ジュウハチ 雑談

 森の外は相変わらずの荒野だった。広大な大地が広がる先には、草一本として生えている気配はない。左手にある大聖堂はポツンとただ己の存在を示している。

 もう一度そこへ行こうと思ったが、やめた。今更行ったところでマコトとヒヨリがいる訳がない。だから僕は、エレオノーラが教えてくれた鬼族の住処のある右手方向へ足を踏み出した。

 照っている太陽がとても眩しくて、だから大地が枯れているのだろうが、にしても雲一つない晴天振りに僕は内心舌打ちをする。

「魔物と魔女って敵対関係にあるのか?」

 少しでも気を紛らわそうと僕は隣で歩いているニナとオリガにそんな事を聞いた。魔女も人間だ。ならやはり魔物と魔女も戦った過去があるのだろうか。

「別にそんな事はないのですよ?」

 しかしニナは頭を振って僕の疑問を否定した。汗一つかいていない彼女の羽がパタパタと忙しなく動いているのを見て、何だか犬みたいだと僕は感じた。彼女らも暑いのだろうか。

「魔女の目的は知らないですが、ともかくニナ達魔物の事なんて眼中にないっぽいのです」

 眼中にない。何かそれはそれでどうなんだろう。

「魔女が魔物を攻撃した事は一度もない。あれはただ純粋に人間だけしか見えていない」

 オリガがニナの言葉を捕捉する様にして口を開いた。そういえば彼女も僕について来てくれたのだった。いや、恐らくはニナだけでは不安だというエレオノーラの計らいだとは思うから、僕の為ではないだろうが。

「人間だけ、か」

 魔女の目的は一体何だろうか。そういえば魔女はやたらと魔力について執拗なまでに執着していた気がする。そしてマコトを『素質がある』と表現していた。となるとやはり魔女の目的は魔力? だが魔力は自分だって持っているはずだ。全ての人間に魔力を与えた、最初の魔法使いなのだとすれば、わざわざ魔力を求める必要なんてあるのだろうか。

 いや、違う。魔力があったから与えたんじゃない。魔女にもしも何らかの目的があったとして、その目的を達成する為に魔力を与えたのだとしたら? だがその目的が分からない。まあ、こんなのただの憶測だ。

「でも良かったよ。魔女とまで対立しているんだとしたら、少し悲し過ぎる」

 魔女にも人間にも狙われているんだとしたら、魔物の生涯は本当に残酷なものだったかもしれない。

「というか、二人は食糧とか大丈夫なのか? 僕は平気だけれど」

 今の僕を再現しているのはファミレスに行った直後のカズヤだから、空腹感はあまりない。五十九人目の僕ですら、まだ食べたスパゲティの味を覚えているくらいだ。

「はい、ニナ達魔物は別に何も食べなくて良いのですよ」

「え、そうなの?」

 初耳だ。だが確かに彼女らが何か食べていた素振りは森の中でもなかった。自慢げに胸を張ったニナは言った。

「魔物は魔力を消費して生きているのですよ。だから食べなくても餓死する事はありえないのです!」

「へー、便利だなぁ」

 思わず感心する。食事を必要としない生き物は現実世界にも居るが、やはり人間に似てはいても大分生態の構造は異なるようだ。

「じゃあ良かった」

「おい」

 グイ、とオリガがニナと僕の間に割って入ると僕を睨み付ける。短い金髪を揺らして腰に差した剣の柄に触れた。

「あまり姉上に話し掛けるな」

「ま、待って待って、分かったから」

 このままだと初めて会った日みたく刺し殺されかねない。僕は慌ててわざとらしく両手を前に出すと、少し二人から距離を取った。

「こら、オリガ!」

 ポコ、とニナがオリガの頭を優しく叩く。身長的に頭二つ分の違いがあるから、正確には頭ではなく首だったが。叩かれたオリガが「しかし姉上……」としおらしくなって振り返る。

 そういえば年齢的にはニナの方が上なのか。というかニナは確か妖精族の長女だったか。長女と次女でここまで身長に差があるのは珍しくはないかもしれないが、やっぱりどうも慣れない。

「駄目なのですよ! カズヤさんの旅に連れて行ってもらっているのですから、仲良くなのです」

「はい……」

 大好きな姉に怒られたからか、珍しくオリガが肩を落とす。

 こうして、僕は前に進む。ニナとオリガと共に、鬼族がいるという先へ、途方もない荒野の中を歩いていくのだった。




「気持ち悪いわぁ」

 魔女はそう言った。雲にも近い高さで、まるで椅子にででも座っているかの様な態勢で空中を漂っていた。目下には殺したはずの少年が二匹の魔物を連れている。

「まあ、別に関係ないわねぇ。あの少年がどうなろうと、私の目的は変わらないのだし」

 冷ややかに、とても無機質な視線をその少年へと向けながら魔女が一人呟く。

「でもあんなに気持ちの悪い力を持った少年がどうやって答えを出すのかは、気になるわぁ」

 だからもう少し見ていよう。それは少年を殺してしまった罪悪感からではなく、純然たる好奇心の下で見ている事にしよう。

 何度も何度も復活するなんて気味が悪い。気持ち悪くて仕方ないあの少年が、あの嫌悪の塊みたいな少年が自分自身を何と定義するのかが楽しみだ。

 魔女は笑いを堪えて肩を震わせた。

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