ジュウゴ 安堵
「なるほどね」
夜、僕はエレオノーラの小屋へ入りオリガとの経緯を説明した後、僕自身がこれからしようとしている事を話した。
森から出て魔女の元へ行く、と。
「どうして、友達が居る人間の国に行かないの?」
それは想定していた質問だ。だから僕は迷いなく言うことが出来た。
「このまま会っても、笑える気がしないんだ。何もかもが腑に落ちない、そんな状況で会ったってきっとあの二人を困らせるだけだ」
それだけだ。本当に利己的で我儘な考えだとつくづく思う。マコトとヒヨリに頼めば手伝ってくれるだろう。きっと二人は僕の為に動いてくれる。
けれどそれは嫌だ。あの二人を巻き込んでしまう事を、何より僕自身が嫌っているのだから。
「それに、人間の国は一つしかないんだろう? だったらどこにいるかなんて迷う必要はない」
「それは……そうだけど」
エレオノーラの方は納得がいってない様で、かなり食い下がる感じで顔を顰めた。
「この力はきっと魔女が発動させた物だと僕は確信している。魔女が何らかの意図があってそうしたのなら、会いに行った方が良い」
魔女に殺される前から、僕には魔力がなかった。何故なら魔女が僕を殺す要因がそれだからだ。
——不穏因子は殺してしまった方が良いわぁ。
あの魔女の身体に纏わり付く声が僕の脳裏を過った。とても気持ちの悪い、嫌気が差す程の暗さを垣間見えるくらいの妖艶な声が。
「魔女に会って、もしも魔女がアンタをそういう身体にしたとして、それでアンタはどうするのよ」
「場合によっては……魔女と戦う」
戦って、殺す。エレオノーラやニナ、オリガにも歯が立たない僕が言うのはとても滑稽だ。その思惑を知ってか、エレオノーラが少しだけ笑った。
透き通った、とても上品な笑い方に僕の心も穏やかになるのを感じる。
「ま、別に私が止める理由なんてないから好きにすると良いわ。けれど、何回もアンタを殺した私が言うのも何か変だけど、きっとアンタはこの森を出たら何度も何度も痛い目に遭う。アンタは本当にそれでも良いの?」
「……」
良い訳がない。痛いのも苦しいのも、出来るのなら避けたい。死んでしまう事だってあるかもしれない。
「それは嫌だけど……でもそれを理由に僕が魔女の元へ行かないなんて事にはならない」
そうだ。もう決めたんだ。何回も死んでしまったとしても、この訳の分からない、矛盾を掻き集めた様な力に悩まされたとしても、どうしてもその意味を知りたい。
「今の僕は五十九人目だ」
「数えてたの?」
「うん」
呆れた、とでも言いたげにエレオノーラが目を見開いた。自分で自分が死んだ回数をカウントアップするのは気持ちが悪い感覚だけれど、数えるべきなんだと僕は思う。
今までの死に意味がないのだと、僕はそう思いたいだけなんだ。苦しもうが、痛かろうが、今の僕が居るのは、今までの僕が死んだからこそなのだと思いたい。
「百人になろうと、二百人になろうも関係ない。魔女と遭うという目的は、きっとこの先も変わらない」
不変の目的を、意志を抱き続ける事で、僕は進める。真っ暗な部屋の中で懐中電灯があるかないかでは大きな差がある。
懐中電灯のない暗い部屋はきっと自分がおかしくなってしまう。どこへ行けば良いのか、その部屋の大きさがどれ程の物か、恐らくそんな下らない事で頭を悩ませてしまうだろう。それを想像しただけで頭がおかしくなってしまう。
だから今は、魔女に遭うという目的を掲げる事で、他の事から目を背けていられる。
「……好きにしなさい」
エレオノーラは溜め息を吐いて一言口を開いた。突き放す様な冷たい口調ではない。まるで母親が諭すみたいなとても温かみのある言葉だった。
「ありがとう」
僕は頭を下げる。エレオノーラが今どんな表情をしているかはわからないが、それで良い。
彼女の顔を見たら後悔しそうだった。泣き出して、いつまでもこの森にいたくなってしまう。多分、エレオノーラは僕がここに居る事を、何だかんだで認めてくれるかもしれない。
けどそれは僕自身の為にはならない。
僕は確信したい。
僕がカズヤである事を。出来るなら自信を持って決定してしまいたい。
だが、今の僕にはそれが出来ない。優柔不断で、とても自虐的で、自分自身にも興味がないから。
僕は誰だ。一体何者なんだ。ただのスワンプマンなのか、それとも一番初めに殺されたカズヤと同一なのな。
その答えを僕は、どこに居るかも知れない魔女に委ねる事にしたのだ。
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