第11話 道具屋バロウズ

「……いらっしゃい」


 カウンターで本を広げている年老いた店主の目だけが、ジロリとこちらに向いた。

 雰囲気的に少し気難しそうな人に見える。


 俺は軽く咳払いをしてから、精一杯愛想良く訊ねた。


「どうも、お邪魔します。あのー、この辺りの地図と蝋燭、あと、空き瓶ってありますか?」


 店主は本に栞を挟み、ゆっくりと立ち上がった。


「……どれ、探してみよう」

「あ、はい……、よろしくお願いします」


 俺は待っている間、店内を見て回ることにした。


 外からはわからなかったが、意外に奥が広い。

 壁にはロープや農具が掛けられ、床に並べられた大きな木箱には、ベルトやバッグなどの革製品が一纏めに入れられていた。

 その中からベルトを一本手に取り、金具の付け根や革の処理を見る。


「へぇー、値段の割にしっかり作ってあるなぁ」

「ほんとにわかってるの?」

 クロネがからかうように俺の顔を覗き込む。

「そ、それくらいは俺にもわかるさ」

「ふぅ~ん」

 クロネはニヤニヤと笑みを浮かべながら、店の奥に入っていく。


 丁寧な仕事に感心しながらベルトを木箱に戻し、ふと壁に目を向けた。

 色んな種類のロープが整然と吊られている。

 なるほど、太さ別に数字を振ってあるのか……、これはわかりやすい。


 どうやらこの道具屋は当たりのようだ。


 行き届いた清掃に、バランスの良い商品構成、陳列方法も工夫されていて、値段も安過ぎず高過ぎず、きちんと相場に合わせている。

 こういう当たり前のことを維持するというは、簡単なようで難しいのだ。


 さっき立ち寄った道具屋は酷かったもんなぁ。

 分類どころか、種類も何もかもが全部ごちゃ混ぜで、店内の臭いも酷かった。


 その点、この店は、革とレモンオイルの匂いが混ざったような……、道具屋特有の匂いが漂っている。


 この匂いは嫌いじゃない。何だか懐かしいような、ここだけ、時間がゆっくりと流れているような不思議な気持ちになる。


 店内をぐるっと見て回り、カウンター前に戻った。


 カウンターは、ガラス張りの陳列ケースにもなっていて、中には色とりどりの魔法石や色々な形の鍵、高価そうな魔導書、何かの薬のようなものが並べられている。


 他にも、凝ったデザインのインテリア雑貨も豊富に取り揃えられており、店主の好みが色濃く表れているように思えた。


「お待たせ、これで全部かな?」

「ありがとうございます、ちょっと確認させてくださいね」

「あぁ、いいよ」


 手に取っただけで、蝋燭の質の高さがわかった。

 ずっしりと身が詰まったような重さと滑らかな触感、芯の部分も軟らかく、古くなっていない。


 空き瓶の方は、木のケースに入ったものが用意されていた。

 本当に気が利くというか、この店主は


 そして、一番大事な地図は図柄もさることながら、水濡れ防止のために蝋引きが施されていた。うん、これなら多少の雨でも問題ないな。


 品物のクオリティに満足して頷いていると、店主が訊ねてきた。


「お前さん、見かけない顔だが……冒険者かい?」

「あ、ええ、そうなんです。この街で依頼を受けるのは初めてでして」


「そうかい、悪いことは言わん、この街で冒険者をするのはやめときな」

「もしかして……税の事ですか?」


「おや、知っとるのかね? なら、わしから言うまでもなかったのぉ……、忘れておくれ」

「いえ、助言していただいて、ありがとうございます」

 俺は丁寧に頭を下げた。


「そんなにかしこまらんでくれ、ただの老いぼれの小言よ」

「そんな、とんでもない。あ、私はクラインと言います、一目でこの店が気に入りました。とりあえず、この出してもらった物は全部買っていきます」


「おぉ、ありがとう、儂の事はバロウズと呼んでくれ。最近は客も減ってなぁ、まったくあの馬鹿息子は何を考えとるんだか……」

 バロウズさんは、やれやれと頭を振りながら品物を並べ始めた。


「馬鹿息子?」

「領主代理のことさ、小さい頃は可愛げがあったもんだが……、今じゃ金の亡者になっちまった」

「元々の領主様は?」

「原因不明の病で倒れられたようでな、まだまだお若いのに……」


 屋敷に籠もって療養中なのか、それとも……。

 まあ、馬鹿息子が家を潰すなんて珍しくもなんともない話だ。

 そういえば、リンデルハイムの領内でも似たような話は良く聞いたな。


「大変そうですねぇ……、あ、じゃあこれ、いただいて行きますね」

 俺は魔法収納袋に品物を入れていく。


「ほぉ……、クライン、なかなか羽振りが良さそうじゃないか?」

 バロウズさんは魔法収納袋を見て、俺を値踏みするように見た。


「はは、ダンジョンで偶然手にいれたんですよ」

「そうかい、そいつはツイてたな」


 その時、奥からクロネが戻って来た。

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