第54話 ミスリル鉱石

 リターナが消えてから一週間が経とうとしていた。


「おっぱい姉さん、もう帰ってこないんじゃないの?」

「その呼び方はやめろ。大丈夫だよ、リターナなら」


 そう言いながら、俺も心配になっていた。

 だが、リターナが本当に『沈黙の太陽』の元エージェントなら、例え王都に潜入しても帰ってくるはずだ。


「へぇ~、ずいぶん信頼してるわね?」

 クロネがジト目で俺を見る。


「そ、そりゃあ仲間だからな」

「あ、そ」

「おい、何で怒ってるんだよ?」

「知らない」


 クロネはぷいとそっぽを向いて、先に村の予定地に向かって歩いて行く。

 やれやれ、機嫌を損ねてしまったようだ。

「……ま、仕方ないか」

 短く息を吐いた後、クロネの後ろからついていく。


「うわーーー! クライン、すごいよ! 見てみてーー!」


 急にクロネが、俺に向かって大きく手招きをした。

 瞳をキラキラさせて、さっきまでの仏頂面が嘘みたいだ。


 早足でクロネのそばに駆け寄ると、そこには最早、村というよりは街と呼んだ方がしっくりくるくらいの建物が建ち並んでいた。


「す、すごい……ていうか、早すぎないか?」

「すごいすごい!」


「おぉ旦那、どうです? 気に入りましたか?」

 頭領のオルマンさんがやって来た。


「ああ、オルマンさん。正直、驚いています。あの……、こんなに早く建つものなんですか?」

「いや、俺も長いことやってますが、流石にここまで早いのは初めてです」


「何か理由が?」

「理由も何も、クラインさんが用意してくださった『土壌軟化剤フワーン、あれがヤバすぎるんですよ」と、オルマンさんが笑う。


「おぉ、役に立ったんですね」

「役に立ったってもんじゃないですね、あれがあれば、作業日数が通常の半分以下で済みますよ。あれは本当に『土壌軟化剤フワーン』なのですか?」


「ええ、そうですけど……」

「俺が知ってる『土壌軟化剤フワーン』は、ちょっと土が掘りやすくなる程度で、岩や石には手こずります。でも、あれは硬い岩でもスコップ一つで簡単に崩せますし、全く別物ですよ」


「そんなに違うんですね……。あ、追加が必要ならいくらでもありますから」

「それはありがたい! 道の舗装用に前回の半分くらいあれば助かります」

「わかりました、じゃあ用意しておきます」


 オルマンさんは満面の笑みで礼を言った後、

「それと、ここまで早くなったのは、獣人達のお蔭ですね」と、遠くの獣人達を見ながら言った。


「そうなんですか?」

「それがね、獣人たちは驚くほど飲み込みが早くて、もう他の街でも職人でやっていけるくらいの腕になってるんですよ。最初は邪魔になるかと思ってた子供達も、大人顔負けなくらい材料を運びますしね」


 そんなにポテンシャルが高かったのか……。

 確かに獣人は人間よりも運動神経が良い。

 力も強いし、こういう仕事に向いているのかな。


「ただ、犬獣人は良いんですが、猫獣人は目を離すと、すぐにどっか行っちまうんで……」

 俺とオルマンさんはクロネを見た。


「な、何よ?」

「いや、別に……」


 オルマンさんが腕組みをしながら首を小さく振る。

「あと、エルフのフォウさん、ありゃあ、とんでもない人ですよ……こっちがひとつ教えると勝手に十覚えるってな具合で」

「へぇ、それは凄いですね」

「ですから、フォウさんには採掘所の方の指示出しを任せてます」


 そこまで信頼を置ける人材なのか……。

 さすがはエルフ族といったところか。


「採掘所はもう出来てるんですか?」

「じゃあ、一緒に見に行きましょうか?」

「はい、お願いします」


 俺とクロネはオルマンさんと採掘所へ向かった。


 *


 切り立った岩壁に、大きなトンネルが出来ていた。

 大勢の獣人達が岩や土を運び出していた。


 現場は活気があり、皆笑顔で汗を流している。

 その中に、エルフ族の若者達が混ざって、それぞれに指示を出していた。


「フォウさーん! お疲れさまです!」


 オルマンさんが大きく手を振ると、フォウさんがこっちにやって来た。


 環境に慣れてきたのだろう。

 初めて見た時と違って、随分と表情が柔らかくなっている。


 それにしても、エルフ族という種族は、どうしてこうも整った顔立ちをしているのだろうか。フォウさんはギルモアさんと違って、色白で線が細い。言われないと女性と勘違いしてもおかしくないくらいだ。


「どうもオルマンさん。おや、クラインさんとクロネさんもいらしてたんですか」

「こんちわー」

 と、クロネは頭の後ろで手を組んだまま応える。

「ええ、現場を見せて貰おうと思って」

「ちょうど良かった。たった今、ミスリル鉱石の第一号が出たところです」

「「え⁉」」

 一斉に声が上がる。


「どうぞこちらです」


 フォウさんに案内され、採掘管理組合となる予定の事務所に来た。


「へぇ~、綺麗ですねぇ」

 中は真新しい木とオイルの匂いがした。


「もう建物自体は完成していて、後は事務用品や装飾品などを搬入するだけです」


 フォウさんの説明を聞きながら付いていくと、応接室に案内された。


「どうぞ、お掛けになっていて下さい。いま、ミスリル鉱石をお持ちします」と、フォウさんが部屋を出た。


「うわ~ふかふか! それにこの部屋綺麗ね」

 クロネは満足そうに部屋を眺めている。


「……これほどまでに腕を上げているとは思いませんでした、正直後で手直しが必要かもと思っていたんですが、いやはや……参りましたな」

 オルマンさんは室内の柱や装飾の施された扉を手で触れ、その技術の高さに感心していた。


「こっちはフォウさん達が建てたのですか?」

「ええ、後でチェックをしてくれとは言われていたんですが、これなら誰に見せても恥ずかしくはありませんな……」


 その時、扉が開き、フォウさんが鉱石を持って戻って来た。


「お待たせしました、こちらがミスリル鉱石です」


「これが……」

「へぇ……」

「むぅ……」


 俺達はテーブルの上に置かれた鉱石をまじまじと見つめた。

 

 ミスリル鉱石を見るのは初めてだ。

 見た感じ、ただの黒っぽい岩にしか見えないが、所々、隙間から緑色の光が漏れている。不思議な光だ。ゆらゆらと揺らめいても見える。


「このくらいの鉱石で、そうですね……大金貨三枚くらいにはなるでしょうか」


「だ、大金貨さんまいッ⁉」

 オルマンさんが顎が外れそうなくらい、口を大きく開けて叫んだ。


「ええ、きちんと鑑定しないと断言できませんが、恐らくそのくらいで取引されているはずです」

「こんな大きさで……」


 大金貨三枚となると、金貨30枚分の価値がある。

 たかが、拳3つ分くらいの大きさでだ。


 それだけミスリルの流通が少ないということか……。

 となれば、この森で採掘されたミスリルが出回れば、値が落ちる可能性もある。

 後でバロウズさんに相談してみよう。


「採掘所はあとどのくらいで稼働できそうですか?」

「そうですね、バロウズさんが採掘管理組合の職員を明日寄越すと言っていたので、今月中には目処が付きそうです」


「え! そんなに早く⁉」


「村の方も殆ど工事は終わってますよ、後は内装の仕上げくらいで」

「じゃあ、もう出来てるみたいなもんじゃない?」

 あっけらかんと言うクロネ。


「マジで……?」

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