第8話 ダンジョンを出る日

「――⁉」


 俺とクロネは咄嗟に岩陰に隠れた。


「おい、あいつらまだ戦ってたのか?」

「ん、何か様子が変かも……」

「え?」


 次階層の扉の前に広がる通路、前衛はカイル、テッドの二人。

 後衛には黒魔法を詠唱する部隊がいた。

 トモンストゥルムの気を引きつける囮役はラズだ。


「何でこんなに手間取って……」

「あれ? 回復役がいないね」

「……⁉」


 クロネの言葉に俺は目を凝らした。

 本当だ、か、回復役が一人もいない……。

 何があったんだ?


『キュィェェェーーーーーーーーーーーーー!!!!』


「「うぐっ!?」」

 俺とクロネは耳を押さえてしゃがみ込んだ。


「な、何だこの頭が割れ……」


 薄く目を開けてカイル達を見ると、トモンストゥルムが幾本もの触手で黒魔術師を拘束していた。


「崩れた、あれはもうダメね」


 カイル達は決して弱くは無い。

 討伐パーティーとしてのランクはB、あのカイルの口ぶりからすれば、恐らく次に地上に戻ればAランクに昇格する予定だったはず。それが、中層階のゲートキーパーにここまでされるとは……。


「ねぇ、クライン……あそこ」

「あれは……」

 カイル達の後方に、食料や予備の装備、金目のアイテムが入った荷物が置かれていた。


「あれ、私達でもらっちゃお?」

「ちょ、クロネ?」


「何? もしかして助けるとか言わないよね?」

 怪訝そうな顔で俺を見る。

「……」

「はぁ⁉ ちょっとクライン! あんた、骨の髄まで奴隷根性が染みついちゃってんじゃないの?」

「いや、そんなことは……」


 クロネは俺の肩を掴んだ。

「いい? あんたが今感じているものは、クソみたいなものよ! 何の役にも立たないし、誰も救えない! もし、あんたがあいつらを助けるなんて言うなら、湖での事は忘れて。仲間にはなれないわ」

「そ、そんなわけないだろ⁉ 俺があいつらに何をされてきたか、クロネも見てたじゃないか!」

「それはそうだけど……」

「大丈夫だよ、今の俺は、言われるがままポーションしか作れなかった――あの時の俺じゃない、きっちり働いた分は返して貰うさ」


 俺はクロネの頭にぽんと手を置いて、

「たっぷりボーナスを弾んでもらわなきゃな」と笑った。


 *


 リカバリポーションとサンダーポーションをクロネに渡して二手に分かれた。


 俺は気配を消し、そっと荷物のところまで近づく。

 カイル達は戦闘に必死で、こちらに気付く様子も無い。


 急いで荷物の中を物色する。

 俺が探しているのは、予備のポーション用の水と瓶だ。

 カイルの性格なら、必ず置いてあるはず……。

 木箱の中に空き瓶が、その横に水の入った水筒があった。


 俺は荷物の陰に隠れながら、ノーマルポーションとパラライズポーション、そして魔物を呼び寄せる『魔物の泉フリークス・クヴァレ』と呼ばれるレアポーションを作った。


「よし……行くか」


 向こうの岩陰に隠れるクロネに合図を送り、俺は戦闘中のカイルに叫んだ。


「カイルーーーっ! 下がれーーーーっ!」


 俺の声に振り返ったカイル達は、信じられない物を見たような顔で目を瞠る。


「受け取れ!」


 ノーマルポーションをカイル達に投げた。

 ずっと回復無しで戦闘していたのだろう、カイル達はすぐに飛びつき、がぶがぶと飲んだ。


 俺は次々にポーションを投げつける。

 次第にカイル達の顔にも余裕が見え始め、トモンストゥルムの攻撃をいなしながら後ろに下がって来た。


 こういう動きは流石だな、やはりこのパーティーは戦い慣れている。


 トモンストゥルムまでの道が開けた。

 ――今だ!

 俺はクロネに合図を送った。


 岩陰から、放たれた矢のようにクロネが飛び出してくる。


「後はおっまかせーーーっ!」


 火花を散らしながら、風のように俺の横を通り抜ける。

 身体全体が雷光に包まれていた。


「うぉりゃああぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」


 クロネは宙高く飛び、トモンストゥルムの胴体に蹴りを放つ!

 トモンストゥルムの身体がゴムのようにぐいーんと伸び、一瞬動きが止まったかと思うと、――バシュン! という音と共にクロネが胴体を破り出た。


『キュエェイ!!!』


 瞬間、トモンストゥルムの巨体が黒い粒子に代わり、霧散していく。

 やった、すげぇぞクロネ……一撃じゃねぇか!


「クライン、お前どうしてここに……、あいつはクロネだな? これは一体どうなってる?」


 カイルが俺のところに来て説明を求めた。

 珍しく動揺しているようだ。


「クロネは俺の仲間だ。彼女は俺が助けた」

「はぁ? お前が? レベル0でどうやって?」

 テッドが呆れたように俺を睨み付けた。


「それより、俺はお前達を助けた、既にお前との奴隷拘束契約は終了している。主従関係で無い以上、謝礼として食料と少し金をもらおうか?」


 一瞬、場に沈黙が流れた。

 が、すぐにテッドのけたたましい笑い声が響く。


「はーっはっはっは! そりゃ何の冗談だ、クラァイン? あぁ?」


「冗談でこんな事は言わないさ。助けた相手に正当な対価を求めて何が悪い?」

「おい、クライン……てめぇ奴隷のくせに調子に乗るなよ?」

「言ったはずだ、俺はもう貴様らの奴隷では無い」


 テッドは息が掛かるほど顔を近づけてくる。

 すぐに手を出さないところを見ると、少しはまともな部分があるのかも知れない。

 そう思っていると、カイルが止めに入った。


「おいおい、どうしたクライン? そうカッカすんなって、確かにお前には助けられた、そうだな、食料なら少し分けてやってもいい、だが、それ以上は望むな。引き際を知らない奴は……死ぬだけだぞ?」


 嘘くさい笑顔で脅しを掛けてくるカイル。

 だが、俺は何も気にせずに続けた。


「そうか……話にならないな。折角だ、ラズ、シーラ、お前達も聞いてくれ」

 俺は少し離れた場所で、傍観者を気取っていたラズ達に声を掛けた。


「これが最後だ、この俺に謝礼を出すのか、出さないのか……、今すぐに決めろ」


「こっの……⁉」

「待て!」


 テッドが振り上げた拳を、カイルが止めた。

 長年、このパーティーに居たが、カイルがこんなにも感情的に怒るところを初めて見たな。


「クライン、一線を越えたな⁉ てめぇは許さねぇ! 命だけは助けてやろうと思ったが……が!! ……あが……!?」


 カイルは口を痙攣させ、その場に立ち尽くしている。


「あがっ⁉」

「ぐっ⁉」


 テッド、ラズ、シーラ、他のパーティーメンバー達を含め、ポーションを飲んだ全員が動きを止めた。

 メンバーの中に奴隷の姿が無い、恐らく捨て駒として消費されてしまったのだろう……本当に道具としてしか見ていないのだな。


「どうだ、美味しかったかカイル? パラライズポーションの味は?」


 俺はクロネに終わったよと合図を出した。

 距離を取っていたクロネが駆け寄ってきた。


「うわわ~、ほんとに麻痺ってる!」


 クロネはカイルの脇を指でつんつん突いたり、ラズの瞼を開いたりして遊んでいる。


「さて、もう分かってると思うけど、さっきのポーションにパラライズポーションを混ぜてあったんだ。でも、もしカイル、君がちゃんと謝礼を払ったら治してあげようと思ってたんだけど、まあ、やっぱりこうなったよね……」


「……!!」


 カイルは必死に抵抗しようとしている。

 だが、麻痺は解けない。


「無駄だよ。君達が僕を置いて行ったように、僕も君達を置いて行こうと思う。いいよね?」

「さんせーい!」

 クロネがテッドに向かって、べーっと小さな舌を出した。


「麻痺が解けるのは大体30分~50分くらい後かな、それまでにどれくらい集まるかわからないけど……」


 俺は『魔物の泉フリークス・クヴァレ』を取り出し、カイルの目の前で振った。


「これはね、魔物を呼ぶレアポーション、たぶん今の時代に作れるのは僕くらいかな?」


 カイル、テッド、ラズ、シーラ、その他のメンバー、順番に俺はフリークス・クヴァレを頭からかけていった。


 その後、荷物の中から魔法収納袋を取り出し、中に食料や水、手当たり次第に入れた。

 この袋には空間系魔法が施されており、見た目以上の収納量がある。


「こんなもんかな……。じゃあ、ここでお別れだね」


 カイル達の目に、初めて恐怖の色が浮かんだ。


「ふん! 散々こき使ってくれたお礼よ! あと、これはお尻触った分!」

 クロネはテッドの脛を蹴った後、みぞおちにボディブローを入れた。


「……‼」

 テッドが麻痺したままで崩れ落ちた。


「はぁーすっきりした! さ、行こ?」

「ああ、そうだな」


 俺とクロネはカイル達に手を振り、次の階層に向かった。


「ねぇ、魔物集まって来るかな?」

「ああ、でも、あと10分もすれば麻痺が解け始めるよ」


「え、そうなの?」

「うん、耐性があればもっと早いかもね。生き残れるかどうかはカイル達次第かな。まぁ、甘いって思うかも知れないけどさ……、俺もクロネもあんな奴らの死を背負う必要なんてないだろ?」


「ふぅん……、何か格好つけてる?」

「つけてない」


「……揉む?」

「揉まないっ!」


「「あははははは!」」


 俺とクロネは顔を見合わせて笑った。

 こんなに笑ったのは何年ぶりだろう。


 さぁ、進もう――。

 これから、俺は新しい人生を始めるのだから。

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