第63話 魔導技師

 温泉で火照った身体に、森の冷たい空気が心地よい。

「いやぁ~、いいお湯でしたぁ~」

「すっきりしたねー」


 クロネとベルカは裸の付き合いのお蔭か、すっかり打ち解けていた。


「そういや、クロネ村に何の用事があったんだ?」

「あ! へへ……忘れるところでした。クロネ村という所に、ミスリル採掘所が出来たと聞きまして、一度見てみようと思ったんです」

「へぇ、じゃあ見て行けばいいじゃん。すぐそこだし」

「……え?」

 クロネが言うと、キョトンとした顔を向ける。


「あの……、ここがクロネ村なんだよ」

「えぇぇぇーーー!! そ、そうだったんですかぁ⁉」

 ベルカは今日一の大声を上げた。


「あははは! ベルカっておもしろーい!」

「まあ、普通は気付くよな」

 顔が可愛いだけに残念さが際立つ。


「灯台下暗しとはこのことですね……」

 ベルカはガクッと肩を落とした。


「そう言えば……お、お二人はこの村に、何をしに来たんですか?」

「私の村だから」

「えっ⁉」

「クロネ村は私の村なのよ」

 クロネがふふんと得意げに胸を張った。


「そ、そうだったんですか! む、村持ちって……すごい!」

「ち、違う違う! おいクロネ、誤解させるなよ」

「む……、ちょ、クラインと私は運命共同体でしょうがっ!」

「そりゃそうだけど、俺だけの村じゃないんだし……」


「あ、あの、お二人とも落ち着いてください」

 ベルカが俺とクロネの間に入った。


「えっと、どういうことなんです?」


 俺はリスロンさんという地主と、共同でこの村を管理している事を説明した。


「てことは……クラインさんは、この村の責任者という事になりますよね?」

「まあ、そうなるかな」


 突然、ベルカが俺の手を握った。


「えっ⁉」

「クラインさん、お願いです! 何か仕事を紹介していただけませんか! その、できれば住み込みで……」


「ちょ、ベルカ? あんた何を……」

 クロネが俺とベルカを交互に見た。


「あ! ごめんなさい!」

 パッと手を放して、ベルカが申し訳なさそうに頭を下げる。


「実は、わたしネルリンガーのコルンという街で、魔導技師の見習いをしていたのですが……、ここ最近のミスリル不足で働いていた工房が潰れてしまって……」


 ミスリル不足?

 主産地であるネルリンガーで不足しているってことは……エイワス全土のミスリル相場が上がっているはず。これって……チャンスな気がするけど、ウチが狙われるリスクも上がったって事か。


「ミスリル不足って、そんなに酷いの?」

「はい、流通を仕切っている商人達は、自分達の在庫を抱え込んで、値が上がるのを待っているような状態ですし、材料が回ってこない工房は次々に店を閉めています。なので技師達も大手工房に吸収されて……」


「ベルカは大手に行かないの?」

 クロネが訊ねると、一瞬言葉に詰まり、

「そ、それが……、恥ずかしいお話ですが、わたしは所謂落ちこぼれでして……」といじらしく、指をもじもじさせた。


「でも、さっき見せてくれた天使のカーテンとか、すごいと思ったけど……」

「うん、確かにすごかったよ!」


「ほ、ほんとですか⁉ 嬉しいですっ! わたし、そんなこと言われたの初めてです、うぅ……」

 ベルカはうれし涙を浮かべながら、肩を震わせている。


「ちょ、あんたどんな仕打ちを受けてきたのよ……」

 クロネが肩を抱き、頭を撫でて慰めた。


 うーん、そんな落ちこぼれには見えないし、あれだけの物を作れるならもっと評価されてても良いと思うんだが……。


「実は工房でも、わたしだけ別室に隔離されてて、皆と仕事をさせて貰えなかったんです……。いつも、姉弟子に指示された導具を作るだけの日々でした」

「え? それって……その作った導具は?」

 ベルカはふるふると顔を横に振り、

「わかりません。姉弟子が欠陥品は廃棄するって回収していたので……」と答えた。


 その姉弟子、臭うな……。

 もしかして、ベルカを利用してたんじゃないのか?


「でも、別の工房に行けば皆と仕事できたんじゃない?」

「わたしもそう思って、工房が潰れた時に、他の大手工房を訪ねてみたのですが、どこも名前を出した途端に門前払いで、相手にして貰えなかったんです」


「そうだったんだ……」

 クロネはぎぅっとベルカを抱きしめた。


「クロネさん……うぅ……」


 うーん、これは何とかしてあげたい。

 魔導技師は貴重な職能だし、村に一人居てくれるだけでもありがたい。


 問題は……、ベルカを俺達の仲間にするかどうかだ。


 今まで接した限り、悪い子ではないと思う。

 俺の能力を知られるリスクもあるが……。

 うーん、もし騙されていたら?


 だが、恐らく彼女は腕の良い魔導技師だ。

 何らかの理由で(たぶん姉弟子)利用されていたんだろう。


 もし仲間になってくれるなら、俺やクロネ、リターナとは違った面で頼りになる気がする……。


 よし、これも縁だ、自分の直感を信じてみよう。


「あの、ベルカさえ良ければ、俺達が住んでる屋敷に来ないか? クロネもいいだろ?」

「私はもちろん賛成よ!」

「いいんですかっ⁉ わたし、今手持ちがないのですが……」

「いいよいいよ、部屋は余ってるから」

「ホントですか⁉ あ、ありがとうございます!」

 ベルカが深く頭を下げた。


「それより、ベルカはどんな物が作れるのかな?」

「魔導具なら、ある程度作れる自信はあるのですけど……、わたし、実際に自分が作った物を他人が使っているのを見た事がないんです、さっきも言いましたが、姉弟子に、全部欠陥品だと言われてましたから……」


「それはおかしいよな……全部が全部、欠陥品なんてありえないと思うけど」

「わたしも、何度も姉弟子に聞いたんですが、取り合ってもらえなくて……」


「その姉弟子、ぶっコ○す!」

 クロネが拳を鳴らした。


「ク、クロネさん、落ち着いてくださいっ! あの、姉弟子も決して悪い人ではなくて、たぶん、わたしの事を育てようとしてくれたんだと思うんです」

「そんなわけないでしょ? お人好しにも程があるわ、いい? 私達の仲間になるなら自信を持って!」


「自信……ですか?」

「そう! あんたは魔導具が作れる、私やクラインには出来ない事ができる! それだけで十分すごいんだから!」


「クロネさん……」

 ガバッとクロネに抱きつくベルカ。


「ちょ、ちょっと……、ん? ベルカって良い匂いがするわね」

「え⁉ は、恥ずかしいですぅ……」

 ササッと離れ、顔を赤くしている。


 クロネも俺と同じ考えだったようだな。

 これなら、上手くやっていけそうだ。


「その……盛り上がってるところ悪いんだが、一旦屋敷に行こうか?」

「そうね、さ、ベルカ行くわよ?」


「は、はい……!」

 目を輝かせてベルカが答えた。

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