第52話 野心家
――メンブラーナ領・リスロン商会。
「思ったよりも順調で何よりです」
ギルモアが紅茶をテーブルに置きながら言った。
「……そうだな」
葉巻を燻らせながら、リスロンは眉間を押さえた。
「何か心配事でも……?」
「いや、大丈夫だ。それよりも『
「ええ、問題ありません。初めこそ警戒していましたが……、私を見て安心したのか、今では進んで作業を手伝っております」
「そうか、ならいい。……で、スキルは調べたか?」
「はい、全員にスキルがありますが……、中でもリーダー格のフォウは『
精霊術師は希少な職能である。
人間や獣人には発現せずエルフ、しかも混血のエルフ族だけが得られる職能だ。
能力は、地・水・風・火の四大精霊の力を行使する強力な精霊術。
さらに一部の者には『
ただ、そのような者が居た場合、即座に能力に制限が掛けられてしまう。
特にエルフ族にとって『血』とは絶対のもの……。
決して相容れる事はないのだ。
「ほぅ……、良くアローザが手放したな」
「恐らく隠していたのでしょう。私にも覚えがあります……」
ギルモアは目線を落とした。
「そうか、余計な事を思い出させたな、すまん」
「いえ、お気遣いは無用です」
「……ギルモア。私はどこまでいけるだろうか?」
リスロンは木の指輪を触りながら言った。
「あの光、どうしても欲しくなってしまうのだ……。常に心の片隅で渇望という名の種火が燻っている。私は身の程知らずの愚か者だよ……まあ『
苦笑しながら、リスロンは紅茶に口を付けた。
「我ら混血が純血に勝るのは……職能においてのみです。純血は王以外、平均的な能力しかない『
「それ以上は言うな」
「はっ、失礼しました……」
「今はまだ早い。まずはこの森を、そして――」
「リスロニアの再興、ですね?」
紫を帯びたギルモアの瞳は静かに燃えている。
かつて、エイワスもレグルスも無く、この地がひとつの森に覆われていた時代。
森を治めていたのはエルフ族三代目の王、結界士ハイフェリオンと、始まりの栗鼠王、リヴァイン・ダイトであった。
二人の王は長く平和を保った。
だが、急速に力を伸ばした人間達が、エイワス王国とレグルス皇国を建国。
瞬く間に、森は二分された。
人間との戦いで、大半の領地を失ったハイフェリオンは、リヴァイン・ダイトに盟約の指輪を渡すと、森の深層域に結界を張り、外界との交流を絶った。
栗鼠族は代々の王が指輪を受け継ぎ、その盟約を継承してきた。
エルフ族と違い、栗鼠族の王は血や力で選ばれる事はない。
これは生来、栗鼠族という種が弱く、短命だからだ。
故にその時代、一番強く野心を持って生まれた者が『
見分け方は簡単だ。
王が野心を燃やす時、その右眼もまた燃える――。
「ふっ、リスロニアか……それも悪くないな」
鼻で笑ったリスロンの右眼は、紅く燃えるように輝いていた。
* * *
「ん……んん……」
目を覚ますと屋敷のベッドの上だった。
「大丈夫? 起きられる?」
クロネが心配そうに声を掛けてきた。
「あぁ……うん、大丈夫。のぼせたのか……」
「突然ぶっ倒れるからさー、皆で運んだんだよ?」
「悪い、ありがとう……って、えっ⁉」
あれ? 俺、全裸ですけど?
「ちょ、皆で運んだって言ったよな?」
「え、うん、そうだよ」
「もしかして……裸のままか?」
「そりゃそうよ、温泉で倒れたんだもん。あ、獣人の子達が
クロネは思い出して笑い転げている。
さ、最悪だ……。
だが、助けてもらった手前、何も言えない。
「ま、まあ、いいか……」
「それよりクライン、バロウズさんが起きたら部屋に来て欲しいって言ってたよ―」
「バロウズさんが? 何だろうな……」
俺は服を着替え、身支度をすませる。
「ちょっと行ってくる」
「ほーい」
*
バロウズさんが泊まっている部屋を訪ねた。
「おぉ、どうじゃ? 調子は?」
「ええ、もう大丈夫です」
「くくく……、それにしても、あんなに笑ったのは久しぶりだ」
必死に笑いを堪えている。
これは当分、酒の肴にされそうだ……。
「で、どうしたんですか?」
「あぁ、あの温泉について相談しようと思ってな。色々と皆で話し合ったのだが、入浴料を取らずに、村の名物として無料で開放するのはどうだ?」
「無料で?」
人を集めるためだろうか?
だが、大勢の人が訪れるようになると、掃除や管理も大変だと思うが……。
「正確に言えば、無料の
「なるほど、確かにそれなら……」
「まあ、最初の枠組みは大きく考えておいて、やっていく内に改善していけば、自然と良い形に落ち着くだろう」
「そうですね。あ! 実は薬湯が色々ありましてね」
俺はバロウズさんに色々な種類の薬湯を紹介した。
「なんと、これは良い! 全て言い値で買い取ろう」
「え……そんな、悪いですよ」
「何を言っておるのだ、それだけの価値があると踏んだからだよ。その代わり、他には売らずに村の売りにしよう。まてよ……、湯治も出来るとなると長期滞在の客も見込める、ということは整体師のマッサージサービスも有りだな……」
やはり商売人だな。
もう次の商売を考えてる……。
「そうだ、その薬湯だがクライン以外に作ることは可能か?」
「んー、まあ、材料も一般的な薬草が殆どですし……薬師か錬金術師の方なら作れるかと」
「なら、こちらで薬師を用意する、クラインは製法を教えてくれ。そうすればわざわざクラインが作らなくても済む、報酬は毎月売り上げから一定額を払う、どうだ?」
確かにそれなら手間もかからないし、助かるな。
「ええ、ではそうしましょうか」
「よし! なら早速手配しよう」
「あ、バロウズさん、ちょっと訊きたいんですが、このくらいの容器って作れたりしますか?」
俺は収納袋から、小さなガラス瓶を取り出した。
カイルから頂いた荷物の中に入っていたもので、元々は香水が入っていた瓶だ。
これくらいの小瓶に水を入れて携帯しておけば、いざという時に役立つし、戦闘にも使える。
「これは香水瓶だな……」
「ええ、装飾なんかは必要なくて、大きさがそのくらいなら良いんですけど」
ちょうど握れば手に収まるサイズ。
これをコートの内側にでも差しておけば、使い勝手が良いはずだ。
「わかった、知り合いの硝子工房に声をかけてみよう」
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
「なぁに、礼を言うのはこちらの方だよ」
俺はバロウズさんと握手を交わした。
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