第6話 私が座長でしょうか?
「テレジア、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
カール王子がアメリアさんを伴ってカフェテリアにやってきた。
アメリアさんは足を負傷したらしく、杖をついてカール王子にしなだれかかっている。
「アメリア君、何があったのかここで全て話してくれるね。テレジアの婚約者として、僕も真摯に聞かなければならないようだ」
昼食を食べている最中なのだが、中断する他なさそうだ。
形式上、一緒に食事をとっていた級友は気配を消しながら退席して行った。
この学園に通う令嬢令息の危機管理能力は今更ながらに素晴らしい。出来る事なら、私も去りたい。
口許を拭い、立ち上がると王子達の目の前まで行き対峙する。
「まぁ、カール王子、食事中に何事ですか?」
素知らぬふりをして尋ねるが、怯えた風にして私を睨みつけるアメリアさんにも台詞を与えなければならないようだから、話しやすいように話題を傾ける。
「あら、そちらの生徒は足をどうなさったの?」
ちゃんと望まれた役を務めるため、アメリアさんの足首のぐるぐる巻きの包帯に目をやり、質問してみる。
しなだれかかる姿勢が足を庇う以上に不自然に湾曲してカール王子に絡みついているようだけれど。
「どう、って、テレジアさん、貴女が……貴女が私を階段から突き落としたんじゃないですか!」
高らかに鈴を鳴らしたような美声がカフェテリアに響き渡り、開演のベルが鳴った。
しかし、私はそもそも、アメリアさんと面識がなく、挨拶すらされたこともなければファーストネームを呼ばれる距離でもない。
「まぁ」
色々考えたが、長い創作にお付き合いしなければならないようだから、反応は最小限にしておこうかと思う。
「告発したいのはそれだけなのかい?」
カール王子が真面目な顔をして言うが、すごい速さで王子の左手側に残された私のランチプレートから揚げ芋を摘んで口に放り込んだので、周りの緊張感はだらりと緩んだ。
カフェテリアの揚げ芋はたいへん美味なので、是非にも揚げ立てでいただきたい。
幸いアメリアさんからは見えなかったようだが、こちらがハラハラするのでやめて欲しい。
カール王子がこっそり芋を咀嚼している間に、アメリアさんの台詞は佳境に差し掛かかったようだ。
「いいえ、この際ですので全てお話し致します。手紙で私にカール王子に近づかないように、さもなくば恐ろしいことが起きる、との脅迫状が来ました。便箋はテレジアさんのもので間違いありません。テレジアさんが特注で入れさせた柊のエンボスがありましたから」
ここまで一気に捲し立て、もう一度カール王子にすがりつく。
足を痛めた設定を忘れないようにする姿勢は立派だ。
「お手紙、ね。それから?」
「ロッカーの物が全て投げ出されていました。代わりに虫が、虫がうじゃうじゃと……」
そこで貧血を起こしたように、再びカール王子にしなだれかかる。
「ロッカーに、虫ですか? それも私の仕業だと」
ロッカーの物をばらまいていたのはアメリアさんだったように見受けられたが、虫に対しては本気で怯えたような悲鳴をあげていたようだが、カール王子はそんな事までしたのだろうか?
それは少しやりすぎではなかろうか?
「そうです。私が虫が苦手な事を知って、そんな嫌がらせをしたのね!?」
いいえ、知りませんけど。
もう一言抜けているので、煽らねばならない。
「証拠もあるのですよね」
いじわるそうに見えるように、ニコリと笑みの形に唇の端を上げる。
「もちろんです。ロッカー近くにテレジアさんの髪が落ちていました。カール王子も確認しています」
カール王子が撒いて刈り取った証拠ですけど、まぁ、いいでしょう。
「そうね、便箋も髪の毛も私のものでしょうね」
カール王子に限って私の物以外で工作するとは思えない。
「認めるのね! それで、ついに私を亡きものにする為に、階段から突き落としたのね?!」
叫んだ後は弱々しく震え、聴衆を味方に付けようとする姿勢はなかなか様になっている。
カール王子はさておき、王政を担うであろうアロイス王子の妃を目指したら、割と良い王妃になったかもしれない。
(続きはどうすればいいのかしら?)
