第64話 ベルカ

 屋敷の応接間で、所在なさげにベルカが辺りを見回している。


「どうした、落ち着かないのか?」

「は、はい……こんな立派なお屋敷に入った事なんてないもので……」

「あはは、大丈夫よ、こんなのすぐに慣れるから」


「――貴方、ご出身は?」

 ベルカとは初対面であるリターナが訊ねた。


「え、えっと、ネルリンガーです……」

「ネルリンガー……?」


「どうかしたのか?」

「いえ、珍しいと思っただけよ」

 そう言って、ベルカをじっと見つめ、

「中々、可愛らしい子を連れてきたわね、クライン? 貴方こういう子が趣味?」と言った。


「ちょ! 誤解されるような事は言わないでくれよ……、彼女は魔導技師だし、俺達の仲間になってもらおうと思って、来て貰っただけだよ」

「へぇ、魔導技師……、ベルカさん、貴方、何処の工房に?」

「あ、はい、ベルクカッツェ工房です!」

 ベルカは緊張気味に答える。


「それなら知っているわ。中々評判の工房よね? 確か、マリンダって凄腕の魔導技師がいるとか」

「あ……、はい、わたしの姉弟子です」


「そいつがクソ姉弟子か!」

 クロネがうがーっと立ち上がった。


「ちょ、いいから落ち着け」

 ぐいっとクロネを押さえつけ、

「ちょっと思ったんだが……そのマリンダは、ベルカの作った魔導具を欠陥品と言って回収していたんだよな? もしかして、ベルカの作った魔導具を自分が作ったことにしてたんじゃないのか?」と俺は訊ねた。


「えぇっ!! そ、そんな……!」

「その可能性が高いわね、マリンダが魔導具を納めていたのは、ネルリンガー侯爵家。三年連続で侯爵家主催の『ベスト魔導技師賞』を受賞していたけど……もしかするとベルカさんの作品なのかしら?」


「ベ……ベスト魔導技師賞⁉ そんな賞があったんですか……」

「ちょ、魔導技師でしょ? なんであんたが知らないのよ?」

「わ、わたし……工房に入ってから一度も外に出ていなかったので……」


「「え?」」

 これはとんでもない話になってきたぞ……。


「初めて工房の扉を叩いた時に、話を聞いてくれたのが姉弟子でした。その時、自分で作ってみた魔導具を見せたんです、その、自己アピールが大事だと聞いたので……」

「ま、まあ、そうだよね。それで?」

「はい、姉弟子は合格だと言ってくれました、でも、見習い期間中は皆の邪魔になるから、特別に練習室を用意するって言われて……、それから三年間、ずっとそこで暮らしていたんです」

「それ、真っ黒じゃん……」

 クロネが呆れたように呟いた。


「で、でも、魔導具作りに専念できますし、食事も美味しかったですし、お布団もふかふかで……。元々、野宿生活をしていたわたしにとっては、とても恵まれた環境だったんです」


「の、野宿って……良く無事だったな」

「ネルリンガーには山が多いので、洞窟とか、木の上で寝てました」


「普通にすごいな」

「それにしてもねぇ……」


「よくわかったわ、ありがとう」

 リターナはベルカに微笑みかけ、

「クラインもクロネちゃんも既に貴方を仲間だと思ってるようだし、私も貴方を仲間と認めるわ。よろしくね、ベルカ?」と、手を伸ばした。

「え⁉ あ、ありがとうございますっ、リターナさん!」


 *


 俺は一人部屋で、机の上に並べた試験管を睨んでいた。


 スパロウ伯はリンデルハイム家に俺の事を報告しただろうか……。

 まあ、いずれバレるのは時間の問題だとは思うが、仮に誰かが動いた場合、どう対処すればいい?


