第9話 太陽の光

 無事、転移魔方陣から地上に戻った俺達は、久しぶりの陽光を浴びて背伸びをした。


「うーん、気持ちいーっ!」

「あー! 最っ高だな!」

「ねぇ、クライン、これからどうするの?」

「んー、そうだな、カイルから頂戴したお金もあるし、飯でも食って相談する?」

 俺は腰に下げた魔法収納袋をぽんぽんと叩いた。

「さんせーいっ!」


 俺とクロネは軽く拳を突き合わせて、一番近い『メンブラーナ』の街へ向かう。

 メンブラーナは王都ほどではないが、かなり発展した街だ。


 街中の至る所に水路があり、たくさんの舟が行き交う。

 美しい街で緑も多く、観光名所としても人気が高い。


 リンデルハイム家にいた頃に、何度か観光で訪れたのを覚えている。


「あのさ、その……、クロネは家に帰ったりとか、他に何かやりたい事とかないのか?」


 仲間になってくれるとは言っていたが、それはあくまでダンジョン内の事である。

 ああいう命が軽い場所での約束は、大抵の場合、自然と消滅するのだ。


 言ってみれば、共に修羅場を切り抜ける為、力を合わせる為の意思確認のようなもの。

 人によるのだろうけど、クロネの腕からすれば、外に出てまで俺と組むメリットは無いと思えた。

 

「え? もしかして、クライン……私のこと用済みになったの⁉」

 口に手を当て、わざとらしく震える素振りを見せた。


「ち、違うよ! 何でそうなるんだよ! むしろその逆で……、ほら、俺はレベル0だし、何て言うか……」

「ははは! 馬鹿ねぇ、クラインは。言ったでしょ? 私は決めたの、クラインについてくって」

 そう言って、クロネはむぎゅーっと腕に絡みついていくる。


 ふわっとした感触に、思わずドキッとした。

 こんな柔らかで小さな女の子があんなに強いなんて信じられないな。


「でも、どうして……」

「んー、勘? たぶん暇しないだろうなって」


 うーん、そんな理由で決めていいのだろうか。

 まあ、何故か気に入ってくれているようだし、俺としてもクロネほどの格闘家が仲間になってくれるのはありがたいけど……。


「ほら、いいから、早く行こ?」

「あ、あぁ――」

 クロネに手を引かれながら、俺は街へと向かった。


 *


 街の門に続く街道には、商人や旅人、冒険者達の列ができていた。


「見て、クライン、メンブラーナゲートだよ!」

「ああ、こうして見ると凄いな……」


 メンブラーナゲートは、文字通りメンブラーナを守る巨大な門だ。

 高さ十数メール、ぐるっと街の周囲を取り囲む白い巨壁。

 何より素晴らしいのはその装飾である。

 壁一面に広がる十二神の神々の彫刻、優雅に空を舞う姿は、まさに観光名所のシンボル的存在であった。


 俺達の順番になり、門兵から簡単な聴取を受ける。


「旅の冒険者です、しばらく拠点にしようと思いまして」

「そうか、だが今はろくな依頼は無いと思うぞ?」

「何かあったんですか?」

 俺が訊ねると、門兵は辺りを気にしながらそっと教えてくれた。


「最近、領主さまの息子が領主代理を務めてるんだが……、税という税が上がりっぱなしなんだ」

「え? じゃあギルド税も……」

「ああ、噂じゃ他国の倍以上あるらしい、二つ名持ちはとっくに拠点を変えたし、やる気のある奴らも見限る準備を始めてるって話だぜ」

 と、その時、列の後ろから「早くしろ!」と罵声が飛び始めた。


「うるせぇ! 少しは待てねぇのか!」

 門兵は怒鳴りつけると、「じゃあ、行って良いぞ」と街の中へ親指を向ける。

 俺達は礼をいい、ゲートをくぐると街の中に入った。


 一歩足を踏み入れた瞬間、風に乗って水の匂いが流れてくる。

 街の至る所に水場があり、水遊びをする子供や、美味しそうに水を飲む馬もいる。


「ほんと綺麗ね~、良い街だわ~」


 確かに程よく発展しているし、人も多い、それに何と言っても清潔だ。

 空気は澄んでいて、水が良いからか、街を行き交う人々も血色がよく、健康に見える。


 しばらく、クロネと街の商店通りを物色したあと、小さな食堂に入った。


「いらっしゃい! お二人さまですか?」


 水色のワンピースに、エプロン姿の小さな女の子が、満面の笑みで出迎えてくれた。

 頭には三角巾を巻いていて、金色の短いツインテールがちょこんと飛び出している。


「あ、うん」

「こちらの席にどうぞ!」

「ありがとう」


 店はオープンテラスになっていて、何人かのお客が楽しそうに酒を飲んでいる。

 俺達が通されたのは、店の中程にあるテーブル席だ。


「可愛い子ね」

 クロネは女の子に、小さく手を振りながら席に座った。


「しっかりしてるよなぁ、あんな小さいのに……お手伝いしてるのかな?」

「え? あのくらいなら働いてて普通じゃない?」

「そ、そう……かな、へぇ~」


 もしかして、庶民とはそういう物なのか?

