ロク 理解
それから僕とエレオノーラは湖を後にして、またあの小屋に戻った。その最中でニナに似た少女達が興味津々でこちらへ駆け寄ってくる。
「お母さまお母さま、誰その人?」
「人間だよね?」
「何々ー? どうしてここに居るのー?」
口々にそう言っている少女達に僕は狼狽るが、お母さまと呼ばれたエレオノーラは彼女らの頭を優しく撫でながら「私は用事があるから、ニナやオリガと遊んでなさい」と返す。
やはりエレオノーラはこの子達の母親なのか。信じられない。それもやっぱり聞いた方が良いのかもしれない。どうやら魔物と呼ばれる彼女達の生態は僕が知る範囲を優に超えているみたいだ。
「さて、と」
小屋に入ったエレオノーラがボフ、とベッドの上に座った。僕は何となく近くにあった木椅子を引き寄せるとそれに腰掛ける。
「僕がさっき刺されてから、どのくらい時間が経って僕が現れたんだ?」
「んー、正確な時間は測ってないけど、瞬きしたらもうアンタが横たわっていたわ。アンタの目が覚めたのは大体一分経ってからかしら」
つまり一瞬か。死んでから生まれるスパンに殆ど時間を要していないという事か。気を失っている時間は恐らく差異がある。まだこの意味不明な力に僕自身が慣れていないだけだろう。
死んで目を閉じて、次の僕が起き上がる。それを突き詰めればきっと瞬きをするみたいになるかもしれない。死んだ事を自覚していながら、死んだと連想させない程に一瞬で生まれる。
やっぱり気味が悪いな、この力は。
「……ふぅ。ごめん、もう少し考えた方が良いかもしれない。気休めと言うか、少し聞きたい事があるんだけれど、良いかな」
「んー、まぁ良いけど何?」
僕は息を吸い込んだ。それはもう目一杯に。
「お前、あの外にいた子達の母親なの!?」
「うわ、びっくりした。何よ突然大きな声を出して」
そりゃあ大声も出すだろ。見た目的にも中学生程度のエレオノーラが、それとあまり変わらない子達の母親なんて信じ切れるはずもない。
金髪をわっ、と広げて驚いたエレオノーラが長い溜め息を吐いた。
「そうよ、私達妖精族には雄個体が存在しない。妖精族の中で最も魔力を持った妖精が長となって、子供に魔力を少しずつ与えながら産む」
まじかよ。
アメーバとか、クラゲとかそういった次元ではない。無性生殖でありながら、完全な同一個体ではない子供を産む。現に外に居た妖精の子供らはそれぞれ特徴があった。髪の長さだけではなく、瞳の色だったり肌の色、そういう細かい部分にも明確な差異が生じている。
そして彼女らの背中には透明な羽が生えていた。決して大きくはないけれど、一律に皆生えていたのだ。そしてエレオノーラにはそれがない。
「大体三〇人くらいは居るわね」
「大規模過ぎないか」
母親にしては大家族な気がしてならない。
「妖精族の長は代々この森を守る役目を持っている。人間や魔獣からの侵入を防ぐ為にね……ああ、魔獣っていうのは、魔力を持って突然変異した動物の事ね」
「森を守る……なぁ、エレオノーラ、やっぱり聞かせて欲しいんだ。魔物が人間を嫌う理由を」
「……」
エレオノーラはあからさまに顔を顰めた。やはりやめておいた方が良かったかもしれない。だが聞くべきだと僕はそう思った。
僕が彼女から視線を逸らさない様に、彼女もまた僕を見つめている。睨み付けている。そうやってお互いが沈黙したままの時間が過ぎていく。
「はぁ……」
最初に根を上げたのはエレオノーラだった。頭を振ると再びこちらに顔を向ける。その顔からは何ら迷いがない。
「私の昔話をしてあげる。まだ私が長になっていない頃の話を。だから黙って聞いていて。私も本当は話したくないんだから」
「ああ、分かったよ」
僕は頷いた。曇った表情から、あまり楽しい話でない事は確かだ。そしてエレオノーラは口を開き語り始めた。
妖精族の昔話を。
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