10月ナンセンス


 自分の中から小説を書きたいという気持ちがなくなっている自覚があった。たまに書きたいと思うこともあったが、それは刹那的な衝動に過ぎず、メモ帳を開くまでにすら至らなかった。そして、自分の生活環境が整っていくことで、一抹の不安を覚えた。今のバイト先で確実に地位を確立し、人間関係も良好、良い意味で順調であるにも関わらず、だ。目新しいことを期待しても、そんな物語的な出来事が起こるはずもなく、学生時代のように盲目的な恋をすることもなくなり、充実した日常が、自分自身を蝕んでいるような気さえした。


 友人との飲みの場で風俗の話になった時、反射的に「行ってみたい。今度連れてって」と言ったのは、少しでも非日常的なことをしたかったからではないかと思う。今の自分が変わるかもしれないとさえ思ったし、あるはずのない何かを期待した。


 当日、友達に身を委ね、風俗店へ足を踏み入れた。初めての入店だったので、全然落ち着けず、友達に倣って歯磨きをしながら喋っていた。


 順番が来て、個室へ通される。待っていたのは20代後半くらいの美人さんであった。まず、誰と来たかだとか、来た経緯とかを聞かれた。続いて、仕事の話だとか、趣味の話だとか、結構盛り上がったと思う。自分の小説を書くことへの執着が薄れていることを遠回しに相談すると、好きなら書けばいいじゃん、といった返しをされた。共通の話題があった訳では無いが、返答が率直で心地よかったのを覚えている。


 もちろん、その後物語的な展開なんてなかったし、自分自身に変化を感じない。ぶっちゃけ、ここに書くほどのことですらないことも分かっている。ただこの数瞬、白昼夢のような非日常があっただけ。何も変わらないし、今これを書いている12月20日だって恋人もいなければ、小説を書く気もない。バイトは順調で人間関係も良好。ゲーム三昧で自堕落極まりない平穏な日常が今日も流れている。

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失恋 Re:over @si223

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