アメリアさんは喋る気が無い様なので、カール王子に視線を送る。
「……」
あ、カール王子が私の揚げ芋をもう一つ口に入れた。
どうやら王子はまだ発言する気はない様だ。
窘めるようにカール王子を睨むと、蕩けるような笑顔で返される。
「なんとか言ったらどうなの?」
ええと、なんの話だったかしら。
「……なぜ私が貴女を?」
カール王子がちょこちょこと要らないことをして私を乱すから、集中力が切れるのは許してもらいたいところだが、シナリオは私に委ねられているみたいね。
「カール王子に執着してるのに捨てられそうだったから、私が邪魔だったのでしょ? 貴方は好かれてもいないし、必要ともされていないから、カールと仲の良い私が妬ましかったのではなくって?」
靴を履かせろと強請らされた時のことをさしているのだろうか?
私に恋文を書かせて、嬉々として国王の前で読み上げてくると言うから、真っ青になって追いかけていた時の事かもしれない――あれは結局、国王の前で読まれたのだけれど。
内乱鎮圧に単独で行くというから、誰か一緒に連れて行ったら? という提案にやけに声を張って「必要ないから」と答えた時だろうか?
薄々気がついていたが、アメリアさんが居合わせた所だけを繋ぎ合わせれば、
すがる私、突き放すカール王子という図が浮かび上がってくる。
アメリアさんにとっては私とカール王子は、婚約者にすがる悪役令嬢と冷淡な王子。
アメリアさんとカール王子に嫉妬したかどうかについては、肯定した方がいいのか否定した方がいいのか迷うところだ。
筋書きは理解したけれど、お芝居って割とむずかしいのね。
「……」
仕方が無いので口を噤む。
沈黙は金と言うものね。
「カールとあなたの婚約が王命で、愛がないのは分かっています。でも、婚約者だからって……カールに相手にされないからって……無理やり靴を履かせたり、口付けを強請ったり、屈辱的な命令をするのは許されないわ」
「……っ!!!」
私は絶句した。
……痴女だ、彼女の中で私のイメージは完全に痴女だわ!!!
そう。
靴だけではなかったのだ。
事あるごとに口付けを強請るように強要されたり、鞄を持つように命令させられたり、それはそれは羞恥心で赤面しそうな事ばかりカール王子によって用意されていた。
それもこれも、アメリアさんに見られていたなんて、居た堪れなくて消えてしまいたい!!
――私の羞恥心と交換でカール王子からもたらされた情報によって、父の仕事はそれはそれは捗ったらしいというのは後から聞いた情報だ――
これに対しては反論したい事ばかりだけれど、とりあえず飲み込んでおこうかと思う。
羞恥で顔が赤くならない様にコントロールするのは、本当に大変なのだ。
「……そう。貴女にはそう見えるのね。それで、これだけ大袈裟に訴えに来たということは、私に嫌がらせをやめさせたい、という内容でいいのかしら?」
なかなか婚約破棄まで導けないようなので、少し助け舟を出してみる。
「いいえ、私の事より、カールの事よ!カールの人としての尊厳を奪うなんて……たとえ婚約者でも許されません! 傅かせたり、親密そうに見えるように触れさせたり、なんて卑劣でいやらしいの!」
いやらしいとか……他人の口から聞かされると本当に頭を抱えてしゃがみ込みたくなるわ。
二度も言わないで欲しい……。
この攻撃はかなり効いたわ。
「テレジアさん、どうかカールを自由にしてあげてください。あなたにとって権力もカールも魅力的な物かも知れませんが、愛のない婚約なんて破棄されるべきです!」
こんな茶番に付き合わされて、結局カール王子は私にどうして欲しいのだろう。
嫉妬されたいだけなのだろうか?
それとも、私が偽ヒロインを退けるのをご所望なのだろうか。
……きっとそれも違う。
無数に張り巡らされた蜘蛛の巣の一角にいる私には、それを俯瞰で見つめ続ける者の思考には至らない。
この場合、私は私が思うように振る舞えばいいだけだ。
カール王子は私がどう動くかなんてとっくに知っているに違いないのだから。
悪役令嬢って、何か主人公側に意地悪をする役でよかったわよね。
カール王子が暇つぶしにと私に持ってきた小説の悪役令嬢は、酷く王子を詰っていた。
とりあえず、私はその通り、悪役令嬢役としてカール王子の頬を張った。
なんだかさっきからカール王子に芋を摘まれて腹が立つし。
お昼ご飯を中断されてお腹がすいたし、皆に注目されていたたまれないし。
いやらしいとか、いやらしいとか、いやらしいとかっ!!
私が言われる筋合いないじゃない!?
真面目な顔をしているけれど、アメリアさんに見えないように私に見せるカール王子の笑顔がすごくうれしそうだ。
とりあえず私の悪役令嬢ぶりは、殊の外カール王子を悦ばせたようだった。
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