第8話 立て板に毒?

 私の独白にカフェテリアは静まりかえっていた。

 この国に携わる誰にとっても、私とカール王子の婚姻は最大の関心事なのだ。

 皆が耳を澄ましている。


「テレジア、僕との婚約はもうすぐおわりだね」


 私が婚約してからはや十年が経つ。

 カール王子との付き合いはそれよりも長い。


「そうね、もう八月だわ」


 八月になれば私は十八歳になり、正式に婚姻が認められる歳になる。

 普通ならば一年も前に発表されているであろう婚姻までの日程表や式についての発表が、私たちに於いては、何も公表されていない。

 今回のアメリアさんの暴走も、もしかしたらその辺りに端を発しているのかも知れない。

「逃げ回るのもおわり、かな?」


 そう。

 私たちには少しだけ避けていた話題がある。

 結婚についての話題は不自然なほど上がらない。

 それだけを聞けば、私達が不仲だとか、破局寸前だとか考える者もいるだろう。

 本来なら、私の気持ちがどうのという話ではない。

 通常ならば、十八になるまでには、いつ頃式を挙げるか告知を行う必要がある。


「別に逃げ回っていたわけじゃないわ。色々、考えることがあっただけで」

 カール王子は私がこの事をはぐらかしているうちは、何も強制しようとはしなかった。

 だからずっと考えていた。

 求められるまま、このままずっとカール王子のそばにいる事が、カール王子にとって有益なのか、とか。

 アメリアさんの言うような愛が私とカール王子の間に有るのか、とか?


「長すぎた春だと思わない?」

 私に決心がつかないのを見越して、泳がされているのはわかっていた。

 このままでは、結婚までの道筋を具体的に決めることもせずに十八になってしまう。

 

 しかし、私は分からないのだ。

 

 あんな形で始まった婚約で、カール王子に求められて、カール王子の望む答えを提供し続けて、それが国の為、民の為になるから、と羞恥にも耐えて。

 それでも、酷い目にあっていても、それなりに憎からず思っている。

 でも、いつかカール王子の私への執着が無くなれば、悪の芽は摘まれなくなるのかしら。

 私の役割が終えたら、カール王子は国にとってどんな存在になってしまうのかしら。

 鎖のない狂犬は国にとって脅威になりはしないだろうか。


 カール王子には私にはわからない秘密も多い。

 結婚で私が手にする力はあまりにも大きすぎて、沢山の命を左右する立場をこの先も続けるのか、答えを出すのが怖いのだ。


 ……などと、思考の嵐に感傷的になっている場合ではなかった。


「そうよ、そうだわ!もう長すぎた春に終止符を打って、二人とも別の人を探すべきなのよ!」

 私、まだこの大風呂敷を纏め上げていなかったんだった。

 アメリアさんは、カール王子の言葉を良い様に受け取った様で、勢いを盛りかえしていた。

 打たれ強いし、なかなか愉快な性格のようだ。


「何かの手違いでテレジアさんを疑っていたけど、何か誤解があったようだから、もう争い合うのはやめましょう」

 それまでの私に怯えながら睨みつけてきた顔を忘れるほど、慈愛に満ちた微笑みで私を懐柔しようとしてくる。

 うーん、美少女なだけに怖い。


「カールも長すぎた春だって言っている事だし、一度婚約は白紙に戻して、考え直してみたら?」

 アメリアさんの問題はそこではないのだが、白紙に戻すという選択はもしかしたらあるのかもしれない。

「私、勘違いしていたみたい。誤解も解けたし、私たち、いいお友達になれそうだとおもうの」


 ……それは思わない。


「ねえ?」


 アメリアさんがお花畑を展開させている所に、和かにカール王子が爆弾を投下してきた。


「テレジア、そんなことより、僕は君に選んで欲しい事があるんだ。もちろん君の自由なんだけどね」


「そんなこと」を運んできたくせに、なんという話題変換だ。

 しかも、この切り出し方には覚えがある。

「君の答えは自由ではあるけれど、僕の願っている答えが聞けなければ、おそらく……」

 悲しそうに睫毛を伏せる。

 勿体つけ余韻を持たせた王子の言葉に周りの生徒達が固唾を飲む。

 私も一気に血が下がる。

 今度は隠すこともできず、冷や汗が止まらない。

「……カール、おそらく、なんなの? 早く言って!」

 聞きたくない!

 この後に続くのは、怖ろしい話に決まっている。


「……とある令嬢が君の命を狙っているんだ」


 予想よりは普通のことから始まり、少し胸を撫で下ろす。

 まぁ、それでも大変な話だが、私個人だけの話だ。

「もう何回か試みているようだね。暴漢に襲わせようとしたり、毒殺の為の毒を用意したり。愚かなことに僕と君を引き離すためだ」

 そうだったのか。

 私に害が及んでいないのだから、カール王子とその護衛が既に対処したのだろう。

 理解できそうなのはここまでだった。


「万が一、その令嬢がこの先も君を狙い続けて、君を殺せたとして、僕はその令嬢にありとあらゆる痛みを与えながら殺すだろうし……なかなか殺さずに長く苦しめるのもいいね。毒やら媚薬やらを調達した親族も生かして置かないだろう」

 流暢な弁舌はまさに、立板に毒。


「当然だけど、君がいなければ僕も生きていられないから、僕が後を追って死ぬのも許してもらいたいね。ああ、でも、そうなると、来年潰すはずだった海賊団に港に毒を撒かれたくさん国民が死ぬね。そうそう、その年には寒波が来そうだから、今年中に蓄えの拡充を指揮しておかなくちゃならないけど、詳しいことが伝わらなければどうなることやら……それから……」

 まだ続くの?

 血生臭いし、後半の被害の甚大さたるや、耳を塞ぎたい内容だった。


「……もう結構」

 やはりこの劇をカール王子に任せておくわけにはいかなかったのだ。

 私はこの茶番に向い合う覚悟を決めた。


 このままでは確実に死人が出る。

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