第57話 代理決闘
リターナによって知らされたイグニス・スパロウ伯来訪の件は、速やかに森の関係者に伝達された。
それに伴い、俺は対策チームを結成した。
全面戦争だと息巻くクロネの口を塞ぎつつ、俺とリターナ、バロウズさん、フォウさんで対策案を練っていた。
「要は俺が狙いなわけだから、俺だと認識できないように幻覚系ポーションを噴霧して……」
「それはどうでしょう、例え成功しても狙った幻覚は見せられないのでは?」
フォウさんが穏やかに指摘した。
「あ、そっか……」
「向こうは恐らく少人数で来るはずよ」
リターナが言うと、バロウズさんが、
「なぜだ?」と訊ねた。
「貴族の面子ね。森は獣人達の住処だと知られているわよね? エイワスの貴族の中でもスパロウ伯は特に選民意識が高いの。獣人相手に兵を挙げたなんて、恥だと考えるはずよ」
「確かにのぉ……」
「やはり、直接スパロウ伯と話をするしかないですかね」
「しかし……」
「選民意識が高いなら、貴族のルールに縛られているはず。仮にスパロウ伯が大義名分の無い侵略を起こせば、主家であるリンデルハイムの家名を汚す事になります」
「そうか、ならば大事にはできぬはずだな……」
「提案があるわ――」
リターナはそう言って、皆の顔を見た。
そしてゆっくりと口を開く。
「
代理決闘とは、貴族間で決め事をする際に使われる簡易契約術式である。
勝者の得るもの、敗者の失うものを決め、テミス神の名の下に契約を交わす。
次に当事者はそれぞれ、自らの選んだ決闘者を立てる。
この際、自分が決闘者になることも可能だ。
勝敗が決まれば術式が発動し、契約を違えた者は神に背いた者として、背に烙印を刻まれる。一度刻まれた烙印は消えることが無い。そして一番恐ろしいのが、烙印は天より与えられた
「代理決闘ですか……果たしてスパロウ伯が受けるかどうか」
フォウさんが呟くように言った。
「あ……それなら心配いらないかも知れません」
「何か良い方法があるのか?」
「ええ、貴族の面子を利用しましょう」
*
――二日後。
「き、来たぞー! 貴族が来たぞー!」
監視塔から報せを受けた獣人が大声で村中に触れ回った。
町の建物の一室で、外の様子を窺う俺とリターナ。
クロネはバロウズさんの護衛に付いてもらい、フォウさんとギルモアさんには、村の獣人達と全域の警戒に当たってもらった。
「まずは様子見ね」
専用の竜車が村の入り口で止まった。
数人の従者が何やら獣人達に言っているようだ。
獣人達には決して手を出すなと言ってあるが……。
その時、従者が獣人に掴みかかった。
「行くぞ、リターナ!」
「ええ」
俺は外に飛び出し、竜車の所まで走った。
「やめろ!」
従者が俺に目を向けた。
足下には獣人の青年が腹を押さえて蹲っている。
こいつ……無抵抗の獣人を殴ったのか⁉
「お前がここの責任者か?」
「そうだ、お前達は何の権利があってその青年に手を出した?」
「クク、青年? こいつは獣人だぞ?」
悪びれもせずヘラヘラと笑う従者。
腸が煮えくり返りそうだ……。
「雑魚が……」
外套の内側から小型の瓶を一本抜いた。
――パラライズポーション。
パラライズポーションは、経口摂取が一番効果が持続する。また、経皮吸収の場合は即効性が高くなる分、持続時間が下がる。
俺は薄気味悪い笑みを浮かべる従者達に、パラライズポーションを掛けた。
「うわっ!」
「何をする貴様ぁ!」
「黙ってろ、クズ共……」
自分達が特別だとでも思っているのか。
「え……な……」
「ぐ……」
その場に倒れる従者達。
俺とリターナが冷たく見下ろしていると、竜車の扉が開いた。
来たか……スパロウ伯。
「騒々しいな、何の騒ぎだね?」
きっちり整髪されたブロンドの髪、貴族服に身を包み、指には大きな指輪が輝いている。村に降り立ち、辺りを見回すと、スパロウ伯は鼻をすんすんと鳴らした。
「臭うな……まるで豚小屋じゃないか」
「申し訳ございません」
スパロウ伯の後ろに控える男が頭を下げた。
「まあ良い」
俺に気付いたスパロウ伯が高圧的な目を向けた。
「おぉ、君がここの責任者か、私が誰かわかるな?」
「イグニス・スパロウだろう」
スパロウ伯の顔が真っ赤に染まった。
ここまで煽り耐性がないとは……これは上手く行きそうだ。
「貴様……口の利き方を知らぬと見える。まあ、蛮族には難しいか……許す」
「別に許してくれなど言ってないがな?」
肩を竦めながら、さらに煽り続ける。
「……何だと?」
「俺を探しに来たのだろう、逃げも隠れもしないさ」
「貴殿がクライン・リンデルハイムか……?」
「そうだ、だが、俺とリンデルハイム家の間にはもう何の関係もない。誰に頼まれたのかは知らんが無駄足だったな」
「そうかそうか、流石のリンデルハイム家も、末男までは教育の手が回らなかったようだな。だが安心しろ、私が直々に教育し直して差し上げよう」
「ふん、たかが地方領主如きが、随分と舐めた口を利くじゃないか?」
「ち、ち、地方領主だと……こ、この……」
スパロウ伯は怒りに震えている。
「拾え、――
俺はスパロウ伯の足下に白い手袋を投げつけた。
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