ジュウヨン 決意

「オリガ、大丈夫か?」

 思わずオリガちゃん、と言ってしまいそうだったが、それを実行すれば間違いなく細切れにされると判断した為、僕は尻もちをついているオリガを呼び捨てて手を伸ばす。

「なっ、何で……」

 呆気に取られたオリガが木に押し潰された前の僕と、たった今生まれた僕を交互に見る。先程までの高圧的な言葉遣いが一瞬柔らかくなり、年相応——実年齢は僕より上だろうが——におどおどとした態度になった。

 僕の差し出された右手をしかしオリガが握ることはなく、パシン、と払い除けると器用に後退りながら立ち上がる。

「あ、あり得ない……どんな魔法を使ったんだ、貴様!」

「ま、待て待て、僕は争うつもりなんてない。ないから剣を下ろして」

 きっと僕と彼女の間には誤解がある。まずはそれをどうにかしなくてはいけない。僕は剣を構えたオリガを宥める様にして両手をゆっくりと上に挙げる。明白な降伏宣言、こちらから攻撃する意思はないという胸中を身体で示した。

「僕は何故かそういう力を持っているんだ。水と土があれば、死んでも次の僕が生まれる、そんな力がある」

「水と土、だと?」

 釈然としないとでも言わんばかりにオリガが顔を顰める。まあ、それも仕方ない。僕だって自分自身の力を完璧に理解出来ている訳じゃあない。

「……どうして私を助けるような事をした。貴様がそうする理由など、どこにもないだろ」


「どうして、って……僕は右も左もわからないこの世界で、エレオノーラに助けてもらったんだ」

 本人に自覚があるかは定かではないけれど、何度も彼女に殺されはしたけれど、それでも彼女が僕をここに置いてくれた事は感謝するべきだと思う。

「だから、僕が君を攻撃する理由なんてないし、もしもそんな事をしたらエレオノーラに怒られる」

 意図的に僕はわざとらしく肩を竦めて不器用に笑った。オリガの三白眼が僕を見据えると、やがて溜め息を吐いた。もう彼女からは先ほどの殺気が感じられない。張り詰められた空気がとても穏やかになるのを察して僕も密かに安堵する。

「貴様を殺しても意味がない事はわかった。だが、いつまでもここに居る訳じゃないだろうな」

「うん、それについては安心して欲しい。二日か三日経ったら森から出る」

 あらかじめ、エレオノーラに連れられてあの廃墟と化した大聖堂へ行った時から僕はこの世界での目的はある程度決めていた。

「その前に幾つか教えて欲しい事があるんだ」

「貴様、さっきまで自分を殺そうとした相手に言うことではないだろ」

 確かに。

「まあ良い」

「ありがとう。聞きたいのは魔法についてなんだ。魔物が使う魔法と人間が使う魔法について、何か違いがあるんじゃないかな」

 魔法を使うには詠唱か魔法陣が必要だとエレオノーラは言っていた。けれどさっきオリガは剣に炎を纏わせた時、詠唱をしなかったし魔法陣を描いている素振りも見せていなかった。エレオノーラが嘘を吐いたとは思えない。なら考えられる可能性の一つとして、魔物と人間が発動させる条件に何か違いがあるのではないかという事だ。

「……人間は魔力を後天的に与えられた。そもそも魔法を使えない存在が魔法を使う為に魔女が制限を設けた。それが詠唱と魔法陣だ」

「じゃあ、魔法を作り出したのは魔女って事か」

「それは違う」

 僕の言葉にオリガが淡々と首を振った。

「魔法は誰が作り出した物ではない。元々あった魔法を、魔物や魔女が生まれた事で認識して使える様になっただけだ」

 なるほど。水を有効活用する様になったからと言って水を作ったのは特定の誰かではない。そういう漠然とした存在だった魔法を魔女や魔物が使える様になった、それだけの事だ。

「じゃあ魔物と魔女の違いは? 最初から魔法を使えただけで、その二つに何か差異はあるのか?」

「魔女は詠唱も魔法陣も必要ない。それは魔女が魔法をただ利用する為だけに使うからだ。だが魔物は魔法を使う際、祈る事が必要になる場合がある」

「祈る? それって詠唱……人間が魔法を使うのと違うのか?」

 祈りと詠唱。オリガがそう表現した理由を問いただす為に僕は聞いた。恐らく彼女がそう表現したのは何か理由があるのだろう。するとオリガは顔を顰めた。それは僕が質問をしたからではなく、人間と魔物を一緒に考えられた事に対する明確な嫌悪感だろう。

「人間の魔法はただの作業でしかない。自身が持つ魔力に対して、何の気持ちも込めなくても使えてしまうのだから」

「そうか……ごめん」

 彼女ら魔物は魔力に対して、魔法に対して何らかの想いを捧げているのだろう。確かに、エレオノーラやニナ、オリガが魔法を発動させる際に少し穏やかな雰囲気になったのはそういった意味があるのか。

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