第4話 100万本目の祝福
岩壁に凭れながら休んでいた俺の所に、カイルが酒を持ってやって来た。
「よう、クライン。お前も貴族の坊ちゃんにしちゃあ、良く頑張ったなぁ、感謝してるぞ? さぁ、こんなクソみてぇな日々も、もう終わりにしようぜ?」
カイルが笑顔で差し出す酒を見て、さっと、血の気が引いた。
まだ、ポーションは要求通り作れている。
日常的な暴力にも耐え、進んで雑用もこなしていたのに……。
「……り、理由は?」
俺は恐る恐る尋ねた。
「次の階層で地上に戻る転送陣がある、今回の討伐はかなり稼げたからな……、俺達は街へ戻ったら次のステージに上がる。王都へ向かう予定だ、凄いだろ? ま、今度はちゃんとした回復役を雇わなきゃな。奮発して賢者でも雇うか? わはははは!」
「そうか……俺はもう、用なしってわけか」
「何だかんだ言っても、お前に助けられた事もあったんだぜ? ま、払った以上の対価は十分に貰った。まったく俺は、良い買い物をしたぜ。なぁ?」
カイルの目に、同情や哀れみと言った感情は一切なかった。
人としてでは無く、ただ、使い慣れた道具を見るような目で俺を見ていた。
「……わかった」
「はは! 最後までお前は本当に良い子だな、よし、クライン。あれは餞別だ、遠慮無く取っとけ」
カイルは俺の背中を叩くと、親指で空き瓶と水を指さした。
ポーションを作る材料の余りだ。
もう、必要がないのだろう。
「あと、あの荷役を置いていく、好きに使うといい」
意味深な笑みを浮かべて、カイルは俺の背後に目を向ける。
カイルの目線の先には、負傷した獣人が蹲っていた。
確か、クロネと言ったか……、彼女も俺と同じ奴隷拘束契約を結んでいるとカイルが言っていたな。
使えとはそういう事か……最後まで本当にゲスな連中だ。
「じゃあな、運がよけりゃまた会おうぜ兄弟!」
バシッと背中を叩き、カイルが立ち上がった。
「あー、ばー、よっ!」
「おらっ!」
「じゃあなっ!」
テッドとメンバーが順番に蹴りを入れてきた。
「グハッ!」
「「わははは!」」
その光景を、隊列に加わる他の奴隷達が、悲痛な面持ちで見ていた。
蹲る俺を置いて、パーティーメンバーは次の階層を目指し出発する。
「くっ……」
俺は腕の力だけで、空き瓶の入った木箱のところまで這っていく。
痛っ……、こりゃ肋骨が折れてるな。
瓶を手に取り、片手で水を入れて念じる。
水はポーションに変化した。
「んぐ……んぐ……ぷはぁっ!」
効果は薄いが無いよりマシだ。
俺は次々にポーションを作っては飲んだ。
かなり身体が動くようになってきた。
やっと立てるようになり、空き瓶と水を岩陰に運んだ。
ふと見ると、俺の両手に刻まれていた奴隷印が消えていた。
はは、今更それが何だと言うのか。
こんな状態で魔物に襲われればひとたまりも無い。
何とかして、次の階層に辿り着かねば……。
「うう……」
クロネが微かなうめき声を漏らす。
彼女を中心に血溜まりができていた。
血を流しすぎだ。
もう、長くは持たないだろう……。
俺もこいつも、ここで死ぬのだろうか?
こんな誰も居ないダンジョンの中、人知れず朽ち果て、砂に還るのか……。
「クソッ!!」
残っていた空き瓶に水を入れた。
「これが最後の水……」
俺の人生とは何だったのか?
ポーションを作る、ただ、それだけの人生だった。
全ては、レベルキャップが発動したあの15才の誕生日、俺は何もかもを失ったのだ。
いや、失ってなどいない、最初から、俺にはポーションを作る以外、何も無かったんだ……。
せめて、こいつを……少しでも楽に死なせてやろう。
俺はクロネの傍に寄り、抱きかかえた。
「う、うぅ……」
クロネは血で汚れ、異臭を放っていた。
まあ、汚いのはお互い様か……。
顔を拭ってやると、意外に綺麗な顔立ちをしていた。
まだ幼さの残る顔、この若さで奴隷なんて、一体、お前に何があったんだろうな……。
奴隷同士に会話は無かった。
俺達はただ、抜け殻のように、道具として自ら振る舞うことで、ちっぽけな自我を保っていたのだと、今更ながらに思った。
「待ってろ、今ポーションを飲ませてやる」
最後くらいは看取ってやるさ。
無能な俺がしてやれることなんて、それくらいだからな。
そう自嘲しながら、最後のポーションを作った、その時――盛大なファンファーレが鳴り響く。
「な、なんだっ⁉」
『レベル0のまま、他人のためにポーションを100万本作成の条件を達成。
頭の中に、
「は?」
い、今のは……⁉
何が起こったんだ?
――心臓が暴れる。
アドレナリンで震えた手で、俺は目の前にある普通のポーションを手に取った。
その瞬間、何を考えるわけでもなく、自然と自分が何を作れるのかを理解した。
まるで、昔から知っていたかのように、自らの知識として『わかる』のだ。
「こ、高位ポーションを自由に……?」
世の中にあるポーションには様々な種類がある。
俺が作ったそこら辺で手に入るポーションは【回復】のカテゴリに入るものだ。
他にも能力を一時的に向上させる【強化】、対象の精神に作用する【操作】、対象に物理的変化をもたらす【変化】、特別な効果を持つ【特殊】があり、その五つの系統から派生した、多種多様なポーションが存在する。中には、俺もその存在すら知らなかった伝説級のレアポーションがあった。
時間制限付きだが、潜在能力を覚醒させる『
野獣のような狂戦士へと変貌させる『
意識を極限まで高め、体感時間を大幅に変える『タイムブースター』
恐ろしいまでの力を秘めたレアポーションは、その希少性ゆえに普通の冒険者では手に入らない。
だが……。
「は……はは……あーっはっはっはっは!!!」
笑いが止まらない。
腹が捩れるほど笑った。
涙が、とめどなく溢れた。
「……はは、ははは! レベルキャップなんて関係ない!!」
可能だ、この力を使えば可能だ!
例え伝説級のレアポーションでさえ、俺の手にかかれば何度でも、何本でも……。
それこそ、息を吐くように生み出せるのだからな!
復讐、真っ先にその言葉が俺の脳内によぎった。
だが、ふと気付く。
この能力を得たとしても、俺のレベルは0のままだ……。
――背中に冷たい汗が流れた。
もし、ポーションを飲む前に攻撃されたら?
もし、ポーションの効果が切れたら?
もし、寝ている時に襲われたら?
くそっ! 駄目だ駄目だっ!
何を浮かれていた?
例え最初は順調に行ったとしても、一人では、いずれ捕らえられポーション奴隷に戻るだけだ。
しかも、今度は永遠に幽閉され、死ぬまでレアポーションを作らされるに決まってる……。
俺は力を付けなければならない。
この力を最大限に利用し、二度と自分を奪われぬために。
そうだ、俺はもう、リンデルハイムの名は捨てたんだ!
自分の居場所、自らが統治する領地を手に入れる!
自分の人生を、自らの手で切り開く!
そのためには仲間が……、強く、信頼の置ける仲間が必要だ。
――握り締めたポーションが、エクスポーションに変わった。
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