ジュウ 力について

 結局、エレオノーラは僕とニナを置いて「ちょっとやらなきゃいけない事がある」と言い残して立ち去った。僕は取り敢えずニナと一緒にあの湖へと向かっている。獣道すらないものだから、とても歩きづらい。生茂る草を掻き分けて僕は前に進んでいるのだが、ニナは全くそんな素振りもない。彼女程に伸びた草がまるでニナを避けているみたいだ。

「カズヤさんは魔法がないけど変な力があるのですよね?」

 変なって。まぁ、否定は出来ないから何とも言い難いけれど。どうやら本当にエレオノーラはニナに僕の事情を話しているようだ。

「けれど、良いのか? 僕の力は僕自身が死ぬ事で発動する。それはつまり、君が僕を殺す手伝いをしなければいけなくなる」

 恐らくは年上であろうニナにそう言うのは、少し変な感じがするけれど、やっぱり殺人をお願いするのは気が引ける。

 湖に着くと、そこには僕の死体がなかった。どうやらエレオノーラが昨晩死体を片付けたらしい。いつもの綺麗な湖がそこに佇んでいる。とても美しくてどこまでも透明な、生物の命の欠片すら感じさせない場所だ。

 ニナはこちらへ振り返った。その金髪が揺れて彼女の表情が見える。清々しく笑っていて、屈託のないとても可愛らしい見た目の笑顔。そして口を開いて言う。

「ニナはそういうの大丈夫なのですよ!」

 ああ、狂っている。この真っ直ぐな笑みから漏れ出る言葉だとは到底思えない程に。どこか欠落していて、可愛らしい。だから僕は溜め息を吐いた。

 この子になら、僕は殺されても良いと。



 それから僕はニナの協力の下、この力について可能な限り調べ上げた。エレオノーラのお墨付き通り、ニナは魔法の使い手らしい。彼女は様々な詠唱をして魔法を発動させた。そして僕はその回数分死んだ。

 炎で丸焼けになった。

 操られた水の中で溺死した。

 隆起した土の壁に挟み潰された。

 漏れなく痛くてどうしようもなく苦しかったけれど、幾つか分かった事がある。まず、この力において必要な物が二つあった。水と土だ。その二つを混ぜた場所に新しい僕は生まれた。だから僕は毎回死ぬ度に湖の畔で生まれ返った。

 次に僕は距離を測った。最初は一メートル。それから少しずつ離れて、最終的には湖から反対方向の森の端っこまで行った。けれど、どこで死んでも僕は湖の側で生まれる。だから僕はその距離をコントロールする事に注意してみた。水と土はこの過程において見つけた必須アイテムだ。

 ニナから借りた木の桶に半分ずつの水と土を入れ、湖から離れた場所で死んでみる。結果的には成功した。僕は木の桶の側で生まれた。それから量を少しずつ減らしてみる。半分から三分の一、四分の一……。

 そして限界量が両手いっぱいの土と水だけで良い事を突き止めた。それ以下にするとまた僕は湖の側に戻される様にして新しい僕が生まれた。水と土の量も、別段均等である必要はないらしい。

 距離と量を調べた僕は、本当に土と水でなければならないのか気になった。土の替わりに石を使ってみたが、どうやら代替品にはならないらしい。ただし、土の質については制限がないみたいだ。湖の近くにある、水分の含んだ湿り気のある土とは反対に、腐葉土に近いフカフカの土では力が発動した。

 水については……残念ながら代替品になりそうな物がなかった為、追求は出来なかった。それでも大きな収穫だとは思う。

 最後に生まれ変える僕自身について調べてみた。今の僕の格好は高校の制服のワイシャツとズボンと下着を身に付けている。そしてこの姿は何度死んでも変わらない。試しに木の棒を持ってみたが、木の棒は死んだ僕が持ったままで新しい僕はそれを手にしてはいなかった。

 この姿が再現している僕は一体いつのものなのだろう。そう思い僕は十人程の僕自身の死体の腹を割いて見ることにした。正直自分の胃の中と臓物を掻き分けてを見るのは吐き気が止まらなかったが、やはり明確にしておかなくてはいけない。

 胃の中にあったのは、消化が終わりきってないスパゲティの具だった。この世界に来る前に寄ったファミリーレストランで食べたペペロンチーノ。間違いない、胃液に混ざって微かだがオリーブオイルの香りもする。どうやらこれは、魔女に殺される直前の僕を再現している。大きな収穫と言っても良い。場合によっては、所謂セーブ地点を変える事だって出来るかもしれない。

 これが僕がニナに協力してもらってから得た情報の全てだ。



 この力を僕はあの思考実験のスワンプマンの様だと思った。水と土が必要な事も重なってより一層に。けれどスワンプマンとは少し違う。スワンプマンは自分が沼から生まれた事を知らずに雷に打たれて沼に落ちた男の生前と同じ様な生活をする。

 自覚のないスワンプマンとそうではない僕。勘弁して欲しい。そういう類の思考実験は客観的に考える事が面白いのだ。シュレディンガーの猫だって、猫が箱の中で生きているか死んでいるかを議論するのが醍醐味なのであって、誰だって箱の中の猫になりたい訳じゃない。

 どうして僕はこんなにも冷静に自分を分析しなくちゃいけないんだろう。本当に嫌になる。

 ——カズヤはロボットだ。

 小学生の頃から呼ばれていた陰口をふと思い出した。僕はロボットじゃない。散々死んでそれは理解している。血だって噴き出るし、傷が付けばとても痛いをだから僕はロボットではない。

 なら僕は人間なのか? ロボットでない事を証明出来たら、それは人間である事を証明出来た事になるのか? 僕は何なんだ? 魔物でも人間でも、もしもなかったら、僕は一体何なんだ。

 ああ、きっと僕は怖いんだ。答えを出すのがとても怖いんだ。なのにこの力をもっと知ろうと何度も何度も、手段と方法を変えて死を繰り返すなんて矛盾している。

 けれど僕は、答えをきっと出さなければならない。マコトとヒヨリに笑って再会する為に。

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