第22話 剣鬼ウィリアム・ドレイク

 ギルドに報酬を受け取りに来た俺とクロネは、何故か応接室に通された。


「やあ、座ってくれ」


 部屋の中に居たのは、無精髭を生やした中年の男性だった。

 髪は短く白髪交じりの金髪で、一見、だらしなさそうにも見えるが、身体の方は現役そのもの、驚くほど引き締まっている。


 穏やかな笑みを浮かべているが、男からは、高レベル冒険者特有の気迫のような圧を感じた。


「失礼します」

「どうもー」


 二人がけのソファにクロネと並んで座る。

 正面に男が腰を下ろした。


「ギルドマスターのシバだ、よろしくな」

「クラインです」

「クロネよ」


「早速で悪いんだが、ちょっと聞きたい事があってな……。お前達が持ち込んだベヒーモスについてだ」


 一瞬、身体に緊張が走った。


「な、何か問題がありましたか?」

「いやいや、たった二人でどうやってあの大物をやったのか興味があってな」


「私がやったわ」

 クロネが素っ気なく答えた。


「お嬢ちゃんが? 失礼だが……」

 怪訝けげんな顔でクロネを見つめるシバさん。


「試してみる?」


 ――クロネが闘気を解放した。

 凄まじい気迫に肌がひりついた。


「ほぅ……、こりゃ、まんざら嘘じゃねぇかもな」

 シバさんは感心したように、顎髭を撫でた。


「わかったなら、もういいかしら?」

「はは、そう急ぐなよ。ま、嬢ちゃんがベヒーモスを倒せる可能性はあると判断できた。だが、そうなると……厄介な問題が出てくる」

「問題ですか?」


「そう、ギルドには報告義務がある、優秀な実績を上げた者や高レベル冒険者、力を持つと判断された者は領主へ報告しなければならない」


 報告義務? 聞いた事がないが……。


「それは、この街独自のルールですか?」

「そうだ。このメンブラーナを含む、ジオマイスター領のルールだ」


「ネイサン・ジオマイスター……」

 確かリンデルハイム家のパーティーに来ていた領主は、そんな名だったはず。

「先代を知っているのか?」

「いえ、名を聞いたことがあったなと……」


「そうか……、今は病をわずらっているそうでな、息子のグレイが領主代理をしている。まあ、それが色々と大変なんだが……」

 シバさんは、面倒くさそうに顔をしかめて頭を掻いた。


「税が高いと街で噂に聞きました」

「そう、それもそうだな。だが、あの坊ちゃんは、何故だか知らんが、やたら子飼いの冒険者を囲いたがってな……。このままだと二人とも召喚されるかも知れん」

「ハッ、そんなの断れば済む話じゃない」と、クロネが鼻で笑う。

「それがそうともいかんのだ……。領主付の冒険者には、金の為なら何でもやるような連中が集まってる。しかも、並の冒険者では太刀打ちできないような実力者がな」


「では、どうしろと?」

「二人が子飼いになりたいのなら話は別だが、もしそうでないのなら……逃げた方が良い」


「に、逃げる?」

「ちょっと、あんたギルドマスターなんでしょ? こういう時に冒険者を守るのが役目じゃないの? ギルドの存在理由がないじゃない!」


 クロネの言うとおりだった。

 ギルドとは冒険者を守る組織だ。例え貴族と言えども、ギルド相手にそうそう無茶はできないはずだが……。


「実はな……連中の中に、悪名高いあの『ウィリアム・ドレイク』がいる」

「ウィリアム・ドレイクってあの『剣鬼』ですか⁉」

「確か、史上最年少で魔剣士の職能クラスを授かった男――、過去の戦争での非道な行いにより、騎士団を追放されたと聞いている。しかし、それも昔の話……、今は老人のはずだが?」

「あぁ、見た目はな……。だが、悔しいが、とても俺達じゃ歯が立たなかった……『剣鬼』の名は錆びちゃいねぇ」


 シバさんは力なく笑い、

「ウチとしては報酬は全て支払う、ベヒーモスも相場より割り増しで買おう、だが報告義務が生じることだけは承知して欲しい」と頭を下げた。


「……わかりました、それで構いません」

「クライン、いいの?」


「この街を拠点とするなら、どうせ遅かれ早かれ避けては通れないさ」

 俺はそう言って肩を竦めた。


 *


 ギルドを出た俺達は、バロウズさんの店に行くことにした。

 扉を開けると、カウンターに居たバロウズさんが「おぉ」とペンを置き、出迎えてくれた。


「待っておったぞ、クライン。さぁさぁ、座ってくれ、嬢ちゃんもな」

「あ、ありがとうございます……」

「ありがと」


「いま、何か飲み物を持ってこよう、ちょっと待っとれ」

 バロウズさんは上機嫌で店の奥へ入っていった。


「どうしたんだろ?」

「さぁ、どうせこの前のポーションが高く売れたんじゃないの?」

 クロネは片眉を上げて、探るようにカウンターの奥を覗いている。

「はは、それはありそうだな」


 奥から珈琲の良い香りが漂ってくる。

 しばらくすると、バロウズさんが戻って来た。


「お待ちどうさま、さ、遠慮無く飲んでくれ」


「ありがとうございます」

「いっただきまーす」


 温かい珈琲に口を付けると、緊張していた身体が少し楽になった。


「……美味しいです!」

「うん、イケる」


「ふぉっふぉ、そうかい、それは良かった」


 目を細めるバロウズさんに、俺はギルドでの話を相談してみることにした。


「……らしく、剣鬼のせいで不服申し立てもできないって本当ですか?」


 一通り説明が終わると、バロウズさんはため息をついた後、口を開いた。


「ああ、間違いない……。メンブラーナの商人達の間でも当初、剣鬼を倒した者に裏で賞金を掛けたり、傭兵を雇ったり、ジオマイスター領を直轄するイグニス・スパロウ伯爵家に直訴状を送った者もいた。だが、結局はどれも失敗でな……、無駄な血を流さぬ為にも我らはこの重税を受け入れることにしたのさ」

