ジュウニ オリガ

「今日はこの子達と遊んでくれるかしら」

 翌日の朝、エレオノーラは僕に向かってそう言った。サークル状に出来た集落の様な妖精族の住処の中心にて、太陽が照っていて少し暑い中、僕は後ろを振り返った。

 そこには多くのエレオノーラの娘がいる。最低でも二十人はいる。いや、多くないか? 遊ぶのは別に構わないけれど、この人数相手にしたらボロボロになるぞ。

「カズヤさんごめんなさいなのですよ。お母様が魔法の特訓手伝ってくれるって言うのです」

 エレオノーラの後ろからピョコと頭を出すと罰が悪そうな顔で謝った。

「ま、流石に何日もアンタに協力させるのは精神がおかしくなっちゃうからね」

 確かにそうだけれど。娘に殺人要請する親ってそれはもう充分におかしいと思う。だがエレオノーラの言う通り、あまり僕の協力ばっかりさせるのはニナにも悪いな。

「分かったよ」

 仕方ない、と僕は頭を振ると背後でワイワイしているエレオノーラの子供達の方を見た。それぞれが個性のある可愛らしい妖精族だ。

 小さい子と遊ぶのは切り詰めていた僕自身にも良い作用があるかもしれない。再びエレオノーラに目を向けると、僕はなるたけ彼女に安心してもらう為に自信満々で胸を張った。

「よし、任せろ」



 結局、二十数人の妖精族の子供と遊ぶのに僕が捻り出したのは「かくれんぼ」だった。お馬さんごっこなんてやったら潰れてしまいそうだし、僕が鬼役で各々を探した方が楽しそうだ。

 軽くルールを説明した僕が近くの木を前にして皆にも聞こえる様に数を数え始める。十まで数えて振り返ると、先程まで喧騒漂っていた場所がシンと静まり返っていた。

 取り敢えず小屋の外側から攻めてグルグルと一周しながらサークル状の集落を見ていく。「見つかっちゃったー」と何人か見つけ終わったところで今度は小屋の中を探索する。

 全部入り終わってようやくかくれんぼは終了した。

「次は何するのー!」

 一人がそう言うと、全員僕の元へ駆け寄る。服のあちこちを引っ張られてもみくちゃにされるが、何だか浄化される様でとても心地良い。

 こうやって楽しめる心があるのだと僕が安心していると、「おい」と背後から声を掛けられる。

「あ、オリガお姉ちゃん!」

 と妹の何人かが走り寄る。それを追うと、かのオリガお姉ちゃんの足元が見えた。

 金髪を肩の辺りで切り添えた碧眼の少女。しかし、彼女の身長は僕とほぼ変わらない。一般的な女子高校生程の背丈の少女は、エレオノーラを彷彿とささる切れ長の目で僕を睨みつけている。いや、睥睨している。

「えっと、君は……?」

 僕が彼女にそう聞いたが、オリガと呼ばれた少女は答えない。腰に抱き付いている妹達の頭を撫でて「少し離れていなさい」と優しく言った。

 ようやく僕に再び目を向けると、右手を腰に付けた剣に触れる。

「母上と姉上をたぶらかしていつまでここにいる気だ」

 たぶらかして、って。僕にそんな気があるはずないのに、どうやらこの子は僕の事をあまり信用してはいないらしい。まあ仕方ないか。エレオノーラやニナ達がそうあったから忘れていたが、僕は間違いなく魔物の敵である人間側としてカウントされている。

 殺気にも近い気迫で徐にこちらへ歩み寄ると、僕の目の前で立ち止まった。頭二つ分、ニナより大きいからか、僕は半歩たじろいでしまう。

「貴様を、殺す」

「ちょっと待っ——」

 僕が弁明しようと口を開いた瞬間、視界が真っ暗になる。顔全体に覆われた柔い感触から察するに、このオリガが僕を片手で掴んだようだ。

 まずい、早く振り払わなくては、と僕が暴れる直前に重心がブレる。後頭部と背中に強い衝撃が走る。

「カハッ……!」

 とても痛い。視界も悪く鼻と口を塞がれているせいも相まって呼吸もままならない。地面に倒れた僕が咄嗟に顔面を掴んでいる手首を引き剥がそうと手を伸ばした。

 しかし、僕が手首を掴むと、今度は腹部に鋭い痛みが伴った。開けた視界に飛び込んだのはまず、無表情にも近いオリガの冷徹な顔だ。輝く碧眼に映り込む僕の顔は痛みで歪んでいる。

 何とか眼球を動かして腹の方を見ると、オリガのつま先がめり込んでいる。まるでサッカーでもしているかの様な美しいフォームで蹴りを入れている。

「っが!」

 メリメリと音を立てて内臓が圧迫されている。肋骨がミシミシと悲鳴を上げている。オリガの膝が伸び切った直後、僕の身体がそれこそボールの如く空に浮くと後方へ吹っ飛ばされる。

 ——ああ、ちくしょう。

 僕は内心で毒づいた。これだから痛いのは嫌なんだ。せめて、僕に痛覚がなければ。

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