第58話 王室御用達
「は、ははははは!」
スパロウ伯が勝ち誇ったように笑い始めた。
「何がおかしい?」
「クックック……、代理決闘だと? リンデルハイム家に居た頃ならともかく……、今や何の肩書きも持たぬ貴殿と、伝統あるスパロウ家を継ぐこの私が決闘⁉ 笑わせるな小僧! 百年早いわ!」
俺は鼻で笑い、肩を竦めて見せた。
「おやおや、スパロウ伯ともあろう御方が、貴族が何たるかを忘れておいでとは……」
「……何だと?」
「かの初代エイワス王は、臣下に向けてこう言われた――これより、皆の血脈こそがエイワスを支える貴族たる証となる、領地を失おうが、身分を剥奪されようが、全てはその血がそなたらを誇りあるエイワス貴族と証明するだろう――どうです? 先ほどのスパロウ伯の言葉は、エイワス王の言葉を否定するようにも捉えられますが?」
「な、何を馬鹿な! 詭弁を申すな!」
「そうですか……、まあ、スパロウ伯も、獣人達の前で負ける姿など晒せないでしょうし……」
「何だと……⁉ 貴様、今、何と言った⁉」
――掛かったか。
「獣人達の前で負ける姿を晒せないでしょう、と申し上げましたが?」
「サビク!!」
スパロウ伯が怒声を発する。
「はっ、ここに」
スパロウ伯の背後に存在感をまるで感じない男が現れた。
まるで影だな……。
「いいだろう、受けてやる。ああ、そうだ、職能を失った貴殿が不憫だな……、よし、私の奴隷として飼ってやろう、ククク……」
「それで構わない。だが……、俺が勝ったらアンタは全てを失うぞ?」
「烙印か……ははは! 私が負けることなどありえんよ」
「そちらの決闘人はその男で良いのか?」
スパロウ伯はサビクに顎で合図を送った。
「サビクと申します、私がお相手を致しましょう」
丁寧に礼を取る男、その表情は一切読み取れなかった。
「で? そちらは誰を立てる?」
「やっと出番ね……」
リターナが一歩前に出て、スパロウ伯に礼を取った。
「リターナと申します、サビク様のお相手はこの私が」
一瞬だけ、サビクの頬が動いたように見えた。
「ほう、こんな所に置いておくのは惜しいな……、決闘が終われば私の側室にしてやろう」
「ええ、私が負ければ、ね」
「では、仲介人は私が務めましょう」
後ろからフォウさんが顔を見せると、スパロウ伯が驚いたように目を見開いた。
「エ、エルフ族か……」
「如何にも、ただ私はハーフエルフですので正統なエルフ族ではありません」
「ふん、はみ出し者の集まりという事か……」
フォウさんはその言葉には反応せず、
「場所は屋敷の中庭にいたしましょう、あそこなら思う存分力を出せるはずです」と言った。
確かに中庭なら広いし、リターナの魔法も気兼ねなく使えるか……。
「お二人とも、よろしいですか?」
「ああ」
「構わんよ」
スパロウ伯も同意し、俺達は屋敷の中庭に移動することになった。
* * *
ふん、若造が、目に物を見せてくれるわ。
それにしても……、何だこの村は?
見たところ、どの建物もかなりの技術が使われているようだ。
てっきり、丸太を組み合わせたような家しか無いと思っていたのだが……。
案内されながら進んで行くと、一際大きな屋敷が見えてきた。
「ほぅ……」
これは中々、流石はリンデルハイム家で育っただけはあるか。
私の城に比べればまだまだだが、屋敷としては相当出来が良い。
庭の手入れも行き届いているし、従者達の身なりにも気を遣っている。
まあ、これくらいは出来て当然だろう。
「お越し頂き光栄です、スパロウ伯、こちらに観覧席を設けております」
執事か……、それにしては体格が良い。
仕事はできそうだが、執事というよりは剣士だな。
「うむ」
イグニスはギルモアに案内され、屋敷の側に用意された観覧席に座った。
椅子に座ると、すぐにメイドが茶と菓子を持って来る。
「ふん、最低限の礼儀はわきまえておるようだな」
「お口に合いますかどうか……」
ギルモアが軽く頭を下げた。
普段、イグニスが愛飲している茶葉は、モスカーナの専用農場で作らせている一級品だ。このような村で飲めるような代物では無いとイグニスは自負していた。
「――⁉」
こ、これは……。
香りと色、どちらも、モスカーナの茶葉と比べて遜色ない。
むしろ、野性味を感じるこちらの方が、新鮮さもあって美味しく感じられる。
一体、このような茶葉をどこで……。
イグニスが不思議そうにカップを見つめていると、ギルモアが、
「そちらの茶葉は、エイリスヴェレダ産の茶葉を使っております」と、横からさりげなく伝えた。
「エイリスヴェレダ……、ふむ、そうか」
イグニスは平然と答えたが、驚きを隠せなかった。
なぜ、このような爵位も持たぬ森の者が、王室御用達であるエイリスヴェレダの茶葉を……?
エイリスヴェレダとは、南に広がる湾岸地域一帯を指す。
治めるのは四大貴族家の一角、アルハザン・エイリスヴェレダ辺境伯であった。
異国との貿易も盛んに行われており、珍しい調度品や香辛料など、貴族が欲しがる物が集まっている。
中でも『王室御用達』の銘が付く茶葉は入手困難で、余程の繋がり、もしくは、金を積まねば手に入らないと言われていた。
「よろしければ、土産に如何でしょう?」
「いらぬ! それこそ、決闘で勝って持ち帰るとしよう、はははは!」
「かしこまりました、では、間もなく開始となりますので、ごゆっくりご観覧くださいませ」
ギルモアは礼を取り、観覧席を離れた。
ふん……、少しばかり珍しい物を手に入れたからと言って、何が変わるわけでもあるまいに……。まぁ、いい。サビクが負ける事などないわけだし……この茶も全部頂いて帰るとしよう。
「ククク……」
イグニスはゆっくりとカップに口を付け、決闘が始まるのを待った。
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