「そ、そんな……!」


 スパロウと言えばリンデルハイム家の直下……だからネイサン・ジオマイスターはウチのパーティーに来ていたのか。

 自領の把握もできていなかったとは、つくづく自分の不甲斐なさに嫌気が差すな……。


「他の街に行けばいいんじゃないの?」

 クロネがキョトンとした顔で言った。


「……はは、そう思うのは無理もないだろうね。だが、生まれ育った地を離れるというのは中々難しいものだよ。商売にしても、はいそうですかと余所に行けるほど若くはない、それに、商売というものは独りでやるものではないからね」

「ふぅん、いろいろとしがらみがあるのね」


「まあ、何だかんだ言っても、結局はこの街が好きなのさ……」

 まるで懐かしい思い出を語るように、バロウズさんは目を細めた。


 確かに、まだ人脈も無いような若い商人ならともかく、バロウズさん程にもなると簡単には離れられないだろう。


 それに……、こんなにも美しい街だ。

 離れたくない気持ちはわかる気がする。


「しかしクライン、どうする? グレイに呼び出されれば、間違いなく領主付の冒険者にされてしまうぞ?」

「実は、剣鬼の事は……それほど心配していないというか」

「なに?」


「クロネはレベル121の格闘家です、いくら剣鬼が凄いと言っても、剣士としてのピークは過ぎているはず。それに比べ、クロネは未だ成長途中にあります。恐らくクロネが勝つ、いや、クロネが勝つでしょう」

「121⁉」

 バロウズさんが珈琲をこぼしそうになる。


「そうね、私だけならどうなるかわからないけど、クラインがいれば間違いなく勝てるわ」

「どういうことだ? 何か秘策でもあるのか?」

 俺とクロネを交互に見ながら、真剣な表情でバロウズさんは訊いてきた。


 ここは適当に誤魔化しておいた方がいいだろうな……。


「俺は錬金術師ですからね、ポーションで回復役に」

「それはまぁ、わかるが……、向こうにしても回復役はいるだろう?」


「確かにそうです。ですがバロウズさん、ちょっと話が変わるんですが、ご相談したいことがありまして」

「ん? 何だ、改まって」


「剣鬼を倒せば、領主と税の交渉ができると思うんですが、どうでしょうか?」

「まあ、あいつさえいなければ可能だとは思うが……」


「ではもし、俺達が剣鬼を倒したら……手伝って欲しいことがあります」

「無論、剣鬼さえいなくなるなら、協力は惜しまんよ」

 当然だと言わんばかりに、バロウズさんは両手を広げて見せた。


「本当ですか⁉ ありがとうございます!」



 *



 バロウズさんの店を出て、街外れに向かって歩く。


 ――俺に足りないもの。

 いや、に足りないもの、か……。


 バロウズさんも言っていた。

 商売は独りでやるものではないと。


 ……俺は父や兄を越えたい。

 悔しいが、俺だけでは手が届かない。

 クロネと協力したとしても、二人では限界がある。

 

 リターナ……。はたして信用していいのだろうか?

 彼女は自分の目的の為に、俺が必要だと言っていた。


 事前に、俺の出自まで調べて来ていた辺りを考えるとリンデルハイム絡み?

 いや、リンデルハイム家が、今更俺に興味があるとも思えない。

 何か、別の目的があるのだろう。


 しかし、あの諜報能力……、確かに俺達には無いものだ。

 彼女のような人が仲間になってくれるなら、どんなに心強いだろうか。


 危険は承知の上。

 もし、彼女が敵だとしても、俺とクロネなら乗り越えられるはずだ――。


「クライン、どこにいくの?」

「クロネ、昨日の夜の話、本当に良いんだよね?」


 人気の無い場所で俺は立ち止まり、クロネを見て訊ねた。


「決めたの?」

「ああ」


「なら、私はそれに乗るわ」

 そう言って微笑むクロネ。

 俺は静かに頷き、

「リターナ、いるんだろ?」と声を張った。


「あら、ご指名なんて光栄だわ」


 何処からともなくリターナが現れた。

 何の気配も無く、最初からそこに居たように俺達の側に立っている。


「いつの間に……」

「クロネちゃんに驚いてもらえると嬉しいわね、ふふふ」


「リターナ、目的のためでも良い。俺達に力を貸して欲しい」


「ふふ、もちろんよ。これで決まりね?」

 と、リターナが帽子の位置を直しながら微笑む。


「早速だが、相談したいことがある」

「わかったわ、近くに私の使っている宿があるの、そこに行きましょう?」


「ありがとう、助かるよ」

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