七章 二柱目


 翌朝、ちょっと早めに起きようとアラームを掛けたつもりだったのだが、初めに聞いたのは御虎の声だった。

「こ・・・。こーじ。起きろ。もう朝だぞ?」

 頭が回らない代わりに体を起こして目をこする。

「ん、おはよ。今日なんかあったっけ?」

 そう言いながら思い浮かべてみる。昨日・・・昨日・・・。

「はこねに行くんだろ?」

「か、完全に忘れてた。ってかアラームは?」

 スマホを確認すると、通知にアラームが鳴っていたことを知らせるものがあり、アラーム自体はしっかりとつけていたらしい。ではなぜ?視界に入ったのはサイレントモード。バイブレーションも通知音もすべて鳴らさない。というものだ。

「壊れたのか?」

「いや、俺が使い方間違っただけだよ。」

 実際、中学のころもたまにやっていたのだ。御虎が居なければ確実に寝過ごしていた。

「ともかく起こしてくれてありがとう。箱根に行く支度しよっか。」

「うん、後朝食もだな。」

『わしの分は必要ないぞ。』

 もとより作るつもりなかったですけど?・・・なんでいるんだ。

「あ、神様だー。」

『今日行く場所はわしも行きたいのじゃ。なので君らに付いていくことにする。』

 そういえば昨日そんなこと言ってましたね。

 御虎と神様と喋り(?)ながら朝食と出発の支度をして、三島駅まで歩く。少し距離はあるが、むかしの人からしたら大したことないのだろう。御虎は全く疲れた様子を見せない。あと、日帰りなので荷物も少なくて済む。

 駅前のバス停に行くと、沙紀がすでに待っていた。

「女の子を待たせるなんて、それでも男の子?」

 と、したり顔で言っているが30分前である。

「さては一時間前から来てたな。寝坊したのに30分早く来れたことを褒めてくれ。」

「それは本当なの?なんでそんなに早くから?」

「楽しみだったからだけど?」

「楽しみでも一時間早く来ないよ。」

 沙紀と俺はいつも通り(?)だし、御虎と沙紀もいつも通りである。

 しばらく駄弁っていると後ろに数人並んで、それから目的のバスがやってきた。


 バスに乗って約50分。御虎が退屈を宣言するころに到着した。

 バスから降りると、御虎が最初に口を開いた。

「なんだ、さっきまでの山道とそう変わらないじゃないか。」

「そんなことは無いぞ。あっちに歩けば神社に着くし、こっちに行けば芦ノ湖がある。ほら。」

 指をさして方向を示した後、バス停から少しだけ歩くと、大きな湖が見えた。

「あ、すごい。久しぶりに見たけどやっぱり大きいね。」

「なんだかんだ来ることはあったけど、改めて大きいよなぁ。」

 なんて二人で感慨深く思っていたけれど。

「・・・乗れそうなでっかい白鳥は何なのだ?」

 と、スワンボートに目を付けた御虎様。

「あれを借りて湖の上を散歩できるのよ。まぁ、糀は乗ってくれないだろうけどね。」

「うんまぁ、どんなふうに頼まれても乗らないよ。」

「嫌いなもんとことん苦手だよね。」

「嫌なことを無理にする理由が無いもの。」

「みこちゃんに泣いて頼まれたら?」

「・・・無理なものを泣いて頼まないでくれと頼む。」

 自分でもちょっと無理があったのは分かっていたので、ふたりで笑ってしまった。

「いいもん、こーじが乗らないならさっちゃんと乗るもん。」

 ふてくされてる様に言っているけれど、俺としてはそちらの方がありがたい。

「でもまぁ、先にお参りして来ようよ。ほら、神様も来たし。」

 そう言うと、ばれちった。と言わんばかりに出てきた。

『いやすまん、隠れてみているつもりは無かったんだが、出る理由もなくて困ってたのじゃ。』

 気を使わせてしまってごめんなさいな。

『気にせんでええよ。』

「なんで神様関西風なんです?」

『あ、なんとなくじゃ。気にしないでくれ。』

 なんか恥ずかしそうだな。まいいや。

「先に神社行こ。用事あったのに遅かったじゃ、なんか悪いし。」

 三人と一柱で湖の見える道から神社に向かう。道中、と言ってもほとんどすぐなので、何かあったというなら神社の横に見学できる場所があったり小さな食事処があったりくらいだ。

