ。魔女だけではない。初めて遭遇した人間の盗賊にも、僕はその言葉で人間としての真っ当さを否定された。否定され続けてきた。
この男も、どうやら他の人間と同意見の様だ。
「おやァ? アナタ自身は自分が人間だとでも思っていたんですかァ?」
「……」
「人間というのは——」
僕が答えずにいると、マグナ・レガメイルがつらつらとここぞとばかりに捲し立て始める。劣勢を覆した直後、人は優越感に浸るものだ。
「人間というのは、限られた人生の中で、苦悩し、成長していく生き物なんですよ。どんなに罵倒されようとも、嫌だと投げ出したくなってしまいそうになっても……あるいは投げ出してしまうかもしれない。それでもそんな過去を省みて、糧にして前に進む。進めるのが人間」
「……」
「しかし、アナタはその人間のあるべき生き様を否定している。アナタのその力は、死んでも復活するその訳の分からない魔法は、人間に対する侮辱だ」
何を言っているんだ、と一蹴する事は僕には出来なかった。脚が無いからという訳では別にないけれど、それでもこの男の言う事に真っ向から否定する程僕も捻くれてはいない。
むしろ意気揚々と喋ってくれるのなら、それを有効活用するべきだ。両腕両脚を失った状態でありながらも、僕は貪欲にこの男を殺す手立てを考える。
この短い時間の中で、僕は決意をしなければならない。
「何度も再生してしまえれば、人は間違っても良いと傲慢になってしまう。たった一度きりの人生だから、人は必死に歩み生きるのですよォ」
「……僕が、人じゃないというお前の言い分は分かった」
「分かったァ? アナタの解釈など不要なんですよォ。摂理として、理として、アナタは人外なんですよ。まァ、魔物とも言いませんがねェ」
「お前の言い分は分かった」
と、僕はマグナ・レガメイルの言葉に耳を傾けず、続ける。
「でもそれなら、お前だって自分が人だと証明出来ないだろう。お前だってもしかしたら、今まで死んでないから分からないだけで、僕と同じ力を持っているかもしらない」
哲学的ゾンビ。
あるいはスワンプマン。
この世界にそんな言葉があるのかは不明だが、それでも似た様な発想はあるはずだ。
「はァ」
と、しかしマグナ・レガメイルは溜め息を吐く。あからさまに、愚問だとでも言いたげに僕を見下す。やがて腰を屈めると、右手の甲に刻まれた魔法陣を僕に見せつける。
「これが何か分かりますかァ? これは、ワタクシが今まで舐めてきた、噛み砕いてきた苦汁の結晶なんですよォ! 勝手に羨望して、ワタクシに才能が無いと分かった途端、勝手に叩き落としてきた人々を見返す為にィ、ワタクシが努力を重ねてきた当然の結果がこれなんですよォ!」
「……」
「ワタクシのこの過去は、確かにワタクシが身を以てして歩んできた体験そのもの。ならば聞きますが、ワタクシの防護魔法を破ったのは今のアナタではないでしょォ! 生まれたアナタがした体験は、せいぜい腕と脚を斬られたくらいでしょう!」
それは、そうだ。
そんなの指摘されるまでもなく知っている。
「ま、いいでしょォ。ワタクシの目的はおおよそ達成されましたしねェ」
「……何?」
その言葉に、僕はピクリと反応する。反応してしまう。明らかな動揺に、マグナ・レガメイルがニヤァとイヤラしく口角を吊り上げる。
「忘れたとは言わせませんよォ? ワタクシは『魔物の味方をする人間の少年』であるアナタを捕獲する事が第一の目的」
「……やめろ」
「気付いていないとでも思いましたァ? 外で拘束されている魔物、二匹の妖精族ともう一匹……竜族でしょォ?」
「……っ!」
「やはり、そうでしたかァ。いやね、少し前に仕留め損ねた竜族がいたんですがねェ。まさかその時の竜族と全く同じ魔力を持った魔物が居るんですから、気付かない訳がない」
「やめ……ぶっ!?」
すっくと立ち上がったマグナ・レガメイルに対する制止も虚しく、僕は後頭部を足で押さえつけられる。口の中に土が入り上手く喋れない。それでも僕は叫ぶ。
「やめ、ろっ!」
「まだ人間の国が多くあった時、それ程珍しくはなかった竜族を人々が何の用途で狩っていたか知っていますかァ?」
マグナ・レガメイルの低い声が聞こえる。「土魔法」という、それが明らかに僕に対するものでないのは分かり切っている。だからこそ僕はない手脚を懸命に動かす様にして、胴体に巻き付いた土を振り払おうとモゾモゾともがく。
「食用ですよォ」
「……っ!?」
ゾワ、と背筋に悪寒が走る。食用? 今、コイツは竜族を食用と言ったのか?
「古い文献によると、竜族の肉はとても美味らしく、長寿になり得るとかァ。良いですねぇ。食べてみたいですねェ」
「……めろっ!」
叫ぶが、マグナ・レガメイルは聞く耳を持たない。恍惚とした声音で、マグナ・レガメイルはゆっくりと話す。
「まして人の姿をしているのであれば、なおさらご利益がありそうじゃァないですかァ?」
「……っ」
「魔物なんて、家畜同然なんですよ。人間に狩られ、売られ、金として国を回す。ただそれだけの存在なんですよォ——」
——『絶圧の瓦解』
「やめろぉぉぉ!!」
バキン。
地面に伏していたからであろう。地鳴りと僅かな破裂音が僕の叫び声と共に耳に伝わる。
それが何の音か、僕には分からない。分からないけれど、何だかとても嫌な予感がしてならない。
「ハッハッハッハッハッ!!」
劈く甲高い笑い声が反響する。マグナ・レガメイルの声が、震える僕に対し、やけにうるさく聞こえる。
「絶望しましたかァ? この外で、どんな無惨な死を迎えているのか、見たいですかァ! ねェ!」
あまりに唐突な現実に、僕は目を見開いたまま、唇を震わせる。
外がどうなっているのかなんて、知りたくもなかった。
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