第53話 密偵
部屋で休んでいると、メイドが荷物を持って来た。
「クラインさま、バロウズ様よりお荷物が届いております」
「ああ、すまないね、ありがとう」
「では、失礼いたします」
荷物を受け取り、テーブルの上に置く。
箱を開けると、中には頼んでおいた小瓶が入っていた。
「お、やった! 流石バロウズさん、仕事が早い」
小瓶は、錬金術師が使う試験管を一回り大きくしたような形だ。
早速、自分の外套の内側に作ったホルダーに差し込んでみる。
微調整は必要だろうが、イメージ通りだ。
これなら戦闘中も取り出し易い。
小瓶にした一番大きな理由は、その分量にある。
これは以前から思っていたのだが、ポーションの瓶は大きすぎるのだ。
巷に出回っているポーションは、純度の問題で、ある程度の量を飲む必要があるが、俺が作れば純度100の言わば原液。小瓶サイズの量で十分事足りる。
また、ファイアポーションや、サンダーポーションなどの特殊系ポーションで攻撃する際にも扱いやすい。
そう考えながら小瓶に水を入れていると、俺は自分の能力の半分も知らないのではないかと疑問に思った。
そもそも、ポーションマスターという特殊な職能など聞いたことが無い。
俺に出来るのは液体をポーションに変えることと、この世界全てのポーションの知識があること……。
ここでさらに疑問が浮かぶ。
仮に今この瞬間、世界の何処かで新たなポーションが発明されたとしたら……?
そのポーションも知識として加わるのだろうか?
しかも、ポーションによっては、作成者の名前や由来などの背景情報まで含まれている時がある。
自分で意識しない内に、知識がアップデートされるのはあまり気持ちの良いものではないな……。
まあ、いくら考えても答えは出そうに無い。
それよりも、この力の有効的な使い方について考えるべきか……。
俺が気になっているのは錬成ポーションである。
色々な効能を持つポーションを混合し、新たな効能を持つポーションに変える。
これも、ポーションマスターならではの力だ。
やってみて思ったのは、かなりの精度で狙った効能が出せるということ。
ただ、タタ爺のように、飲む相手の体力や体質によって、効果に個人差が出るようだ。
だが、回数をこなせばもっと精度を上げることができるはず。
これからは毎日、ポーションを錬成する練習を積もう。
「クライン、少しいいかしら?」
ベランダに、リターナが立っていた。
「い、いつの間に……」
驚く俺を見てクスっと笑い、リターナは部屋に入る。
「ちょっと気になる事があるの」
「どうした?」
リターナは先日、皆で相談をしていた時に森で密偵を見たと言った。
しかも、相当の手練れらしい。
「……野盗か山賊の差し金かな?」
「いえ、違うわね。あれはそう簡単に雇えるレベルの者じゃない」
「となると、貴族?」
「恐らくそうね、ここに興味がありそうなのは、ジオマイスター卿、もしくは……イグニス・スパロウ伯」
疑えば切りがないが、ジオマイスター卿が密偵を差し向けるとは思えない。
そんな事をしなくとも、経過報告は送っているし、使いを寄越せばいいだけのこと。わざわざ隠れて偵察するメリットはないと思える。
となると……イグニス・スパロウ伯か。
確かに、ジオマイスター卿の件もある。
俺が恨みを買っていたとしても、別に不思議ではないだろう。
しかし、スパロウ伯か……厄介な相手だな。
スパロウ伯の領地はリンデルハイムの管轄領、当然、リンデルハイムの人間が定期的に訪問しているはずだ。もし、森の開発に俺が関わっていると知られたら……。
「スパロウ伯の口から、俺の事がリンデルハイムに伝わる可能性は高い」
「そうね、でもその心配は無用だわ」
「え?」
「リンデルハイムは貴方を追放した瞬間から、監視を付けているはず……いえ、リンデルハイム家が付けないわけがない」
「監視……でも、俺は奴隷にまで堕ちていたんだぞ?」
「それは関係ないわ、何をどうしようが貴方の血は、紛れもないリンデルハイムの血。誰が何に利用しようとするかわからないもの」
確かにそうだ。
貴族の血というもの、ましてや、四大貴族家でも最強と謳われるリンデルハイムの血、狙う輩がいてもおかしくはない。
俺を脅すか、洗脳でもすれば、エイワス王との謁見が一回は可能になるのだ。それだけでも、貴族の血というものには利用価値があるだろう。
それに、俺が無能でも俺の子は優秀な職能を持つ可能性が高い……。
何せ、あの父の血が受け継がれるのだからな。
「もし、リンデルハイムが動くとなれば、先にスパロウ伯が動くはずよ」
「スパロウ伯が?」
「ええ、だって願ってもないチャンスだもの。自分の計画を潰した相手がリンデルハイム家を追放された四男だなんて、捕まえてリンデルハイム家に引き渡すなりすれば恩を売れるわ。そのまま交渉のカードとして使える日まで幽閉してもいいしね」
「幽閉……考えただけで恐ろしいな」
「ふふ、ま、そんな事はさせないし、仮にそうなったとしても、必ず助け出すから安心して」
「ありがとう、心強いよ……」
「さぁ、どうするクライン? 私としては、この足でスパロウ伯に探りを入れに行きたいのだけど?」
「え⁉ いや、それはさすがに危険――」
リターナは俺の唇に人差し指を置き、囁いた。
「心配してくれるのね、大丈夫よ。私の専門はこっちだから」
その瞬間、部屋の中に突風が吹いた。
すると、何がどうなったのかわからないが、目の前のリターナが消える。
「リターナ?」
……返事はない。
ベランダに目を向けると、白いカーテンが風に揺れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます