第7話 チートですわよね?

「今、貴女が詳らかにした、私が貴女に行ったという虐めね……すべてこの変態王子の謀よ」


 私に頰を張られているというのに、ちっとも効いていないカール王子の事は、ひとまず意識の外に出して、話を続けることにした。

 首元を掴む手に長い指を絡めて、今にも私の指を食みそうなカール王子を牽制しながら、アメリアさんに告げる。


「え?」

「貴女を陥れるためか、私をからかう為かは存じ上げませんが……」

 打つ事に疲れて下げた手も掴まれて、噴き出すのを隠すように口元に引き寄せる。

「カールがそんなことする訳ありません! 見苦しいですよ、何を根拠に」


 アメリアさんは、キッパリと言い張ったが、ついに私の指を口に含んだ王子と目が合ったようで、ぎょっとする。

 アメリアさん、この人、こんな事を嬉々としてする、嗜好の捻じ曲がった困った人なんですよ。

 

 カール王子の容貌が美しく、絵になるからって、なんでも許されると思わないで頂きたい。

 ダメなものはダメだと誰か言って欲しい。

 嬉々としてわたしの指に舌を這わせる変態がここに居るのに、如何して皆、許容しておくの?

 アメリアさん、よく見て、この人オカシイから!!


 なるべく王子を意識内に入れない様にして悪役令嬢を続ける。

「お手紙の件なら、王子自ら堂々と私に便箋をもらいにいらしていたわ」

 周りの生徒達が、何人も頷く。

「でも、でも、そんなのおかしいわ、カール自身が、自分に関わるなって書くかしら?」

 

 もう、カール王子は用がないなら離れていて欲しい。

 自分の手を取り戻したいのに、押しても引いてもカール王子は私の手を離さない。

 

 (つ、爪の輪郭を……舌で舐られているの……い、い、いやぁぁぁ!! もう限界。私が公開処刑されてるのではなくて?!)


 座長を降りたい!


「正しくは『王家に』でしたわね」

 

 私の精神力というか、令嬢魂? ここに極まる!

 背中の冷や汗以外、いつもと変わる事なく話を続ける。

 結局カール王子は私に代わって話を続けるつもりがないらしい。

 

 カール王子の手紙の内容を含みなく読めば、王家に近づいて何か面倒を起こした時は、軽い罪では済まないよ、と言う一般論を忠告したという事なのだろう。

 しかし、「王家」を「カール王子」に置き換えた挙句、都合の良い誤解を私を陥れる為に使ってしまったアメリアさんには、もう救いはない。


「私が教室に来るタイミングで読んでいた手紙ね、あれはカール王子の筆跡でしたでしょ」


 私だけが知っているわけではない。

 カール王子の活字の様な寸分狂いの無い字は、この学園の者なら誰でも見分けがつくはずだ。

「なんですって……」

 絶句する気持ちはよく分かる。

 気の毒な事だ。


「忠告する内容としては納得の内容でしたわよねぇ」

 外野から声がする。

「王家に……カール王子に近づくなんて無謀だもの、ねぇ」

 追い打ちをかけるように同意する別の生徒がつぶやく。

 有望な男爵家の令嬢だったと思うが、外野の声役を見事に果たしている。

 手紙の忠告通りにカール王子に近づいたら困ったことになってきているので、文面に間違いはないとも言える。


「そろそろ、君の事が問題になっていたからね。王族に出どころのわからないものを食べさせようとしたり、フォークやスプーンだとしても凶器となり得るものを僕に向けたりすると問題なんだ。僕が良くても学校の警備の者がね、学校側に排除要請を出しそうだったんだよ」


 膝を少し払いながら優雅に立ち上がったカール王子は、掴んだ私の手を逃そうとしない。

「ロッカーの虫は、僕じゃないよ。流石にそこまでやったら犯罪だし」

 そろそろアメリアさんの顔色がおかしなことになってきている。

「ロッカーに放置しておいた菓子に虫が寄ってきたんだろうね」

 口調は優しげだが、私にはカール王子が大笑いしている幻聴が聞こえる。

「知っているだろう、学園内は食品は持ち込み禁止なんだよ。そのためのカフェテリアの充実なんだ。君が昼食を持ち込んで僕に食べさせようとした時、そう伝えて断ったはずだけどね」


 ……スプーンとフォークで手ずから『あーん』しようとしたわけね。


「そういえば、君のお手製のクッキー、いつまでもロッカーに入れっぱなしにしておいたのかい? お菓子の持ち込みも、カフェテリアを通してって注意したよね」


 学園のカフェテリアは国営で管理が厳しい。

 外から食品を持ち込むことは禁止されているが、そのかわりカフェテリアを通して好みの菓子を取り寄せたり、好みのレシピで調理してもらうことが可能だ。

 王族を含む国の要人の子が多く通う学園では必要なことだった。

「しかし……持ち込んだクッキーを放置しただけで、こんなに虫が来るかな?」

 アメリアさんは唇を噛み締めている。

「何か虫が集まるようなものでも入っていたかな? そういえば、人の心を操る薬の中には、とても甘い香りがして虫をも誘う蜜が材料のものもあるね」

 

