第5話 置き去りになった二人

「だ、だれ⁉」


 クロネが飛び起きて離れた。

 俺の顔を見て、驚いたように目を丸くしている。

 辺りを見回し、カイル達が居ないことを確認すると、自分の両手を見た。


「わ、私は置き去りにされたの……?」

「そうだ、俺と同じく用なし扱いってわけさ」


 俺は肩を竦めて苦笑した。

 クロネはハッと気付いたように足を見た。

 ピンク色の髪先がはらりと落ちて顔を隠す。


「あの、私の右足……折れて使い物にならなかったはずだけど……」

「……」


 俺は迷っていた。

 エクスポーションを飲ませたと言えば、俺の能力がバレてしまう。

 例え信じなかったとしても、クロネの中に何かしらの疑念を残すことになるだろう。

 だが、今はダンジョンから出る事が先決、その為には協力者が必要だ。


「実は……俺もさっきまで気を失っていて、良くわからないんだ」

「じゃあ、何で私を抱きかかえてたの⁉」


「ああ、それは、最後のポーションを君に飲ませてたんだよ」

 空き瓶を人差し指と親指で摘まみ、目の前でプラプラと振って見せた。


「そっか……あ、ありがとう」


 恥ずかしそうに礼を言うクロネ。

 俺はいいからいいからと手を振った。


「それよりも、このダンジョンから協力して脱出しないか? カイル達が言うには、次の階層に転移陣があるらしいんだが……」

「……」


 クロネは俯き、静かに顔を左右に振る。


「無理だと思う」

「どうして?」


「次の階層に転移陣があるってことは、この階層にはゲートキーパーがいるはずだから」

「ゲートキーパーか……」


 そうだ、ダンジョンの中にはゲートキーパーと呼ばれる魔物が存在する。

 基本的に階層と階層を繋ぐ扉の前に現れ、パーティーで挑まねば勝てぬほど強力な力を持つ。


「最低でも手練れが八人は必要、とても私達だけじゃ……」

「そうだな、しかも俺はレベル0で、君は荷役だ、はは」

 俺は自嘲気味に笑った。

「はは、まあね。でも、私の奴隷拘束契約は外れた、これで自由に戦える」


 クロネは手を握ったり開いたりしているが、正直俺は期待していなかった。

 荷役で奴隷契約を結ぶってことは、俺に匹敵する程、取り柄が無いってことだ。

 

「そうか、君も外れたんだな……」


 特に気にとめず、自分の手首をさすった。

 まあ、でも俺一人よりはマシだろう。


「もし、良かったら水場を探すのを手伝ってくれないか? 俺は戦闘は出来ないけど、ポーションなら作る事ができる。どうかな、君にとっても必要になると思うけど?」 

「……うん、わかった。あなたには借りもあるし……、それに、今の私ならある程度戦えるはずよ?」


 クロネは両拳を胸の前で合わせて、ニッと笑った。


 *


「ほっ!」

『ギュェーーーッ‼』


 兎型の魔獣が断末魔を叫び、黒い霧となって消えた。

 クロネが構えを解き「ふーっ」と息を吐きながら、両拳を胸の前で合わせた。

 尻尾がゆっくりと揺れている……。

 

 あのポーズは戦闘前もやっていたな。

 精神統一とか、儀式的な意味合いがあるのかも知れない。


 それにしても……、なぜこれ程の体術の使い手が奴隷契約をしていたんだ?

