八章 三柱目
「ボートを借りられるのですね。三人用でしたら、スワンボートと通常のボートの二つがございますが、どちらになさいますか?」
料金表を見るとスワンボートの方が高いが、せっかく御虎が興味を持ったのだから、そっちの方がいい気がする・・・。
悩んでいる間に、沙紀が三千円を出しながら、スワンボートを借りていた。
「使い方がなってないよ、糀。お金ってのはね、使えるタイミングがあったら使うんだよ。使う理由が仲良い人なら余計にでもね。」
得意げな顔で三人分を支払う沙紀であった。かっこいい。
「あ、糀は自分の分返してね。」
やっぱりお金の使い方は慎重にしないとね。
ボートを漕ぐ係は、男として名乗りを上げようと思ったのだけれど、御虎がやりたいと言うのと、神様がその方がいい。というものだから、譲る形となった。
乗る前にライフジャケットを着させられて窮屈そうにしていたけれど、御虎に何か変化があったりはしなくてよかったと思う。なぜそう思ったかと言うと、自分自身が少しイライラしだしているからである。理由?そりゃ、荒魂を物質的に渡されたのに、手元にない事がその理由だろう。
・・・急がないと人に戻れなくなったりしないよな?
「あれ?糀?荒魂は?」
「多分、取り込んだか取り込まれたかのどっちか、急ごう、ルールは分からないけど、人に戻れないのは困る。」
やっぱり早口だし、普段よりもイライラしているようだ。面倒だな、荒魂って。
御虎はかなりの速度で湖の真ん中あたりまで飛ばしてくれて、本人も楽しそうにしている最中である。
「着いたよコージ!こことってもきれい!」
「ありがと、ちょっと行ってくる。」
誘われるように、操られるように、心配されることなど気にせず、一人で勝手に湖に沈んでいく。
後ろで驚いている声が聞こえるが、足の裏のその向こうなので気にして帰ることもできない。神様が説得してくれるのを期待しよう。
「おい、龍?いるのか?お使いに出されて、これ渡しに来たんだ、とっとと受け取ってくれ。」
面倒なことになる前に早く手放したい。
『玉だけを落とせばいいものを、なぜわざわざ。』
「しるか、勝手に入り込んできたんだ、取り出して早く戻してくれ、友達が心配してるんだ。」
だめだな、普段通りじゃないし、神様も、荒魂を持ち合わせてたらとっくに殺されてるかもしれない。
『迷惑をかけたのは俺だったか、であればこちらが忖度するのは当然だな。此度の無礼は忘れよう。というか、取り込んだ荒魂のせいなれば、その無礼すら俺のせいだな。許すとしよう。そして、無事に友の元に返してやろう。』
意識が青く沈んでいき、冷たい海の底に到達する感覚の次に、プラスチックの椅子に座っている感覚を覚える。
「糀!糀!」
・・・名前を叫びながら頬をビンタする友人も覚える。
「おはyぶっ」
「あっ、糀!!」
「絶対最後わざとだったよね⁉わざとだよねあれ⁉」
「・・・神様?記憶飛ばせる場所ってどう殴ればいいの?」
「やめろ!許すからやめろ!」
「コージ、竜神様どうだった~?」「ま、攻撃力は好撃力ということだ」
「わからないっす神様。あと、竜神様めっちゃ穏やかだった。多分本来は違うと思うけど。」
でもまぁ、神の心を運ぶなんて、もうこりごりだな・・・。取り込むにせよ取り込まれるにせよ、どっちもごめんだ。
「そうか、まぁ、三人のなかじゃ一番神食が進みずらかったからの、許してくれ。」
「そういう事なら理解はしておきます。」
「許せぬなら許せんでもよいがな。」
「許す許さぬじゃない存在が言います?」
・・・てあれ?神様が見えてる。天井に座ってる。
「んあ、それはあれだ、高位の術を試して出来たら、下位の術が楽になるようなものだ。」
「私もそんなことあったな~。」
御虎が懐かしそうな声を出すのはレアかもしれない。
「ま、終ったしいいか。」
「糀、御虎ちゃん、やる事終ったならこのままボート楽しもうよ。」
「「もちろん!」」
「わしは眺めさせてもらうよ。」
涼しい中ではあるが、陽を遮る雲は無いので、実質的にバカンスである。御虎は変わらず浮かれて、見たいものを見つける度にスワンボートを進めては止めて、止める度に沙紀は全員が映る角度や、一人を狙って撮ったりしている。俺は、楽しそうな二人を見たり、きれいな自然を眺めてぼーっとしていた。
「・・じ。・・うじ。糀。いい加減起きて?」
再び叩かれながらの起床である。言っても止められない事がわかったので、叩いている手首をつかんで無理やり止めてから声を出す。
「おはよう。心地よすぎた。あれ寝ないの無理だわ。」
「楽しかったもんねぇ。」
御虎、声音が穏やかなのは眠いだけ?。
ボートを降りて、桟橋から帰る途中で、既に御虎は眠そうにしていたので、近場の飲食店で休ませることにした。もちろん、沙紀に見てもらいながらである。
「糀は?」
「俺はもう一回神様のところに行ってくるよ。ちゃんと届けたって言いに行った方が良いでしょ?」
今の言葉、「いい」がいっぱいあったな。
「そっか、分かった、待ってるから早く戻ってきてね。」
そうして別れて、神様はついてくるようだ。
「そこまで心配か?」
いいえ、なんとなくそう思っただけです。
「深層心理って、なかなか気付きにくいらしいぞ?」
・・・ちゃんと友達が居るんだから大丈夫ですよ。
「言い聞かせておる。ま、心配のし過ぎも失礼だからな。」
説教かなにか、名前を出さないまま特定の人の話をしていたら、あっという間に神社に到着していた。
「お疲れ様です。本当にありがとうございます。怪我などされませんでした?なにか人格が変わったりとかありませんでしたか?」
めっちゃ心配してくれる。
「今は特に何も。それより、ちゃんと渡せていたんですか?」
お金みたいに簡単に手渡す物なのだろうかと、少し不安ではあったのだ。
そんな疑問には、力強い男性の声が答えた。
「あぁ、おかげで精霊にならずに済んだ。感謝する。」
「竜神殿にしては、随分と素直でいらっしゃられるのですね。」
神様、なにか、因縁がありそう。
「理由はいくつかありそうですけど、弱っているのが一番でしょうね。」
男神を見て笑いながら説明してくれているが、肝心の男神はどこかいたたまれなさそうである。
「鳥や湖に住む怪の類に助けられることはあったが、人に助けられるのはこれが初めて・・・。いや、生まれを除けば初めてだな。あらためて感謝する。」
「助けになれたのなら光栄です。龍の神様って、男子にとってロマンですから。」
「浪漫・・・この地にその風流が来たこともあったな。今だとあの船が近いか?」
男神が指さす先には、とても小さいけれど、海賊船を模した遊覧船が湖を渡っていた。
「ですね。」
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