「神様?着いたはいいけど・・・。」

『あぁ、ちょいと待っていると良い。おみくじでも引いて待っていてくれ。』

 おみくじか、久しく引いてないな。

「最近おみくじのある神社に行ってないから全然引いてなかったね。」

「三人ともそうだろうな。」

「おみくじってなんだ?」

 おみくじって平安時代に無かったのか・・・。と思っている間、沙紀は説明に迷っていたようで。

「えっとね、自分の運試しで引くこともあるけど、今の自分に必要なこととか、今後の自分がどうなるのか。っていうのが書いてある紙を引くこと・・・かな。」

 と言うとこちらを見てくる。

「すまん。おれもおみくじについては知らない。平安時代に無かったことに驚いてたくらいだ。」

「そうなのか・・・でも最近の人はそんな風には思ってないのか?」

 その視線の先には、「俺の恋愛のところ全然だったよー!」とか楽しそうにしてる三人の男性の集団がいた。

「最近の人間の良いところは、何でも娯楽にできることだ。それが短所だったりもするけどな。」

「そういうものなのか。」

「とりあえず、特別重く考える必要はない。気軽にできる占いみたいに思えばいいんだよ。」

 若干消化不良っぽさを感じるけれど、理解はできたらしいのでそれで良しとしよう。

他人や自分の事情が入り交ざった現代の価値観を、分かりやすく言葉にすることなんて、どんな時代でもできることじゃないだろう。

 早速、一回百円で引いてみる。

 三人とも引いたので、一斉に開く。自分のおみくじには末吉と書いてあった。

「俺は末吉だったよー。」

 末吉は特に面白みは無いけれど、運勢としては悪く無い方なので何とも言えない。

「私は大吉だったよ!」「私もー!」

 女子二人はどっちも豪運だな・・・。

「みこちゃん、ここ、ここ。恋愛のところ。」

 沙紀と御虎が自身と相手のおみくじを見合って楽しんでいる。俺は俺のを読んでみるか。

『願事:叶わず       争事:騙せ

 待ち人:居る       恋愛:一人に定めよ

 失物:人に問え、出る   病気:なおる 看てもらえ

 旅行:近場にせよ     縁談:他人に頼りすぎるな

 商売:順調 』

 と書いてあった。「居る」ってなんだ初めて見たぞ⁉って言うか、願事叶わないのかぁ・・・。

「みてみて、糀!全体的にめっちゃいいんだけど‼」

 興奮した様子の沙紀がこちらに見せに来る。見てみると本当にぜんぶ「うまくいく」みたいなことばかり書かれている。

「私のも見てー!」

 と、寄ってきた御虎のおみくじも、同じような内容だったので、くじの横に書いてある番号を見てみると、どちらも同じ番号だった。

 待ち人「いる」ってもしかして俺視点じゃない感じなのかな?

「待ち人ねぇ・・・いるってことは、もう知ってるだれかってことなんだろうけど・・・誰だろうなぁ?」

 沙紀がわざとらしく言っているけれど、そういう人でもいるのだろうか?

『おみくじはどうじゃった?』

 あ、神様。悪くはなかったですよ。

『ふむふむなるほど・・・。糀。わしのせいで大変にしてすまんな。』

 神様と話せるのは新鮮で楽しいですよ?

『そういうことか・・・まぁ良い、サクヤ。』

 神様がその名を呼ぶと、本殿から出てきたのか、一目見ただけで顎が外れそうになるほどの女性が出てきた。というか、神が姿を現したことに顎が外れかけたんだと思う。

「初めましてお三方。今日は一つのお願いを叶えてもらいたいと思い、姿を現しました。」

 美しい。というのだろうけれど、御虎も沙紀も負けず劣らず美人なのである。無意識で二人の方を見たら。

「なんだ?」「なんでこっち見たのよ。」

 と、軽く怒られてしまった。

「いや、なんか、俺の知り合い神話級の美人なのかなって・・・。」

 我ながら何言ってるかわかんないけれど、パニックになってることだけは分かる。

 とりあえず、話聞いてあげよっか。

『さっさと話すと良いぞサクヤ、こ奴ら惚気始めると止まらないからな。』

「え、えぇ。お願いというのが、この玉を芦ノ湖の深いところに沈めてきてほしいのです。」

 玉を沈める?竜神の何かなのか?

「えぇ、竜神の荒魂です。これがないままだと、無条件に恩恵を振りまいて弱ってしまうのです。」

 そしてそのまま・・・ってのを回避するためなのか。

「というか、なんで私たちに?」

 最も疑問な点を聞いてくれてありがとう沙紀。

「神は基本的に、鳥居の内側でしか動けないのです。なので多くの神社で祭られることがあるのですよ。」

 え、じゃぁなんでうちの神様こんな自由なの?

『わしが御虎を神域としているからじゃ。いつでも助けられるようにな。ついでにおぬしも神域としておる。』

 鳥居が無くてもできるのか・・・。

「いえ、そういうわけではございませんよ。呪いと追尾の術を応用した独自の技術。でしたよね?」

『あぁそうじゃ。神とて自力で強くなることもできるのじゃ。』

「私は直系が神ですから、人の信仰によるところが大半ですけど、彼女は半人半神ですから、きっと神の中でもかなり自由なお方ですよ。」

 こう聞いてると、この二柱ってホントに仲がいいんだなって・・・。

「えぇ、というわけで、これをお願いしてもいいですか?」

 此花咲耶姫様が青色の玉を渡してくるのだが、御虎に頼みたい。

「御虎、沙紀と一緒にボートで言ってくると良い。」

「そんな大役貰っちゃっていいの⁉」

「俺にはちょっと荷が重いかなって・・・。」

「ボート乗るのが怖いだけでしょ。」

「まぁそうだけど・・・。」

 と会話してると、サクヤ様が申し訳なさそうに。

「えっと、あの龍神様、男神なので、男神の荒玉を男性以外が触れるとどうなるか私にも・・・。」

 マジか。逃げ道無くなったぞ。

『もとより逃がす気などないわ。諦めてやるがいい。』

 やるしかないなら、やるしかないのだ。諦めて荒玉を受け取る。

「その!代わりと言っては何ですけど、絶対に溺れない加護をつけておくので!ご安心してください!」

「ありがとうございます。」

 そっか、人を生かす加護はできるけど、重力に干渉する加護はさすがに難しかったか。溺れないという事はつまり、沈みはするという事である。

 ハッと思いつき、呼吸を止めてみる。うん、苦しくない。

「ねぇ、この子やけに呑み込みが早くない?人に化けた神の子だったりしない?」

『安心せい、ちゃんと人の子じゃ。特殊な事情はあるがな。それについてはそのうち話すよ。ほれ、分かったならさっさと行くがよい。』

「はーい、それじゃまた後で。」

 そんな会話で別れて、例のボートの場所へ向かうのだが、神社の売店にある『御朱印』という字が少し気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る