第3話 奴隷拘束契約
――リンデルハイム家を出て三年が経った。
人間、後が無ければ何とかなるもので、俺は家を出てしばらくの間、薬草を採ったり、手頃な魔獣を狩ったりと、冒険者の真似事をしながら糊口を凌いでいた。
ある日、酒場で知り合った胡散臭い男から、ウチのパーティーで働いてみないかと誘われた。
「なあに、ポーションを作るだけの仕事だ。戦闘には加わらなくていい」
丁度、自分一人でやっていくのにも限界を感じていた頃で、ポーションしか作れない俺にとっては、願ってもないチャンスだと、特に考えもせず、その日のうちに契約を結んだのだ。
それが奴隷拘束契約とも知らずに――。
*
「ぐふぅっ⁉」
腹に喰らったテッドの蹴りで、身体が一瞬宙に浮いた。
重戦士の職能を持つテッドは筋骨隆々の大男で、足は丸太のように太かった。
「ったく、ちゃんと作れっつてんだろーが! このレベル0のクソ無能が!」
ガシャン! と、岩壁に当たった瓶が割れた。
「おい、テッド! やめろ、その瓶もタダじゃねぇんだぞ?」
偵察役のラズがうんざりしたような顔を向ける。
盗賊らしく小柄で身軽なラズは、高い岩の上に片足伸ばして腰掛けている。
「チッ! こいつがロクなポーション作らねぇのが悪いんだ……、よ!」
「ゴフッ!」
再び蹴られた俺は、地べたに這いつくばった。
息が止まり、全身から汗が噴き出す。
血の混じった胃液を吐きだした。
「おい、殺すなよ! まだまだそいつにゃあ、ポーション作ってもらわねぇといけねぇんだ!」
俺を買った男、パーティーリーダーのカイルがこっちに向かってきた。
職能は『戦略家』で抜け目ない、狡猾な男だ。
テッドのように、ただの乱暴者とは違う。
カイルは、目的次第で、自分を乱暴者にも気の弱い臆病者にもできる。
それを躊躇せず、恥とも思わない。
そんな男だった。
しゃがみ込み、カイルが俺の顔を覗く。
ゴツゴツした強面の顔――。
微笑んで細くなった目の奥に、氷のような冷たい色が見え隠れしていた。
「おい、クライン、しっかりしろよ? ポーションだけがお前の取り柄だろ? それが作れないってんなら、置いてくぞ?」
「ははは! そりゃいいや、こいつじゃ地上に戻れねぇだろうしよぉ」
テッドが挑発するように笑った。
「つ、作……ます……」
痛む身体を押さえながら俺は答えた。
口の中がズタズタで上手く喋れない。
「よーし、その意気だクライン! さすがは、かの大貴族様の血を引く男よ! はーっはっは! そうだ、褒美にポーションをやろう、飲め」
カイルは懐からポーションを取り出し、強引に俺の口にねじ込む。
「お前の作ったポーションだけどな、味わって飲めよ?」
「うぐっ……うっ」
い、息が……できない……。
「ブハッ! オホッ、オホッ……!」
俺は息が出来ずに、ポーションを吐き出して咳き込んだ。
「ようし、クライン! これで大丈夫だ、さ、明日も頑張ってくれよ?」
瓶をポイと後ろに投げ捨て、カイルは犬でも撫でるように俺の頭を撫でた。
「「わはははは!!」」
パーティーメンバーが一斉に手を叩いて笑った。
連中は気が済んだのか、焚き火の場所に戻っていく。
俺は地面に転がるポーションの瓶を手に取って飲み干した。
傷が回復していくが、治りはあまり良くない……。
このクオリティならキレられて当然とも思えたが、そんなことはどうでもよかった。
薄汚れた、震える手を見つめていると、自然と涙がこぼれた。
「くそ……なぜこんなことに……」
遠くで酒盛りを始めたメンバーを背に、俺はひとときの眠りについた。
*
ダンジョン探索は順調に進んでいた。
カイルのパーティーは、ガラは悪いが腕の方は確かだった。
ポーション奴隷の身とはいえ、こうして長く時間を共にしていると、彼らの流儀というか、そういうものもわかってきた。
カイルはその狡猾な性格とは違い、圧倒的火力でゴリゴリに押していくスタイルだ。
彼の戦い方には一つだけルールがある、それは――数だ。
数の優位性が保てない状況をカイルは許さなかった。
常に徹底し、例えどんなに相手が弱い魔物でも数で勝らない場合、ためらわずに撤退した。
逆に頭数さえ勝っていれば、格上の魔物でも迷わず向かっていく。
メンバーの武器と防具には金を掛けるが、それ以外には殆ど金を出さない。
回復役の僧侶や白魔術師もいないし、賢者もいない。
パーティーの中で魔法が使えるのは、高火力の黒魔法が使える黒魔術師だけだ。
主戦力は重戦士のテッド、盗賊のラズ、黒魔術師のシーラの三人。
それぞれに部下を持ち、仲間というよりは金で繋がった一匹狼達の寄せ集めといった印象を受けた。
では、回復はどうしているのか?
この三年、用済みになった回復役が、容赦なくダンジョンに置き去りにされるのを何度も見た。
このパーティーでは、俺のようなレベルキャップが発動した錬金術師や白魔術師を安く買い、使い潰すのだ。
低レベルの回復魔法でも回数を掛ければ良い。
粗悪なポーションでも数を飲めば良い。
カイルの方針は徹底したコスト重視である。
だが、良心がある者には、とてもじゃないが無理な運用だと俺は思った。
月日は流れ、ついに目当てのアイテムである『魔法収納袋』を手に入れたカイル達は、ダンジョンを出る事になった。
袋は人工的に作られた魔導具としても売られているが、ダンジョン内で手に入る物は収納量が桁違いなのだ。
俺を含めた下っ端の奴隷達は、内心穏やかではいられなかった。
なぜなら、俺達をそのまま連れて行くこと自体、
しかも、一瞬で外に戻れる転移魔方陣のある階層はすぐ近く……。
傷を負った者や、魔力枯渇した者は捨てられる可能性が高い。
一番恐ろしいのは、好き嫌いや人間性の問題では無く、カイルに取っては、これが単なる損得勘定ということだった。
俺は薄暗いダンジョンの中を進む。
戦々恐々としながら隊列に並び、無言で地面を見つめながら神に祈っていた。
そして、撤退を始めて三日目――、恐れていたことが起こった。
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