 小さい頃から筋金入りの貴族家で育ったからな……勘当されてから、こういう認識のズレはもう無いだろうと思っていたんだが。


「お待たせしましたー! メンブラーナ名物、タイクンのムニエルと、ポテトクリーム、夜叉ダコのマリネ、新鮮野菜のシャキシャキサラダです!」

「「おぉ~!!」」


 こ、これは素晴らしい!

 正直、期待はしていなかったのだが、さすがは観光名所、料理屋のレベルが高い。

 う~ん、匂いもとっても食欲をそそる!


「いっただきーっ!」

「あ! ずるいぞ!」


 クロネがタイクンのムニエルに齧りついた。

 タイクンは中型の白身魚で、メンブラーナでは名物になるほど人気である。


「ん~! ほろける~!」

 頬に手を当て、至福の表情で目を細めている。


 俺もその身を口に入れると、バターの風味と程よい塩加減、それにタイクンの旨味が広がる。

 鼻から香ばしい香りが抜け、息が漏れた。


「美味しすぎる……こんな飯を食ったのはいつ以来だろう……」

 思わず目尻に涙が溜まる。

 ポーション奴隷生活は、思ったよりも俺の精神を蝕んでいたようだ。


 横で俺達のがっつきぶりを見ていた少女が、

「そんなに喜んでもらえるなんて……ありがとうございます!」と、ぱあっと顔を明るくさせて店の奥へ走って行った。


「クライン、ちょっと、それは置いといて」

「だめだめ、俺が先に取ったし」

「む……」

「ぬ……」


 一触即発の空気になった所で、お手伝いの少女が持ちきれないほどの料理を運んできた。


「おまたせしました! お父さんが食え食えって!」


「え?」

「いいの?」


 呆気に取られていると、奥のカウンターから熊のような大男が現れた。

「おう! 食え! どうせろくなもん食ってねぇんだろ! ガハハハハ!」


 な、何て豪気な……。

 だが、ありがたい! ここは素直に好意に甘えよう!

 俺とクロネは目を合わせて頷いた。


 二人の食欲はとどまることを知らず、凄まじい勢いでテーブルに皿を積み上げていく。

 二本目の皿タワーが完成しはじめると、周りには大勢のギャラリーが増え、店内はすぐに満員御礼となった。


「ふぅ~、食った食った……」

「あ~久しぶりに良く寝られそう……」


 二人でパンパンに膨れたお腹をさすると、周りから万雷の拍手が鳴り響いた。


「え……?」

「ありがとうございます! お姉さん達のお蔭で、お店もお客さんでいっぱいです!」

 お手伝いの少女がぺこりと頭を下げると、奥から熊のような店主もやって来た。


「よぉ、どうだ? 美味かったか?」

「どうも、ありがとうございます! めちゃくちゃ美味しかったです! なぁ、クロネ?」

「うん、サイコー!」


「はは、そいつは良かった。お前さん達があまりにも美味そうに食うもんだからよ。店も良い宣伝になったわ、ガハハハ!」

「あ、でもお代はお支払いしますよ」

「なあに、サービスしてやるよ、サービス、その代わり……ちょっと頼まれてくれないか? お前達、冒険者だろ?」

 俺はクロネと顔を見合わせて「はい、そうですけど……」と答える。

「そんな心配するなって、ちょっとした食材調達を頼まれてくれないかって話さ」


 食材か……、金には余裕があるけど、この店主は良い人っぽいし、頼れそうだもんな。

 それに、これからは人脈作りも大事になってくるはず……。


「どうするクライン?」

 小声で訊いてくるクロネに、俺は無言で頷いた。


「そういうことなら、喜んで」

「おぉ! 助かるぜ! 俺はこの『フィッシュ・ガーデン』をやってるフィガロだ、よろしくな!」

「よろしく、僕はクラインと言います」

「私はクロネよ」

「わたし、ティティです、よろしくお願いします!」


 可愛らしい自己紹介に、皆が頬を緩める。

 俺はフィガロさんの差し出した大きな手を握った。

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