ジュウナナ 出発

 次の日、もう出発してしまおうと早起きをした僕の元にエレオノーラは来た。その後ろにはニナとオリガが居る。

 何事かと首を傾げていた僕に、エレオノーラが捕捉する様にして口を開いた。

「森の外へ出るのなら、この子達も一緒に連れて行って欲しいの」

「え、は? いや、何で?」

 短い彼女の申し出に僕は混乱した。だって外へ出すなんて事、エレオノーラが言うとは到底思えないからだ。過去を語る時、人間を口にする度に苦痛に顔を歪める彼女が、自分の愛娘を外へ出すなんて、考えもしなかった。

「別に嫌って訳じゃないけれど、どうして突然」

「事情が変わったのよ。この子達には森は狭過ぎるって事」

 答えになっていない気がする。

 でも、と僕は一度冷静になる。仲間というか、そういう存在が居るのはとてもありがたい話だ。もしも人間や魔獣と交戦する様な事があれば、丸腰の僕だけではどうにも不安だ。

 魔法を使えるニナとオリガ、この二人が付いてくれるのならむしろこの提案は魅力的だ。

「……よく分からないけれど、まあ、僕も一人だと不安だったんだ。よろしく」

「こちらこそなのですよ!」

「……」

 僕は二人に向かって手を伸ばすが、ニナはにこやかにそれに応じた反面、オリガは無愛想に視線を逸らした。

「あとこれ」

「?」

 エレオノーラが服の中から数枚の紙を取り出してこちらへ渡してきた。反射的にそれを受け取った僕は、その紙をまじまじと見つめる。何か文字みたいなものが書かれているそれは、恐らくは魔法陣だと僕は確信した。

「それは水魔法を記した物よ。それを千切れば水と同じ様に使える。アンタの力は土と水が必要なんでしょ? 外は荒野が広がっているから、水がない時に死んだら大変でしょ」

「そこまで考えてくれていたのか……ありがとう」

 確かに、大聖堂へ行った時、土は枯れ果てていてとても植物が生きていける様な環境ではなかった。むしろ今まで僕は何も考えずに外へ出ようとしていたのか。

 お礼を言いながらその紙を出来るだけ優しく四つ折りにするとポケットにしまう。

「別に、ニナとオリガを残したままアンタだけ湖の近くで復活されても困るって思っただけよ」

「うん、それでもありがとう」

 彼女の厚意を素直に受け取ろう。僕が二回目のお礼を口にすると、くすぐむたそうに「わかったわかった」とエレオノーラが言う。

「取り敢えず、鬼族の住む場所に向かって進みなさい」

「鬼族?」

 魔物の内の一種族、鬼族。

「魔女がどこに住んでいるかわかるかもしれないわ」

 ああ、そういえば魔女の住処すら分からないまま僕は度に出ようとしていたんだった。エレオノーラの言う通り、魔女の居場所を分かる者がいるのなら頼った方が効率的だ。

「鬼族は大地の裂け目の奥深くに住んでいるわ。まあ、実際に見ればすぐに分かると思う」

「大地の裂け目ね」

 何だかおどろおどろしい名称だな。鬼族という荘厳な名前も相まって少し恐怖が生まれる。けれど、そんな危険な相手でもないだろう。エレオノーラがいうのなら、それを信用するまでだ。

 数枚の紙をポケットに入れただけで、他には何も持っていなかった僕は森の外への方角へ踵を返す。

「それじゃあ、今までありがとう。エレオノーラ」

「お母様、行ってくるのですよ!」

 タタ、と僕の後を追いながらニナも母への挨拶を済ませる。



「……オリガ」

「はい」

 未だに隣に立っていたオリガへエレオノーラは二人の背中を見ながら呟いた。

「ニナと、カズヤをお願い」

 ニナの護衛として、昨晩オリガには旅の連れとして任命したエレオノーラだったが、彼女の胸中には後悔の念が溢れそうだった。

「母上は、安心して私達を見送ってください。姉上は必ず守ります」

「ええ、ありがとう」

 オリガの真っ直ぐな言葉に、エレオノーラは止める事が出来ずただ一言口にするので精一杯だった。

 やがてオリガも二人の後を追い掛ける。ニナとオリガの背中には透明で小さな羽が生えている。妖精族の証。その二人を目で追いながら、エレオノーラは奥歯を噛み締めた。

 二言目を喋れば、二人を止めてしまいそうだったから、黙って二人の背中を見つめるので精一杯だった。

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