第51話 開発着手(温泉回)

 森の開発が急ピッチで進んでいた。


 ウォルフさんが連れてきた職人達は、皆良い腕をしていたが、その中でも飛び抜けていたのが頭領のオルマンだ。


 自身の技巧も然る事ながら、指示の出し方、指導の仕方も見事なもので、一週間も経たぬうちに、彼に付いた獣人達はそれなりの職人に育っていた。


 獣人達のポテンシャルによるところも大きいかも知れないが、それにしても出来すぎだとバロウズさんを始め、連れてきたウォルフさんまで舌を巻いていた。


「クラインさんに頂いた、便利なポーションもありますし、この分だと、予定よりかなり早く採掘を開始できそうですな」

 職人達を誇らしげに見つめながら、ウォルフが頷いた。


 俺が渡したポーションは『土壌軟化剤フワーン』と言って、硬い土を軟らかくするポーションだ。逆に硬くするポーションもあるので、セットで渡してある。


 これは特別レアなポーションではなく、大きな公共工事などではポピュラーに使われている物だ。ただ、俺が作ると濃度のせいか、効果が倍以上違うらしい……。

 

「わーい! どいてどいてー!」


 小さな獣人の子供達が、楽しそうに材料を運んでお手伝いをしている。

 あれは……犬獣人の子達だな。


「気をつけてねー」

「「はーい!」」


 小さな尻尾をちぎれそうなくらいパタパタさせていて、何とも可愛らしい。

 人も大勢集まっているし、目新しい物がたくさんあって楽しいのだろう。

 あのくらいの年頃なら、何でも遊びにしてしまう。


「ははは、ほんとに元気がいいですな」

「ええ、獣人もやるもんだって皆言ってるよ」

 作業の手を止めて、職人の一人が言った。


「そりゃあ、自分達の村を作ろうってんだ、嬉しくないわけがねぇよ」

「よーし、てめぇら! 立派な村を造ってやんなきゃなぁ!」

 オルマンが野太い声で発破をかけると、皆が「「おぉー!」」と声を上げた。


 リスロンさんが頷きながら「心配は無用のようだ」と呟く。

「そうみたいです」

 俺もその光景を見ながら頷いた。


「うわー! 結構できてるじゃん!」

 クロネが寝癖を付けたままでやって来た。


「おいおい、今頃起きたのか?」

「えへへ……、だってベッドがふかふかだし……」

 照れくさそうに寝癖を押さえるクロネ。


「クライン、じゃあ私はこれで。また来週、顔を出すよ。何かあればギルモアに伝えてくれ」

「はい、わかりました」


「バイバーイ、リスロンさん」

「ああ、クロネもまたな」

 リスロンさんは小さな手を上げ竜車に乗り込んだ。


 竜車は、飛脚竜二頭で引く車の事だ。

 街中の移動では馬車の方が一般的だが、外では竜車の方が使い勝手が良い。


 竜は馬よりも長距離を休みなく走れるし、野盗に襲われた時も矢一本で倒れることはないからだ。その分、値段は張るのだが。


「ねぇ、クライン、いまからどうするの?」

「そうだな、作業は順調に進行しているし……」

「なら、いい場所見つけたんだけど行かない?」

「いい場所?」


 何だろう、嫌な予感しかしないが……。

 にんまりと笑うクロネに手を引かれながら、俺は森の中に入った。


 茂みをかき分けながら奥へ進むと、そこには天然の温泉が広がっていた。


「露天風呂か⁉ すごい、これ入れるのか?」


 かなり広い、まるで河がそのまま温泉になったみたいだ。

 これなら100人で入ったとしても余裕だろうな……。


「へへへ、すごいでしょ! これがまたお湯加減もちょうどいいんよね、とぉっ!」

 いつの間にか服を脱いだクロネがざぶんと飛び込んだ。


「ちょ⁉ ほんと、羞恥心というものがないというか……」

「クラインも早く~!」


 そう言って、気持ちよさそうにざぶざぶと泳ぐ。

 どうやら隠す気はまるで無いらしい。


 あーあ、見えちゃってるよ……。


「……とは言え、これは入ってみたいな」

 キョロキョロと周りに誰も居ないことを確認し、俺は服を脱いだ。


「よーし、うりゃっ!」


 勢いよく飛び込むと、大きな水しぶきがクロネにかかった。


「うわぷっ⁉ やったわね! ほらほらほら!」

「うわっ⁉ やめろ! このー!」


 二人で笑いながらお湯を掛け合っていると、突然声が聞こえた。


「まあまあ、仲がよろしいことで」


「「え?」」


 見ると、なぜか引き攣った顔のリターナが立っていた。

 後ろには獣人の子供達と、職人さんも居る。


「へぇ~! こりゃたまげたな! こんな所に温泉が湧いてたのか⁉」

「私も入る―!」

「ずるいぞ! 僕も!」


 子供達がためらいもせず、ぴょんぴょんと飛び込んできた。


 騒ぎを聞きつけた大人達まで何だ何だと顔を覗かせている。

 まずい、クロネが全裸だ……。


 リターナや子供達ならまだしも、流石に大人の男に見られるのは……、ちょっと抵抗がある。


 俺はリターナに声を掛け、収納袋から水着を取って貰ってクロネに渡した。


「おい、これ着ろって、丸見えだぞ」

 小声で言うと「え、何で? 別にいいよ」と、クロネはあっけらかんと答えた。


「だめ! いいから早く着て!」

「う~……」

 渋るクロネに、どうにか黒いワンピースタイプの水着を着させることに成功する。


 ホッとしたのも束の間、突然「おぉ!」というどよめきが起こった。


 見ると、紅いビキニ姿のリターナが温泉に入るところだった。

 こ、これは……何というか完全体である。


 歩く度にこぼれそうな胸、白くきめ細やかな肌。

 抜群のスタイルに、獣人の大人達は釘付けになっていた。


「ふふ……」

 リターナは髪を後ろに払うと、クロネに勝ち誇った笑みを向ける。


「ば、ばか! 煽る――」

 そう言いかけた瞬間、ビリィッという水着の破れる音が聞こえた。


「あー、あっついわぁー」

 モロ出しのクロネが岩の上に立った。


「ちょ! 何やってんだお前は⁉ 降りろ! 今すぐ降りろ!」


 俺はクロネに飛びつき、温泉の中に落とした。

 負けず嫌いとかそういう次元の話じゃないぞ?


「ちょっとぉ!」

「いいからバカな真似はやめろって」


「そうよ、クロネちゃん、もっとにならないとね?」

 しれっと、気持ちよさそうに湯に浸かっているリターナ。


「ぐぬ……わかったわよ」

 やっと大人しくなったクロネは、ふてくされながら替えの水着を着て、ゆっくり泳ぎ始めた。


 やれやれ、やっとゆっくり堪能できる。

 ――お、そうだ!


 確か、入浴時にぴったりの薬湯用ポーションがあったよな……。

 今ならバレそうにないし、ちょっと試してみるか。

 ここで試せば、俺の能力がどのくらいの範囲までカバーできるのもわかるだろう。


 薬湯は色々あるけど、今日はこれで行こう。

 俺はお湯の中で両手を広げてイメージした。


『――百寿桃源湯ひゃくじゅとうげんとう


 瞬間、俺を中心に約三メートルくらいのお湯が桃色に染まった。

 この薬湯は打ち身、切り傷、捻挫、筋肉痛などに効果があり、疲労回復にもぴったりだ。


 なるほど、射程はこのくらいか……。

 水量的にはあまり考えなくてよさそうだな。


「うわ~! いい匂いがする~!」

「ピンクでかわいい~!」


 子供達がきゃっきゃと喜んでいる。


 待てよ……、これ、村の観光にも使えるんじゃないか?

 ダンジョン探索や、ミスリル採掘で疲れた冒険者にも需要がありそうだ。


 薬湯は俺が用意できるし、うん、これは行ける!

 日替わり薬湯なんかも楽しそうだぞ……。

 後でバロウズさんに相談してみよう。


「クーラーインッ!」


 突然後ろから飛び掛かられる。


「うぷっ⁉」


 な、なんだか柔らかな感触が複数……。


「ほらほら、サービスだよぉー」

 クロネがふざけたように胸を押しつけてくる。

「ちょ! 何して、うぷ⁉」

 と、その時――

「ふふ、まだまだ甘いわねクロネちゃん」


 もぎゅっという次元の違う軟体が襲ってきた。


「ふわーーーーっ!!」


「クライン⁉ ちょっと、クラインってば!」


 ――俺は遠ざかる意識の中で天国を見た。

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