 もうやめてあげて欲しい。

 アメリアさんは息の根を止められる寸前の獣みたいな顔をしてる。

「そんな……私は知らないわ」

「自分で用意したものではないから、知らなかったのかな?」

 どうやら、媚薬か惚れ薬の類を用意されていたようだ。

 どんな薬でも相手が王族ともなれば大問題だ。


「でも、でもっ、ロッカーのまわりに、あの時落ちていたのはテレジアさんの髪だったって……」

 アメリアさんは一縷の希望を込めて、諦めずに向かってくる。

 私にも弁解の機会を与えてくれるとは、なかなか良い役者だわ。


「髪をくれと言われた時には逃げ回ったのだけれど……嫌だわ、どこで拾ってきたのかしら」

 その時も堂々と教室までやって来て、周りをざわめかせていたので、何かのプランの一部だったのだろう。


「テレジアの家で、侍女が君の髪を手入れした後の櫛をちょっとね」

 

 ちょっとね、ではない。

 

 カール王子はいたずらが成功した、といった様子で微笑むが、犯罪臭がする。

 婚約者でも許容できるものと許容出来ないものがある。

「私の不在の時に私の部屋に入るのは、お止めくださいませ!」

 宰相である父とカール王子は、城内にある執務室内の情報のやり取りに飽き足らず、私の知らぬ間に、タウンハウスに入り込み遅くまで悪巧みをする。

 学園内で出会う時間より、タウンハウスで顔を合わせる時間の方が多いくらいなのだ。

「学内で、テレジアと話せないのが寂しくて」

 タウンハウスでは娘を溺愛する父が目を光らせているわけで、到底不埒な行為に及べるはずもなく、品行方正を演じる代償なのか、学園での変態性は跳ね上がる。

「それが勝手に女性の部屋に入る時の口実ですの? せめて私がいる時にして頂けないかしら?」

 それでも髪を拾われるのは嫌だけど。

「宰相閣下の許可はとっているよ」

「尚悪いです。父様と二人で結託なさるのは感心できません」

 

 アメリアさんは私とカール王子の様子を何かを噛み締めているような表情で見ている。

 私達が仲の悪い婚約者同士と思って侮っていたのだから仕方がない。


 ため息をついて、アメリアさんに向き直る。

「王子の段取りの無い……階段から貴女を突き落としたとか、私に直接何かされたという話は……何かの思い違いですわね。私達、二人きりになったことなんて、一度たりと御座いませんもの」

 私にはカール王子自らが組織した護衛が数人張り付いている。

 王子が、人払いを命じない限り、二人きりになんてならないのだ。

「それは……そうよ! テレジアさんの護衛の誰かがやったんだわ! 自分の手を汚さないなんて卑怯だわ!」

 私は否定のために緩く首を振る。

「貴女、勘違いされているわ。私の護衛は私のものではないの。

 全てカール王子に忠誠を誓った、カール王子の私設の護衛なのよ。万が一、彼らがあなたに危害を加えるようなことをしたとしたら、私ではなくてカール王子の指示よ」

「そんな……」

「カール王子に見張られているので、学校で私が一人になれる時間なんてありませんの。ましてや王子が指揮する護衛を私が個人的に自由に使う事はありえません」

 

 アメリアさんはがちがちと歯を鳴らす。

「だって、二人は学校でも話もしないくらい冷え切っているって……政略結婚で腫れ物に触るみたいに接しているって」

 誰かに吹き込まれたのだとしたら、それもカール王子の差し金だ。

「どなたからお聞きなさったのかは存じませんけれど、私達は学年も異なりますし、使うカフェテリアも違います。学園内で顔を合わせることがあまりないから、そう見える方もいるのかもしれませんわね」

 そのかわり、家にはしょっちゅう来るのだが。

「ここ最近は、何かと王子に呼び立てられて、貴女の教室近くに行く機会が何度もありましたけど、王子が用意した茶番劇を見せるためにお呼びになったのでしょうね」


 すごく迷惑だった。

 迷惑だったけれど、

「王子が今まで行った私に対する奇行の数々の中では……まぁ、可愛らしい部類かも知れませんけれど……」

 

 森で増えた野犬が群れて村を襲った時は、野犬を残らず捕獲して、城内に持ち込んで、ここで捕縛の魔法を解かれたくなければデートしろ、とか……あら? 割とこれも可愛らしい方かも。


 私が入学した時に、クラスの男子全員に、私に横恋慕するなと釘をさして回られた時のほうが精神的には地獄だったかしら。

 誓を破ったら股間が腐れる魔法契約をクラスメイトに受けさせようと画策してるのを、止めるのに難儀したものね。

 どこでそんな魔法を身につけたのかが問題なのだけど、これ以上知ってはいけない事を打ち明けないで欲しいと泣いたものだ。

 隣国の王族の一時留学で、私が案内役になった時は、公爵の娘を使ってハニートラップを画策して、国際結婚だのなんだのと問題に……外交が広げられたと宰相閣下は喜んでいたけど、あれ、下手したら大問題だったわよね。

 恋愛結婚という事で丸く収めたけど、絶対ダメな薬使ったわよね? 証拠は残らないからそんなもの存在しないって、悪者の思考回路だわ。


 思い出したら、この公開処刑じみた出し物も許せる気がしてきた。

「私、権力には興味は無いのだけれど、それ以外は貴女の意見は概ね尤もだったと思うわ。……愛の無い結婚は幸福では無いものね」

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