第2話 冷めたスープ

 静まりかえった食卓。

 陰鬱な空気の中、三人の兄達は黙々と、目の前の食事を胃袋に収めていた。


 上座に座る父とは、あれ以来口を聞いていない。やたらとため息が増え、僕を見る目は冷たく、眉間には深い皺が刻まれるようになった。


 全部、僕のせいだ。

 何の役にも立たない、お荷物になってしまったから……。


 レベルキャップは非情だった。


 これから何をどう頑張ろうが、僕の能力が向上する事はない。

 しかも、レベル0でレベルキャップが発動するなど、長い歴史の中でも前代未聞らしい。

 もう、僕の世界は完全に終わってしまったのだ……。


「父上、そう気を落とさぬとも、当家には我らもおりますし……」

 長兄のアベルが、父上の機嫌を取ろうと口を開いた。


 アベルの職能は体格の良さとは真逆の算術士、レベルは142。


 小柄な次兄のボリスは、竜騎士。レベルは167。


 そして、やや肥満気味の三兄、ラルドの職能は開拓士。レベルは98。


 貴族のレベルキャップは平均で60、低くても40後半。

 当主である父上のレベルは400を超えているが、まだレベルキャップに届いていない。

 兄達は皆、リンデルハイムの名にふさわしく、平均以上の優れた能力を有している。

 ちなみに、レベルの確認は祭司に頼む場合もあるが、普通は目を閉じて、天に訊ねる方法が一般的だ。


「はぁ……、箝口令は敷いたものの、あれだけの面々が見ていたのだ、もう……、噂になっている頃だろう」


 大きなため息をついた後、父は唐突に告げた。


「――そこでだ、クライン。お前はもう、リンデルハイム家には必要ない」

「えっ⁉」


 瞬間的にぎゅっと顔面が強ばり、持っていたパン切れを落とした。


「今日これより、貴様はリンデルハイムを名乗ることを許さん。当家と一切の関わりを絶ち、何処にでも消えるがよい……」

「そ、そんな! 父上!」

「この痴れ者が気安く呼ぶな! 私はもう貴様の父ではない! リンデルハイム公爵家15代当主、アルン・リンデルハイムである!」


 僕を見据える父の瞳には、一切の感情の色は見えない。

 あれほど慈愛に満ちた目を向けてくれた父は……あれは全部嘘だったと言うのか?


 信じられなかった。

 確かにレベル0など、何者にもなれない出来損ないである。

 だが、それでも血の繋がった家族だけは、自分の味方になってくれると信じていた。


「命までは取らん、己が身は自分で守れ、よいな」

 父は冷め切った目を向け、食堂から立ち去る。


 俯き、唇を噛みしめた。

 甘かった……。

 幼い頃からの努力は全て無駄になってしまった。

 だが、それは元々、僕がリンデルハイム家という恵まれた境遇に生まれたからこそ出来た努力。


 僕が自分だけの力で得た物など、何一つない。

 天が万人に与えるはずのレベルさえ、僕にはないのだから。


 わかっている、貴族に生まれたからには『力』こそが、貴族であるが為の生命線。

 力なき者に居場所などないことも……。


「そういう事だ、クライン。まあ、同情しなくもないが、ここはお前の居る場所ではない、後の事は心配せず、お前は自由に暮らせばいい」

 アベルが言うと、ボリスが鼻で笑った。

「……ふん、外でリンデルハイムの名を汚すなよ?」

「兄さん達、最後なんだからそんなに言わなくても……」

 ラルドが二人を宥めようとするが、逆効果だった。


「ラルド! お前もリンデルハイム家の者としての自覚を持て! こんな出来損ないに構う暇があれば、さっさと領内の治水工事を終わらせろ!」

 ボリスの一声に、ラルドは身を震わせた。

「ひぃっ……すみません!」


「……クライン、食事が終わったら、さっさと出て行け」

 兄達はそう言い捨てると食堂を出て行った。


 残ったラルドが苦笑し、

「許せクライン……。達者で暮らせよ」と二人の後を追った。


 一人取り残され、ただでさえ静かだった食堂は、さらに静けさを増す。

 冷めたープに映った情けない自分の顔を、そっとスプーンで掻き混ぜた。


 レベル0の僕が持つ唯一のスキルは、ポーション作成だけ……。

 とても、外の世界で生きていけるとは思えなかった。


「クソッ!!」

 テーブルに並んだ食器を手で払いのけた。

 派手に皿の割れた音が響き、使用人達が慌ててやってくる。


 僕は座ったまま、食器を片付け始める使用人を見つめた。


「これが最後だ……許せ」


 食堂の壁に掛けられた肖像画の中で、亡き母上だけが幸せそうに笑っていた。

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