 アベル兄さんが直接動くことは、まずないだろう。

 動くとすれば、ミスリル相場絡みで見過ごせない額の金が動いた時かな。


 ラルド兄さんは自分から動くタイプではない。


 やはり、動くとすればボリス兄さんか……。


「厄介だな」


 ボリス兄さんはリンデルハイム家で父の次に戦闘力が高い。

 竜騎士の職能は脅威だ。


 空から攻撃されれば、クロネ村など一瞬で焼け野原にされてしまう……。


 ――誰かが扉をノックした。


「はい、どうぞ」

「すみません、失礼しまーす……」


 そっと入って来たのはベルカだった。


「あれ、どうしたの?」

「あ、その、ちょっとお話できないかと思いまして……」


「うん、いいよ、どうぞ」

 俺はソファにベルカを座らせて、自分も向かい側に腰を下ろした。


「紅茶でも飲む?」

「い、いえ、大丈夫です」

「もっと気楽に行こうよ、もう仲間なんだしさ」

「あ、はい、へへ……えっと、何をされてたんですか?」

 ベルカが机の上の試験管を見て言った。


 そっか、まだ能力の事を言ってなかったな。

 どうする、全部言うか、それとも、もう少し様子を見た方がいいか。

 ここは念の為、リターナに素性を探ってもらってからにした方がいいな……。


「あ、えーっと、ポーションの整理をね」

「クラインさんは、錬金術師なのですか?」


「うん……まあ、そんなとこかな」

「へぇ、すごいですねぇ。でも、なぜ試験管に入れてるんですか? ポーションって普通は瓶に入ってますけど?」


「ああ、持ち運びが便利なのと、ポーションを相手に浴びせたりする時に使いやすいからかな」

「なるほど! 魔獣討伐にも行かれるのですね……、なら、私が魔導具を作りましょうか?」


「魔導具って?」

「うーん、そうですねぇ、ポーションを飛ばせる魔導具とか?」

「え⁉ そんなの作れるの⁉」

「あ、はい、それくらいならすぐに」


 あっけらかんと答えるベルカ。

 ポーションを飛ばせる……もしそれが可能なら、相当に戦術の幅が広がる。

 俺もクロネ達のように、前線で戦えるじゃないか!


「ぜ、是非、作って欲しい!」

 俺はベルカの手を握り締めた。


「ひゃっ⁉ ク、クラインさん……?」

「あ……ご、ごめん! つい」

「い、いえ……」


 ベルカの白い肌がピンク色に染まった。

 や、やばい、なんだこの空気は……。

 

「じゃ、じゃあ、いくつか試作品を作ってみますね、で、ではまた……」

「あ、ああ、よろしく」

 ぺこりと頭を下げると、ベルカは逃げるようにして部屋を出て行った。


「ふぅ~……」


 あー、緊張したぁ……。


「魔導具次第では、貴方の力はとんでもないことになりそうね?」

「ん? あぁ、相手と距離を取ったまま戦えるのは――って、え⁉」


 いつの間にかリターナが後ろに立っていた。

 ちょ⁉ いつから……⁉


「ふふふ、何だか楽しそうにしてたじゃない? クラインはああいうタイプに弱いのね?」

 リターナは、背後から覆い被さるように抱きついて来た。


「ちょ……」

 クラッとするような妖艶な香り……、何か枕のような柔らかいモノが首を挟んでいるんだがっ⁉


「あ、そ、そうだ、悪いけど……念の為、ベルカの素性を探ってもらえるかな?」


「ふふ、そんなのとっくに裏を取ってあるわよ。私を誰だと思ってるの?」

 悪戯っぽく俺の頬を指でつつきながら、クスッと笑う。


「ねぇ、クライン。私の目的を言っていなかったわよね? そろそろ、話してもいいかと思って……」


 そう言って、するっと手を解き、リターナは俺の隣に座る。

 俺は姿勢を正して、リターナの言葉を待った。


「私は……生き別れた妹を探しているの」

「妹がいるのか?」

「ええ、双子の妹がね」

「双子……、手がかりは?」

 リターナは静かに首を振る。


「リターナでもわからないのか……、俺にできることは?」

「そうね、少しだけ、こうしててもいいかしら?」


 ――ふわっとした感触が俺を包んだ。

 リターナは俺に抱きついている。


「え⁉ リ、リタ―ナ?」

「……」

 

 ――返事はない。

 美しい黒髪の隙間から、薄く燐光を纏ったような白い背中が見える。

 思わず生唾を呑むが、気合いで雑念を振り払い、どうにか冷静さを保てた。


 気丈に見えるリターナも、本当は心細いのかも知れない……。

 宙に浮いたままだった手で、俺は迷いながらも、そっとリターナを抱きしめた。


「ふふ、その気になってくれた?」

「ちょ! これは、その……」


「静かに」

 リターナは俺の口を指で押さえた。

 そのままリターナは、俺をソファに押し倒した。

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