第13話 東の森①
「次はどうするのん?」
服を着替えてご機嫌のクロネは、ちいさく跳ねるように歩いている。
「武器を見に行く」
「武器? 必要ある?」
「あるよ、クロネの拳を守るグローブを買わなきゃ」
「えー、いいよ、面倒くさいし」
クロネは、小さな唇をタコみたいに尖らせる。
「ダメだよ、いくらポーションがあると言ったって、気を付けるに越したことはないからな」
「うん……」
*
乗り気でなかったクロネだが、武器屋に並んだナックルやグローブ、篭手を見ると目を爛々と輝かせて、食い入るように物色を始めた。
「どうしよ、どうしよ! これもいいなぁ~、あ、こっちも捨てがたいし……」
「ゆっくり見てて、俺はちょっと店主と話してくるから」
俺はカウンターで何やら作業中の、紅い髪色の男に声を掛けた。
「あのー、ちょっとお伺いしたいんですが」
「はいはーい」
「――⁉」
顔を上げ、こちらを見た店員さんを見て俺は驚いた。
とても綺麗な女性……だ。
褐色の肌に髪色と同じ紅い瞳。
背は俺よりも高く、かなり筋肉質で体格が良い。
髪を後ろで束ね、胸元を開けた白いシャツに作業エプロンと肘まである手袋をしていた。
「えっと、私はクラインといいますが、店主さんは……」
「店主はアタシだよ、アンナ・フレイルゲイン。アンナでいい。まったく……、女だからいつも聞かれちまうんだよなぁ、ははは」
困ったように眉を下げるアンナさん。
うっすらと汗ばんだ豊かな胸元には、大きな古傷があった。
「それは失礼しました、あの……突然ですが、バロウズさんってご存じですか?」
「そりゃもちろん、爺さんにはウチもお世話になってるからな」
「それは良かった、実はこの街には来たばかりなのですが、今度、バロウズさんとお取引をさせて頂くことになってまして、どんな方なのかと……」
「ふ~ん、なるほどねぇ……」
アンナさんは、上から下まで俺を見た後、「ちょっと痩せすぎだな」と呟き、
「安心しな、バロウズさんのお蔭でアタシも店を続けられてる、悪い人じゃないよ」
と、カウンターに置いてあったタオルで汗を拭った。
「元々、この店はアタシの師匠がやってたんだけどさ、あの馬鹿、突然旅に出るとか言っていなくなっちまってね……。店を潰すわけにも行かないから、そのままアタシが継いだってわけ。でも、やっぱり女だからって、師匠の時から散々付き合いのあった店が急に手の平返しやがってさ、卸値上げられたり、材料を卸してくれなくなったり……、まぁ、色々とあったのよ。その中でバロウズさんだけが、唯一、以前と変わらず、いや、それどころか以前にも増して、援助してくれたり、材料を回してくれたりしてね……。ま、あの爺のお蔭でこうして商売できてんのさ」
「――ただ、何かと尻を触ってくるのだけはやめて欲しいけどな。あはははは!」
そう言って、アンナさんが豪快に笑った。
「ははは……」
俺は愛想笑いを浮かべながら、アンナさん相手に尻を触るとは、やはりあの爺さん只者ではないなと思った。
しかし、バロウズさんが目を掛けるってことは、彼女に才能があると見込んだってことなのだろうか。
爺さんは筋金入りの商売人だ、利にならない援助はしないはず……。
「ところで、あんたは何をしている人なんだ?」
「あ、旅の錬金術師です。バロウズさんとはポーションなどを取引させて貰おうと思ってまして」
「なるほど、錬金術師ね……どうりで線が細いと思ったぞ。アタシは
アンナさんは「ほれ」と、力こぶを作ってみせる。
白シャツがパンパンで張り裂けそうだった。
「70⁉ それは凄い!」
この若さで70とか……、末恐ろしい。
確か一般的に武器屋開業に必要な鍛冶レベルは、50前後と聞いたことがある。
通りでバロウズさんが肩入れするわけだ……。
「はは、まだまだ修行中だからねー」
アンナさんは白い歯を見せて笑う。
そこにクロネが、グローブを持ってやって来た。
「クライン、これがいいな」
「おお、決まったか」
クロネが持って来た赤いグローブは拳の当たる部分に薄い金属プレートで補強されたものだった。
「おや、アタシに色目使わなくても、可愛い連れがいるじゃないか」
「え⁉ ちょ、アンナさん……」
「は? クライン、どういうことよ?」
クロネの尻尾の毛が逆立っている。
「ははは! 冗談だよ、冗談! いいねぇ、若いってのは!」
バシバシと俺の背中を叩くアンナさん。
十分、貴方も若いと思いますが……。
アンナさんは
「それ、自分で言うのもなんだけどアタシの自信作だ。使った金属は、ミスリルに銅を少しだけ混ぜて弾力性を持たせてあるから、ちょっとやそっとじゃ割れないよ」
「ふ~ん、じゃ、これ」
クロネがアンナさんにグローブを渡した。
「ありがとう、誰が使う? プレゼント用?」
「私が使うの」
「え……?」
アンナさんが固まる。
「クロネはこう見えて『格闘家』なんですよ」
「こんな華奢な身体で……」
「たぶん、アンタより強いわよ」
そう言って、クロネは足下にある籠の中に入った安売りの短剣を見ている。
「あははは! 面白い子! 気に入った、これ、半額にしとくよ」
「えっ⁉ 良いんですか⁉」
「ああ、金貨3枚でいい」
「や、安い! 大丈夫なんですか?」
いくら合金でも、ミスリルを使ってこの値段はない。
恐らく他の店だと金8~15枚ってところだと思うけど……。
「なぁに、また来てくれればいいさ。な、クロネちゃん?」
「……う、うん」
爽やかな笑顔を見せるアンナさんに、照れくさそうにクロネが小さく頷いた。
うーん、この街の人達は、本当に気持ちのいい人ばかりだなぁ……。
「わかりました、そういうことなら遠慮無く。また、近いうちに顔を出します」
「よろしくなクライン。クロネちゃんもね」
店を少し離れた後、見送ってくれていたアンナさんに、クロネが赤いグローブを掲げた。
「ありがとねー!」
アンナさんが手を上げて応える。
「またよろしく~」
*
街を歩きながら俺はここを拠点とするか、真剣に考えていた。
人も多いし、街は綺麗だ。
飯は美味いし、何よりも、人が良い。
それに……美人も多い。
税が高いという問題もあるが、俺には水さえあればポーションが作れる。
言わば、金のなる木を持っているようなものだ。
やり方さえ間違えなければ、目を付けられることもないだろう。
「なぁ、クロネ、しばらくここを拠点としないか?」
嬉しそうにグローブを触るクロネが「うん、いいよー」と即答した。
「そんな簡単に……」
「だって、クラインに付いていくんだから、私の中で場所は重要じゃない」
「お、おう……そっか」
な、何だか照れるな……。
「よし、準備もできたし、明るいうちに森へ向かおう!」
「おーっ!」
*
俺とクロネはメンブラーナゲートをくぐり、街の外に出た。
草原が広がり、遠くの方に森が見える。
俺は袋から地図を取り出し、森の方角を確認した。
「こっちだな……」
しばらく歩くと、草原の中に濃い緑の森が見えてきた。
草原の海に浮かんでいるような緑は、大きな島のように見える。
「うわー、何か綺麗だね」
「ああ、それに思ったよりも深そうだ」
森の中に一歩足を踏み入れると、ひんやりとしたみずみずしい空気が肌を包んだ。
足下の土も少し軟らかい。鳥の鳴き声が遠くから響いている。
「見て、すっごい大きな木」
「ほんとだな……てっぺんが見えないぞ」
樹齢何百年もありそうな巨木からは、神聖なオーラのようなものを感じた。
森の中を進みながら、俺は水をクロネに手渡した。
「ん、ありがと」
「……ヒュージ・ケルウスか、そんな珍しい魔獣でもないし、すぐに見つかりそうだな」
クロネは水を俺に返し、
「うん、まぁ私にかかればワンパンで沈めてみせるわ」とグローブをはめた拳をポスポスと叩いた。
「はは、頼りにしてるぜ?」
と、その時、茂みの奥からドドドと何かが走ってくる音が聞こえてきた。
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