第12話 マジック・ポーションの価値

「クライン、これ欲しい」

「ん? 外套か……」


 黒くて艶のある短い毛足の毛皮で作られている。

 触り心地は滑らかで、縫製も丁寧、軽くて羽織りやすい。

 これは……値が張りそうだ。


 俺が外套を値踏みしていると、バロウズさんが横からクロネに声を掛けた。


「ふぉっふぉっふぉ、嬢ちゃんお目が高いね、そいつは一点ものだよ」

「格好いい!」


 クロネは外套を纏い、くるくると回った。

 ……確かに似合っている。


「ち、ちなみにおいくら……でしょう?」


 バロウズさんは、俺にだけ見えるように指で値段を示した。


「ぐ……⁉」


 金貨20まい……だと?

 いや、絶対的に足りないんだが……。


「ダークベアの毛皮は希少品だからの、売れればそれでしまいだ。次はいつ入るかわからんぞ?」


「クライン……」

 猫みたいな瞳を潤ませて、クロネがじっと俺を見つめてくる。

 おいおい、いつから俺は保護者になったんだ⁉


 だが……改めて自分たちのみすぼらしい格好を見ると、確かにちょっとどうにかした方が良いように思えた。そういえば、服なんてどうでも良くなってたもんなぁ……。


 そうだ! もう、俺達は奴隷じゃない。

 身なりも恥ずかしくないようにきちんとしなければ!


 金……金……、あ! そうだった、普通にポーションを売ればいいのだ。

 んー、でも、あんまりレアすぎるのは噂になりそうだし……そこそこのやつを作ってみるか。


 俺は魔法収納袋に手を突っ込み、水の入った空き瓶を握る。

 その瞬間、マジックポーションが生成された。


「よっ、と。本当は売りたくないんだけど……これでどうかな?」

 カウンターにマジックポーションを置く。


「ん? どれどれ……」


 バロウズさんは瓶の蓋を開け、長いスポイトで吸い取った液を小皿に数滴落として、その中に小さな黒い石を入れる。


 すると、三人が見守る中、石はみるみるうちに真っ赤に染まった。


「こ、これは……マジックポーションか⁉ しかも、こりゃぁ、とんでもない上物だぞ⁉」

 バロウズさんが興奮気味に言った。


「……そうなんですか?」

「いいか、普通は薄めてたり、不純物が混ざってたり、まあ良くて純度50~60くらいのものよ……。だが、こいつは100だ、100だぞ? 長くやってるが、こんなもん初めて見たわい。お前さん、一体……こいつをどこで手に入れた?」


 んー、これはマズい展開かも……。


「えーっと……そのぉ……」

「え? クラインが作ったんじゃん」

 クロネが何の躊躇いもなく言い放った。


「な、なんだと⁉ 本当か⁉」


 おいおい……クロネちゃんよ……何て軽い口なんだ。

 まあ、こうなったら仕方ない。


「あ、えーと、まあ、はい……」

「なっ⁉」

 一瞬だけ声を漏らすと、バロウズさんは何かを察したようにニマッと笑い、俺の背中をぽんぽんと叩いた。


「よし、クライン! わしゃあ何も知らん、何も聞かん、知りとうもない。ただ……この品物を定期的に売ってくれんかのぉ?」

「バロウズさん……」


 この切り替えの早さ……、まったく、食えない爺さんだ。

 俺としてもこの先、自分の領地を持つ為には大量の資金が必要になる。

 余計な詮索をせずに買ってくれるというのはありがたい。


 この爺さんなら、そういう話もできるかも知れない。

 それに何より、道具屋で長年培った経験と人脈があるだろう。


「わかりました、俺としてもありがたい話です。どうします? もう一本出しますか?」

「何⁉ まだあるのか⁉ あ、いや……いまのは忘れてくれ。そうさな……、もう一本いただいておくかの」


 満面の笑みでバロウズさんが頷く。

 俺は苦笑いを浮かべながら、もう一本マジックポーションを作って袋から取り出した。


「おぉ! ではその外套だけではちと貰いすぎる……そうだ、これを持って行け」


 バロウズさんが黒皮の軽鎧とセパレートタイプの戦闘服を出してきた。


「うわ! これいいじゃん!」

「ふぉふぉ、それは嬢ちゃんに。そっちの鎧はお前さん用だな」


「良いんですか⁉」

「ああ、もちろんだとも。こっちが礼をいいたいくらいだよ」


 早速、クロネが着替えようとする。


「ちょ⁉ こらこら、ここで脱ぐな!」

「えー、別にいいじゃん?」

 バロウズさんが苦笑いを浮かべながら、

「嬢ちゃん、向こうに小部屋があるから、そこで着替えておいで」と奥を指さした。

「はーい」


 嬉しそうに走って行くクロネ。

 あいつ、だんだん幼児化している気がするな……。


 俺はその場で鎧を装着した。

 うん、これは上質な皮だ、リンデルハイムで持っていた鎧にも劣らない。


「ありがとうございます!」

「はは、良く似合っとるよ」


「クラインー! 見てみてー!」

 クロネが戦闘服に着替えて戻って来た。


「――ブホッ!!」

 な、なんて服だ。もはや水着じゃないのか?

 

「どしたの? 大丈夫?」

「あ、あぁ……何でもない」


 ま、まぁ……かなり露出は高いが、クロネの戦闘スタイルにぴったりだろう。

 殆ど着てないのと同じだし、動きやすいのは間違いないもんな。


 しかし……、改めて見ると、可愛いな……。

 いかんいかん! 思わず変な気を起こしそうになってしまった。


「ほほ、嬢ちゃんも似合っとるよ」

「ありがと!」


「じゃあ、バロウズさん、ありがとうございました。また、寄らせてもらいます。その時は色々とご相談させてくださいね」

「ああ、儂でよければいつでも相談に乗るとも、気を付けてな」


 俺とクロネはバロウズさんに見送られながら店を出た瞬間、つむじ風に吹かれ、クロネが手で髪を押さえた。


「うわわ! すごい風~!」


 クロネは、風に目を細めながら、無邪気な笑みを俺に向ける。

 不覚にも俺は一瞬だけ見とれてしまっていた。

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