五章 ちゃれんじ!
御殿場線の上り電車に乗って、御殿場南で降りてから、バスに乗ってアウトレットに行く。思ったより待つ時間が少なくて、スムーズに行けた。
アウトレットに着いたはいいのだが、思ったよりも気温が低かったので、最初は上着を買いに向かった。さすがJKというべきか沙紀がおすすめの店に案内してくれた。
「せっかくだから、三人お揃いの上着にしない?」
「いい提案だとは思うけど、俺までそろえられるのか?」
「まっかせて!そのつもりでここの店に来たから!」
「さっちゃんがなんかかっこいいぞ!」
「わかる。頼りがいのある時ってかっこよく見えるよな。」
どや顔が照れ顔に変わったが、目的の上着の場所まで案内してくれる。
「この辺とかどう?」
そう言われて、勧められたのは、柄やポケットの位置は同じだけれど、色だけ違う上着たちである。
「あぁ、こういうのなら、俺でも問題なさそうだな。」
「ほんとだ。これなら余計に女の子っぽくならなくて済むな。」
そんな心配しなくていい。
「俺は・・・どの色にしようかな。」
「私はピンクにしよっかな。みこちゃんもピンクどう?似合うと思うよ?」
「へ⁉私こんな色の服着たことない・・・。」
「何事もチャレンジだよ!ほら着てみて!」
半ば強引に着せられているが、いつも通り楽しそうなので、今は自分の上着選びに集中しよう。赤とか蒼もいいけど、黒も灰色もいいな・・・。
「なんだ、まだ悩んでるのか?」
後ろから不意に声を掛けられて少しだけビックリした。
「あ、あぁ、ちょっと迷っててな・・・。」
「そうか、私はもう決めたぞ?」
こういうのって、普通は女子の方が長引くんじゃないの?
「この桃色、意外と気に入ったのだ。」
嬉しそうで何よりだ。
「そうだ、こーじも一緒の色着てみようよ!何事もちゃれんじだって、さっちゃんも言ってたぞ。」
「え、いや、男子がピンクはさすがに・・・。」
止める前に無理やり羽織らされていたし、何より、そんな楽しそうな御虎を止めようと思えなかった。
流れで着せられたのだが、思っていたほどに合っていないわけでもない・・・。
「あれ?糀?なんでピンク着てるの?別に似合ってないわけじゃないけど・・・。」
「でしょでしょ?私が着てみてって言ったんだ。」
「うん、まぁ、悪くはないな。」
それに、三人仲良く同じ上着なのも悪くはない。
「沙紀も同じにするのか?」
「え?うん。そのつもりだけど・・・。」
「それじゃ、俺もこれでいいかな。」
「おぉ!やっぱり何事もちゃれんじだな!」
「決まったなら貸して、会計済ましてきちゃうから。」
「え、あ、あぁ・・・。そういう事?」
「そういう事。」
そう言って三人分の上着をもっていく。
「どういうことなのだ?」
「あぁ、沙紀の家と、俺の家って仲良くてね、よく奢られるんだ。それも、沙紀の意志ってよりも、両親の意志が強くて、奢られる身としては、男としてふがいないばかりなんだけどね・・・。」
「つまり借金してるってことなのか?」
「ち、ちが・・・う、と思いたい。」
幼少期に将来を決められてたみたいな話しがあったけど、全部負債な訳が・・・。
「まぁ大丈夫だ。わたしもたくさんの借金を過去に残してきたからな!」
「それは堂々と言うことじゃない・・・というか、人のいる中で話すことじゃないから。」
人差し指を口の前に立てて、合図をする。御虎はなんとなく察したのか、その話はしなくなったが、
「前から思っていたけど、そのしぐさって、どこか色っぽいよね?こうしたら。」
御虎はこちらを見ながら自身の唇の前に人差し指をあて、同時にウィンクした。
そしてそれを直視した俺は地に伏した。
「なにしてんの糀?」
タイミングがいいのか悪いのか、沙紀が会計を済まして戻ってきた。
「御虎、さっきの、沙紀にも。」
言われるまま、御虎は、沙紀の心臓を打ち抜く。
「かわっ・・・。これは地に伏すわ。」
分かってもらえて何よりだ。
「ま、まぁ、それはそうと、みこちゃんも糀も早く着て。他の場所も回ろう。」
いつまでも御虎の可愛さで地に伏しているわけにもいかないので、立ち上がって上着を受け取り、着てみる。
「やっぱり、ちょっと変かも。」
沙紀はそう笑うのだが、自分としては、こういうものもたまにはいいと思う。
「そうなのか?」
「うん、糀はいっつも目立たない色ばっかりだから。ちょっと不思議。」
「もういいよ、ほら、早く行こ。」
なんだか恥ずかしいので、見て回ることを催促する。
外に出て、しばらく歩いて回っていると、模型の店が目に留まる。
「・・・糀、せっかくだから、見てくれば?」
バレていた。
「いや、今日は二人の荷物持ちにでもなるつもりだったし・・・。」
そう否定しようと思ったのだが、
「そんなに大量に買う予定もないし、私たちが服を見てる間、糀は暇でしょ?」
それは、否定はできない。二人の試着を見れるという点だけはメリットだが。
「まぁ、うん、そうだな。」
「それじゃ、糀はしばらく別行動ってことで、合流したい時は連絡するから、見たら急いでくるんだよ。」
「ハイ・・・。」
別行動が始まって、一人模型を見ていた。
特別、模型が好きだとか、模型を作るのにハマっているわけではないけれど、こういうものを眺めているのが楽しいのだ。御虎に聞かれたらはっきりと理由を答えられる自信がない。ただまぁ、なんとなく好きなのだ。
と言っても、そこまで長く眺めるほど好きでもないので、すぐに模型には飽きてしまう。次に向かったのは、本屋である。