 さっきからクロネの強さには驚かされっぱなしだ。


 獣人と言っても、頭に付いた耳や尻尾以外、人間とほぼ変わりはない。

 小柄で、見た目可愛らしい女の子だが、内包するエネルギーに満ち溢れていた。


 身軽な身体、独特な体捌き、だが攻めと受けで基本のパターンがあるように見えた。

 恐らく確立された武術である事は間違いないだろう。


「お疲れさま! いや、ホントに凄いな……」

「いやぁ、何だか身体がすごく軽い、こんなの久しぶりだなぁー」


 そう言ってクロネは、その場で数回ジャンプしたり、後ろ回し蹴りをビシッと決めたりしている。


 まぁ、エクスポーションを飲んでるからな。

 回復系では、一般冒険者が手にできる最高ランクのポーションだ。

 しかし、あの状態からここまで回復するとは……恐ろしい効果だな。


 急にクロネが鼻をスンスンと鳴らし始めた。


「どうしたんだ?」

「ん……、たぶん水場がある」

「ホントか⁉」

 よし、水さえあればこっちのもんだ。


「こっちかな? うん、こっちから匂ってる」


 まるで、犬のようにくんくんと形の良い鼻を上に向けながら、ダンジョンの奥へ進む。

 分かれ道も迷わず、先に進むにつれて、クロネの歩くスピードが上がっていく。


「お、おい、待ってくれ……」

「はやくはやく! もうすぐそこだよ!」


 クロネの背中を追いかけ、トンネルのような道を抜けると、目の前には地底湖が広がっていた。


「おぉ!」

「うわぁー!」

「やったなクロネ! これでポーションが作れる」

「うん、そうだね」


 ふと見ると、クロネが装備を外していた。

 薄暗いダンジョンの中で、白い肌がぼんやりと輝いて見える。


「ちょ⁉ ク、クロネ⁉ 何を……」

「え? いや、さっぱりしたいから」


 何を言ってんのという顔で俺を見ながら、くんくんと自分の身体の匂いを嗅いでいる。


「いや、その、隠してもらえると助かる……」

「へ? あぁ、そっか。はは、ウチの家系は男兄弟ばっかりだったから、全然気にしてなかった」

 クロネはニヤリと笑った後、「ほっ!」と湖に飛び込んだ。


「ぷはーっ! きっもちいいーーー!」


 湖の中から手を振るクロネから、目を背けつつ軽く手を上げて応えながら、持っていた空き瓶に水を入れた。


 だから、見えてんだっつーのに……。


 ストックできるのは三本か……。

 一本は緊急回復用にエクスポーションを作るとして、残り二本はどうするか?


 ポーションマスターの能力なら、作成までのタイムラグはない。

 今、無理に決めなくとも、その場その場で選択する方が……いや、万が一何らかのトラブルで直接瓶を手にできない場合、ポーションを作ることができない。遠隔で作れれば一番良いのだが……流石にそれは高望みが過ぎるな。


「ねぇ、クラインも水浴びしてくればー?」


 湖から上がったクロネが、ぶるぶると髪を振って水を飛ばした。

 濡れたピンクの髪先が、白く美しい首筋に絡む。

 ヒカリゴケに照らされた湖面でライトアップされ、俺は一瞬、目を奪われそうになった。


「ああ、そうだな……って、ちょ! 何か着ろ……あ、そうか干しているのか、すまん」

「火があれば良いんだけどねー、私は魔法が使えないから」

「……」


 ファイアポーションなら火が起こせる。

 だが、それを使えば、俺の能力を知られてしまう。


 どうする……ここまでの戦いを見る限り、クロネは俺を守ってくれていた。

 悪い奴では無さそうだし、信用してもいいのだろうか……。


「さ、早く入ってきなよ、私が見張ってるから」


 もはや何も隠そうともせず、干した服の横にクロネはちょこんと胡座をかいて座っている。


「……ちょっといいか?」

「ん?」

「助かったら、何をしたい?」


「どしたの、急に?」

「あーいや、ごめん。忘れてくれ……」


 俺は薄汚れた服を持って、湖に入った。

 服を湖で洗いながら、ついでに服をタオル代わりにして身体も洗った。


「はぁ……」


 クロネの方を見ると、彼女は背中を向けて辺りを見張ってくれていた。

 しかし、素っ裸で仁王立ちとは恐れ入る。

 ダンジョンの地底湖で全裸の獣人少女が立っている光景なんて、二度と見ることがないだろうな……。


 って、俺は何を考えてるんだ!

 そんな悠長なこと考えてる場合じゃないぞ。


 脳裏に父や兄の顔がフラッシュバックする。

 カイル達の意地悪い笑顔もちらついた。


「レベル0のお前に、何が出来る?」と、笑われているようだった。


 ――クソッ、集中しろ!

 今はゲートキーパーを、どう攻略するかだけに集中するんだ。

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