大学三年生(番外編)

 帰省中の電車でMと同じ匂いが舞った。中高生くらいの女子が隣に座る。あぁ、どうしてこのタイミングでMのことを思い出してしまうのだろうか。


 丁度二年が経つ。大学一年の春に映画へ行き、その後しばらく連絡を取っていなかった。しかし、大学二年の二月、誕生日プレゼントを貰った。某コーヒー店の商品券。


 少しばかり話が逸れるが、恥ずかしいことに俺は彼女の誕生日を知らない。訊いたことはあるが「んじゃあ今日」と言われてお手上げ状態。LINEの誕生日設定もしておらず、知る術もない。


 お返しの一つもできないことが悔しい。今度会う機会があれば、と思いながらも複雑な気持ちを抱えていた。コロナのこともあるが、また会えば、恋愛的な熱が戻ってしまう気がするからだ。


 それはそうと、どうして隣の女子はMと同じ匂いがするのか。卑怯だ。残酷だ。出来る限り嗅覚以外の感覚に集中し、思い出さないように、思い出さないように、やり過ごした。もちろん、その子の顔を覗く勇気などなかった。


 大学三年の前期はほぼ遠隔授業で、彼女どころか知り合いもほとんど増えなかった。それに焦りを覚えながらも、大学二年の失態があるため、大したこともできず、大学で彼女を作ることを半ば諦めている。その相反する感情をまとめるため、コロナとめんどくさい、というのを言い訳に彼女を作ろうという向上心をしまっていた。


 髪も伸び放題で、髭も剃る感覚が長くなり、コンタクトも付けずに生活していた。そのくらい人間として終わっていた。どうせ、もう帰るのだから運命もクソもないだろうし、帰省したらそれこそコロナで外出できないため、彼女どころではない。物理的に無理なのだ。


 色々と考えると、何だか失恋した気分になった。数週間前、高一の弟に恋人がいることが発覚し、劣等感に苛まれたことを思い出す。ため息が零れる。


 実家に帰ると、昼間から彼女と通話する弟。夜も彼女と通話する弟。ホーム画面も彼女にしている弟。その場では笑っていじるが、後になってじわじわと心を蝕むのだ。


 俺にこんなキラキラした青春が訪れることはもうない。弟の幼い精神を目の当たりにすると、そう思ってしまう。


 例えば、今、好きな人ができて、高校の時のような純粋な気持ちで好意を持てるか。純粋な恥ずかしさを抱けるだろうか。純粋な行動ができるだろうか。無理だ。もう心は腐っている。


 何かしらのやましい気持ちはあるだろうし、下らない羞恥心しか感じないだろうし、冷静でつまらない行動しかできないだろう。いや、さすがに言い過ぎかもしれない。しかし、そのくらい弟との違いを感じてしまった。


 最近は友達にも、某動画アプリの広告にもマッチングアプリをオススメされる。実際、コロナ禍では出会いが少なくなってしまっているため、マッチングアプリを使うのは理にかなっている。俺は「コロナが伝染るから」の一点張りで始めなかった。しかし、俺はM以上に熱を持った恋ができるか不安なのだ。同時に、M以上に熱を持った恋をしてしまうのではないかと不安であった。


 歪な矛盾である。過去に囚われて先に進めない。そういう状況にあるのだと、帰省して改めて感じた。


 そんな中、友達が恋愛報告をしてきた。その人の恋愛は、一言で言えば停滞している恋。このまま何もなければ、自分と同じところに来てしまうような、そんな状況である。前々から思っていたが、恋人がいる人でさえ悩むし、苦しむ。その前提さえもない俺はもっと辛いなんて悲劇の主人公ぶるのも反吐が出る。


 次に好きな人ができるのは何時なのだろうか。恋人ができるのは何時なのだろうか。今の俺には分からないし、検討もつかない。

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