ここはかなりの山の中なので、たくさんの新刊とか、同じ本が大量に置いてあったりとかはしないのだが、それはそれで一つの利点だ。古い本や、新しいけど知らなかった本に出会える場所でもある。
ここで多くの本を流し読みしていたら、スマホの通知音が鳴った。
『中央の時計台のところに居るから来てねー。』
すぐに『了解』とだけ打って、本は買わずに時計台に向かった。
時計台に着くと、二人がいる様子は無かった。きっと、通知に気付かないでしばらくかかるだろうと思っていたから、早めに集合場所を決めたのだろう。まぁ、たまにやるから不満は言えない。
赤く染まっていく空を眺めながら、ぼーっと待っていると、「あれ?珍しい。」という声が聞こえた。
椅子から立って、声の方を向くと、二人とも来た時とは別の服を着ていた。
「・・・・・・二人ともよく似合ってると思うよ。」
「ま、言えたから合格。」
若干恥ずかしいとは感じたが、言えるなら言いなさい。と言われていたので、実践してみた。やっぱり恥ずかしい。
「え、えへへぇ、そっかぁ、似合ってるかぁ。」
赤い顔を崩しながら喜ぶ御虎を見ると、なんだかもっと恥ずかしくなってくる。
「それじゃぁ、早いけどお夕飯にしよ。行く場所はもう決まってるの。」
「どこどこ?」
服の話は早めにやめたかったので、夕飯の話に食いつく。
「お夕飯は、ピザです!」
「ぴざ?」
「あのピザ屋か、俺もここのピザ屋は好きだぞ。」
「知ってるよ。みこちゃんの口にあうと良いけど。」
「何事もちゃれんじ。だな!」
興味津々である。
そのまま歩いて、すぐに話題になったピザ屋に着く。
店に入って、店員さんに人数を教えて、テーブル席に案内してもらう。
席に着いてから、御虎がそわそわしている。
「こーじ、あのでっかい壺はなんだ?」
まぁ、質問されるだろうとは思っていた。
「説明する前に、先に注文しちゃおうか、そんで、料理してるところ見ようか。」
テーブル席からも、調理場が見えるようになっているのだ。これは俺もワクワクしてきた。
「みこちゃんはどれにする~?」
当たり前のように御虎の隣をとった沙紀は、二人でメニューを開いている。俺もメニューを開こうとするのだが、
「糀はマルゲリータでいい?」
「え、あ、うーん、俺もちょっといろいろ見てみたいかな。」
「へぇ、みこちゃんに感化されちゃった?」
「まぁ間違いではない。」
実際、ちょっと食べたことないものも食べてみたいと思ってしまったのだ。というわけで見てみるのだが、やはりトマトが乗っているものばかりで、マルゲリータでもいいかな・・・。なんて思ってしまう。
「どれも知らないものばっかりだ・・・。」
沙紀と一緒に見ている御虎が言葉をこぼす。その声音は「たのしい」という感情をしっかりと乗せているように感じた。
「コージは何か決めたのか?」
「え?あー、まだちょっと悩み中なんだよね。トマトが得意じゃなくて・・・。」
「とまと・・・?」
「あぁ、赤茄子(あかなす)のことだよ。ほかには、晩茄(ばんか)とか小金瓜(こがねうり)とかって、言われてたと思うよ。」
「あぁ、道理で赤いわけだ・・・。にしても、あれが食べられるものだったのか・・・?」
個人的には好きじゃないけれど、一般的には好んで食べられている。だからまぁ、食べれるものではあるのだ。
「これを機に、もう一回くらい食べてみれば?感想変わるかもよ?」
昔から嫌いなので、トマトの乗っていないマルゲリータを頼んでいたのだが、逆に、トマトさえ食べられれば他は問題ないので、いろんな種類のピザが食べられる・・・。
「わかった。御虎、好きなのを一つ選ぶと良い。それを二人で食べて、問題なかったら、もう一個好きなのを選んで食べよう。」
「それいいなー。私も入れてよー。」
「もちろんだよ!三人で食べよ!」
既に決まっていたのか、沙紀がすぐにチャイムを鳴らし、店員さんを呼び出す。タイミングよく、お冷とお手拭きを持ってきてくれた店員さんが注文を聞いてくれる。
注文の確認を終えると、人が少ないからか、そのまま厨房まで届く声で品の名前を届ける。
厨房では、注文が来ることがわかってから動き出していたのか、既に生地を回していた。御虎はそれを楽しそうに見ていた。まぁ、俺も見てたけど。
二人だけでなく沙紀も見ていたのか、調理師さんはこちらを見てから、上機嫌そうに頬を上げると具をのせていった。そしてそれを、先に火をつけておいた窯の中に入れる。彼はそのまま裏に帰ってしまったが、窯の中は赤く照らされていて、若干だけれど、中も見える。
そんな風に見惚れていると、沙紀が声をかけてきた。
「みこちゃんはともかく、なんで糀まで見入ってるのよ。」
「だってほら、こういうの見る機会って意外とないじゃん!」
じゃっかん興奮気味だが、普段見れないものを見るのは好きだ。
「まぁ、気持ちは分からなくもないけど・・・。」
などと雑談をしていると、再び裏から調理師さんが出てくる。素早く窯の中から焼きあがったピザが引っ張り出される。生地と具の見た目入れた時よりもが全く異なっていて、焦げが無ければ、術によって変化させられたものじゃないかと疑いたくなるほどだ。
それはすぐに、皿に乗ってやってきた。
「お待たせしました。ごゆっくりとお楽しみください。」
丁寧にお辞儀をしてから去ってゆく。お辞儀された三人はピザしか見ていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます