第23話 ポーションの味
リターナに案内され、大通りから路地に入った場所にある小さな宿屋へ入った。
部屋の中は殺風景で、ベッドとテーブル以外に何も無かった。
リターナが窓を開けると、薄暗い部屋に明るい陽の光が射し込む。
窓の外から、路地を走り抜ける子供達の楽しそうな声が聞こえてきた。
「飲み物を取ってくるわね」
「ああ、ありがとう」
「……ありがと」
リターナはクロネを見て微笑むと部屋を出て行った。
俺は窓際に置かれたテーブルの椅子に座って外を覗く。
――風が気持ちいい。
空には雲一つなく、澄んだ青空が広がっていた。
少しの間、路地ではしゃぐ子供を眺めていると、リターナが戻って来た。
「お待たせ、どうぞ」
リターナが紅茶をテーブルに置く。
「ありがとう」
「どうも」
薄い紅茶を一口飲んで、俺は話を始めた。
「それで、相談なんだけど……」
「剣鬼ウィリアム・ドレイクのことね?」
「そ、そうなんだ。えっと、何処まで説明すればいいんだろ? もしかして説明の必要がなかったりして……」
リターナは、カップの縁を見つめながら、
「二人はベヒーモスを倒したことで、領主付の冒険者にされるかもと心配し、剣鬼ウィリアム・ドレイクのことで私に相談しようとした――」と言った後、ゆっくりと顔を上げた。
「全部お見通しってわけ? 何、ずっと見張ってるの?」
クロネが呆れたような顔でリターナに言った。
「ふふ、さぁね、どうかしら? それよりも話を進めましょうか。私から質問をいいかしら?」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「剣鬼を倒したい理由は何?」
「……この街の重税をなくすためだ。税が元に戻れば、街の商人達から見返りに協力を得られるからな」
「なぜ商人に協力を求めるの?」
「森の開発を進めるためさ。昔、開拓士の兄から聞いたことがあるんだ。土地を開発するには、第一に土地の人間……、近郊で商いをする商人達の協力が不可欠だと」
「なるほどね……、もう一つ教えて。エイワス王国かレグルス皇国、どちらの庇護を受けるか決まったのかしら?」
「それについては、リターナの意見も聞きたい。レグルスに関して、俺は殆ど知識を持っていないからな」
「ふふ、なら、私じゃなくて、クロネちゃんに聞いた方が早いんじゃないかしら、ねぇ?」
「え……?」
クロネを見ると、チッと舌打ちをして短くため息をついた。
「ったく……一体、どこで調べたのよ?」
「お前……」
「クライン、ごめん。別に隠すつもりはなかったの。その、言うタイミングもなかったし」
「それは別に構わないけど……、クロネはレグルス出身なのか?」
「ええ、そうよ。私はレグルス皇国の『イリヤマテ』と言う獣人だけの小さな村で生まれたの」
「そうだったのか……。あ、じゃあ、皇帝に謁見するにはどうすれば良い? 庇護下に入れると思うか?」
「ごめん……、わからない。そんな話、聞いたこともないし……。でも、ただ会うだけなら、何か貴重な品を献上すれば挨拶くらいはできるかも知れないけど……」
「そうか。まあ、何か必要なら、俺がポーションを作ればいいかな」
「その感じからすると、レグルス皇国でほぼ決まりのようね」
「そうだな、エイワスは未だに獣人に対する差別があるし……、東の森を開発するには、森に住む獣人達の力を借りなきゃならない。獣人達からしても、エイワスよりレグルスの方が安心できるんじゃないかと思って」
「そうね、その考えは正しいと思うわ。開発の鍵を握るのは獣人、そして、獣人達を束ねるリスロン・ダイト――。ふふ、面白くなってきた」
リターナは嬉しそうに目を細めた。
「でも、肝心の剣鬼はどうするのよ?」
クロネがベッドに座って、足をブラブラさせながら言うと、リターナが剣鬼について話し始めた。
「――剣鬼ウィリアム・ドレイク、五〇年前に起きたウーズ・ラリバール領の内乱において、弱冠19才という若さにもかかわらず、謀反を起こした騎士団をたった一人で壊滅させた男。彼の操る魔剣は、その刀身に四大属性の加護を宿すと言われている」
「ま、まあ、全盛期の話でしょ? 今はもうお爺ちゃんなわけだし」
「そ、そうだよな、属性攻撃はこっちも使えるしな」
「彼は残忍かつ無慈悲な性格が故に、幾度もその首を狙われてきた。でも、今現在に至るまで、誰もその首を落とせないでいる……。この事実は、軽く見ない方がいいでしょうね」
「もちろん、油断はしないさ。ありったけの種類のポーションを作るし……、もし剣鬼とやり合う事になれば、俺とクロネが対処する。リターナは陰から援護に回って欲しい」
「いいのかしら? クラインが援護に回った方が良くって?」
リターナの言葉にクロネが割って入った。
「まだ、あなたに背中は預けられない」
「……そうね、納得したわ」
真っ直ぐなクロネの瞳を見つめ返して、リターナは小さく笑った。
「じゃあ、早速ポーション作りに入ろう。属性攻撃は全種類用意するとして……、回復と幻覚系もあった方が良いか?」
「ねぇ、ちょっと待って。普通のポーションならわかるけど、高位ポーションは材料も無いし、そうそう作れないわよ?」
リターナの言葉に、俺とクロネは顔を見合わせた。
どうする? ここで言わなくとも能力がバレるのは時間の問題だろう。
それに、仲間として迎えるなら、まずは自分から歩み寄るべきか……。
「……リターナ、俺は君を信用する。だから教えるよ、俺の能力を」
俺は魔法収納袋から水の入った瓶を取り出した。
テーブルに置き、リターナに確認するように促す。
「ただの水……?」
「そう、今はただの水。ちょっと貸してみて」
俺は瓶を受け取り、エクスポーションを作った。
「――え?」
「正真正銘のエクスポーションだ。調べてくれて構わない」
リターナは瓶を開け、中身を数滴手の甲に垂らした。
赤く長い舌で舐め取ると、カッと目を見開く。
「これは⁉ ほ、本物……⁉」
リターナの手が微かに震えている。
「ふふ……あははは! エクスポーションは、昔の任務で飲んだ事があるの。分かる、これは本物よ! 貴方が高位ポーションを所持してることは知っていたけど、まさかこんな能力があったなんてね……」
「なるべく、秘密にしたいと思ってる」
探るように俺が言うと、リターナは興奮気味に即答した。
「当然よ! こんな能力、貴族にでも知られたら……一生飼い殺しよ? 安心してクライン、私の目的のためにも、貴方は唯一無二の人になったわ。私が必ず貴方を守ってみせる……」
リターナは俺の頬に白くて冷たい指先を這わせた。
――その手をクロネが掴む。
「余計なお世話、クラインを守るのは私で十分よ」
「あら、そう? でもね、私もクラインがいなくなったら困るのよ。だから、二人で守ればいいじゃない?」
二人の間に只ならぬ空気が満ちていく。
「ちょ、二人とも、落ち着いて……」
スッとリターナがクロネから目線を外し、
「まぁいいわ。それより、クライン。その能力、どんなポーションでも作れるのかしら?」と俺に訊ねた。
「ああ」
「なら――、剣鬼との戦いに必要になりそうなポーションをリストアップしておくわ、用意しておいて頂戴」
「わかった、後で連絡をくれ」
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