ジュウイチ 胸中
「ふー、ちょっと休むのですよー」
「そうだな……。ありがとう」
湖を囲む様にしてサークル状に開いたこの場所で、僕とニナは近くの木に背中を預けて座った。僕がニナの協力を得てから二日が経過した夜。新しく生まれる力だというのに、記憶だけでなく痛みも引き継がれるものだから、全身に走るそれが駆け巡っていて疲れがなかなか抜けない。
「ニナは妖精族の長女で、お母様の跡を継ぐからもっと頑張らなきゃいけないのですよ。だから、ニナもありがとうなのです」
ニナは僕にペコ、と頭を下げて礼を言った。ちょっと新鮮でムズムズする。
「お母様の為、か。エレオノーラの事が大好きなんだな」
「はい! お母様は強くてかっこよくて、魔法だって凄いのですよ!」
目をキラキラと輝かせる様を見ていて、本当に親娘なんだと僕は感じた。
でも、とニナは一息置く。
「お母様が泣いているところを見たことがないのです。お婆様達を待っていて、ずっと強かじゃなくちゃいけないって……」
ニナはエレオノーラが泣いているところを見たい訳ではないのだろう。きっとあの自信に満ちた雰囲気が一向に弱まらないのが、彼女にとっては痛ましく感じるのかもしれない。
「だからニナがもっと頑張って、お母様を安心させるのです」
「……そうか」
僕は何と返したら良いのか分からなくて、短くそう言った。魔物として生きていて、きっと相当の努力と苦悩をエレオノーラも、ニナもしているんだ。
「カズヤさんは魔力が無いままこの世界に来た異世界の人なんですよね? この世界とはどう違うのです?」
「んー」
どうだろう。勿論魔法や魔物なんて存在はしないけれど、言う程この世界と僕がいた世界に大きな違いなんてあるだろうか。戦争はあったし、差別だってある。
「皆、自分の為に生きているって感じかな」
僕はようやく答えて少し後悔した。あまりに主観的過ぎて、別に真意を突いているとは言えないからだ。それでもニナはふむふむと興味津々に頷いた。
「じゃあカズヤさんは良い人間なのですね!」
「はは」
何故そう結論づけたのかは不明だが、僕は頬を引きつらせながら愛想笑いをした。
「お母様も言っていたのですよ。全ての人間が悪い訳じゃないって。お母様は一度だけ、魔物と一緒に旅をしていた人間と会ったと言っていたのですよ」
「魔物と一緒の人間」
反復して僕は口を開いた。てっきりエレオノーラの口振りから、全ての人間を忌み嫌っているとでも思っていたが、そうではないということか? もうすっかり日没を過ぎて月が顔を見せている。それはとても輝いていて、他の星達を圧倒さえしていた。
そんな中、月の光で反射する湖の水面の揺らめきが影となってニナの顔を照らす。とても嬉しそうに。この子はきっと、外が悲惨である事をエレオノーラから聞いていて出た事がないんだろう。
僕を躊躇なく殺す様は正直気でも狂っていると思っていたが、やっぱり見た目通りの無邪気さでニナは言う。
「だからニナは外に行ってみたいのですよ! 良い人間さんと会って話して……そしてお婆様達を返してもらうのです!」
それはきっと叶わない。もう僕には、エレオノーラの母と姉達が生きているとは到底思えない。何百年も待ち続けて、それでも帰ってこないのなら、それはもう残酷な事実しか残されていない。
「——そうか」
けれど僕は言えなかった。こんなにも声高に宣言するんだ。きっと僕が事実めいた言葉を突き詰めても幸せな気持ちにはならない。
だから僕は精一杯の筋肉を使って微笑んだ。泣いて抱き締める事だって出来る。頭を撫でて、同情する事だって出来る。でもそれはこの子の為にはならない。
「叶うと、良いな」
「はいなのです!」
ニナは大きく頷いた。その笑顔を見て僕は密かに願った。この子の祖母達が生きている事を。淡い希望であっても、やっぱりそういうご都合的な展開があったって良いじゃないかと。居るかも分からない神様に語り掛ける。
そして次の日、僕は妖精族の次女、オリガに殺されかけるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます