四章 新しい日常
2日後、御虎は同学年で遠い親戚の身寄りのない女の子としてうちにやってきた。
一人暮らしだったはずの暮らしは正式に二人暮らしとなった。親が言うには「やっぱり、男の子の一人暮らしって心配なのよね。だから、家事ができる子がいたら安心できるし。万が一間違いが起こっても問題ないしね。」大問題だよ。
以前と変わらず毎日遊びに来る沙紀だが、ずっと御虎と二人っきりより全然いい。
問題はこの後である。
今はまだ春休み中だが、あと十日もしないうちに新しい高校生活が始まってしまう。そうすると、登校経路や時間、仲の良さから同居がバレる可能性もある。そんなことになったら同学年の男子からの嫉妬を一身に受けなければならなくなる。
それを避けるために色々と考えたけれど、必要以上に沙紀に迷惑を掛けたくないし、御虎を放っておくなんて論外だ。
そして今ここで発生してる問題は・・・。
「ねーねー、コージも制服着てみてよー。」
「そうよ、私たちだけ制服姿なんておかしいでしょう?」
「御虎も沙紀も勝手に着ただけじゃんか・・・。」
御虎と沙紀が制服を着てみたいと良い。この家で見せ合い始めたのだ。そして巻き込まれたのである。
「いいじゃない減るものじゃないんだから~。」
「それになんだかワクワクする~!」
「あと数日すれば嫌でも着ることになるんだから・・・。」
「ささ、そう言わずに~。」
制服と俺を部屋に置いて、隣の部屋に退散していく二人。
まぁ、気が乗らないけど着替えるか・・・。
戸の向こうからは楽し気な声が聞こえる。御虎ももう現代の女子だな。
さて、着替え終わったが、案外着心地が良かった。
「着替え終わったよー。」
と言いつつ戸を開ける。と、沙紀のスカートをめくって覗いてる御虎がいた。
「・・・あー、少なくとも今の俺には見えてないから。」
スッと戸を閉める。どうしてこんなことになってんだ。
「ねぇ本当に見えてなかったんだよね。」
戸の向こうから鋭く冷たい声が届く。めっちゃ怖い。
「見てないです‼」
「その心臓を賭けても?」
「見てません!」
嘘は言ってない。実際に見てはいないのだ。めくられているシーンは見たけど。
「ならいい。さっさと出てきて。」
渋々戸を開けて二人の前に出て行く。
「わぁ・・・」「おぉ・・・」
二人とも驚いた顔をしているけれど、俺はどんな顔をすればいいのかすらわからない。
「結構似合ってるなこーじ!」
よかった、無邪気な誉め言葉はめっちゃ気が楽になる。
「うん、ありがと。思ったより着心地が良くて・・・なんていうか、いいね。」
特別窮屈なわけでも、開放的すぎるわけでもない。かと言って華やかすぎたりするわけでもないので、なんとなく心が落ち着きやすい気がする。
「あ、え、か、・・・似合ってるんじゃない?」
「去年までとあんまり変わんないだろ。」
そう笑ったものの、照れてないというわけではない。というより、照れている沙紀をみて、俺が照れているのだ。
「・・・なんで二人とも赤いの?」
ほんと無垢だな・・・。
「このまま昼食ってわけにはいかないから、さっさと着替えるぞ。そんで、着替えながら昼食の相談だ。」
さっさと流れを決めないと気まずい時間が来る。という事を学んだので、昼食の話を振ってみる。
同じように、それぞれに部屋を分けて着替えさせる。御虎もなれてきたとはいえ、いまだに危ないときがあるらしいので、沙紀に見ててもらっている。
「着替え終わった~?」
ささっと着替え終えたので、聞いてみる。
「終わったー!」「私がまだだから待ってぇ‼」
状況がよくわかる声が聞こえるので、おとなしくしている。沙紀と御虎で二人暮らししてくれたら楽なんだろうなぁ・・・。その場合俺が蚊帳の外になるけど。
なんて考えていたのだが、不意に戸が勢いよく開いた音が背後で聞こえた。「あっ、」という沙紀の声とともに御虎が駆け込んでくるのが足音でわかる。
で、御虎と戸の向こうに着替え中の沙紀の姿があるわけで・・・。という想像は消しておこう。
「むぅ、なんでこっち向かないのさ~。」
「沙紀が着替えてる最中だろ。俺を呼ぼうとするなよ。」
「だって、この服、さっきさっちゃんにもらったばっかりだから、コージに見てほしかったんだもん。」
ほんということ可愛いな。でもだめだ。
「その言葉はうれしいけど、俺がお縄にかかってもいいのか?」
「こーじは別に悪いことしてないでしょ?」
「おう、そうだな。」
「じゃぁ、お縄にかからないよ。」
「女子の下着を見るのはよくないことなんだよ・・・少なくとも男子には。」
「・・・そういうものなんだ。」
若干納得できてなさそうだけれど、まぁ、価値観はそんなにすぐ変わらないだろうし、仕方がないのだろう。そこら辺の考え方とかは・・・次第に覚えてもらおう。
「そ、それで?お昼ご飯はどうするの?」
着替え終わったらしい沙紀が聞いてくる。安心して振り向ける。
「材料があるから、カレーでも作ろうかなって。簡単だし。」
それに、思っていたよりも時間が早くて、既に正午を過ぎているのだ。
「早く作れるし、私も手伝うよ。」
「私も~。」
という事なのだが、術の研究ばかりしていた御虎が料理をできるとは思えない・・・。という不安から、沙紀が御虎を見守る形になった。
御虎には野菜やら肉やらをちょうどいい大きさに切ってほしい。と指示したのだが、素材を渡した次の瞬間にできていた。
これには俺も沙紀も驚いたし、これはこれで便利なものだ。が、
「いいか、御虎。本当に必要な時以外に術は使わないでくれ。何か問題が起きたら解決できない。」
「・・・便利なのに?」
「便利すぎるから。の方が正しいよ。その存在を知って、自分勝手に使うために連れて行っちゃう人だっているかもしれないんだから。」
「・・・別に逃げるだけだけど。」
まったくこの子ったら。転位術くらいできそうだからこまる。
「それに、せっかくなら不便さも楽しんでくれると嬉しい。術がない一般人がどうやって生きてるのかを面白いと思ってほしいからさ。」
それを聞いて、耳をピンとさせて(実際には無いから感覚だが)、その発想はなかった。というような顔をしている。
「うん、それはそれでおもしろそう。やってみる。」
何とか術から逃れていた野菜たちに手を伸ばし、まな板の上に乗せる。
「私が見守ってるから、糀は自分のやりなさい。それに、たぶん慣れてるわよ?」
うすうす感じてはいた。包丁を探していたので渡すと、何と言うか、普通にできていた。俺も進めてはいたのだが、御虎が想像以上に上手で、鍋の準備ができる前にすべて切り終わっていた。
「切るだけならできるぞ?」
「侍みたいに言うな。うん、御虎は料理がかなり得意なんだな。」
「一人で生きていたんだもん。それぐらいできなきゃだよ。」
そういえば、当時じゃ嫁前だっけか。それなら当たり前なのかな。
「みこちゃん、これから一緒に料理の勉強していこう⁉」
「う、うん、私も、自分のための料理しかしたことなかったから・・・。よろしくね。」
あぁ、俺はこれから味見役に抜擢されるんだろうなぁ・・・この二人だからうれしいなぁ。・・・太らないように運動しなきゃなぁ。
あとは、時間を見て具を入れていくだけなので、何かが起こることはなかった。
ルーも入れて完成に近づいてくると、御虎が反応した。
「とっても香ばしいにおいがしてきた!すっごいお腹が空いてきた!」
「もうすぐ完成だろうね。」
「私もおなか減ってきちゃったよ~。そうそう、カレーって服に飛んだらなかなか落ちないから、飛ばさないように気を付けてね?」
「もっちろん!それにこの後は三人でお出かけだからね~。」
待ってそれ俺聞いてない。そう思って沙紀を見ると、「言われちゃった。」みたいな表情をしている。なんで俺にだけ言われなかったんだ?言い忘れてただけかな。
「どうしたの?お出かけするんでしょ?」
「うん、モチロンダヨ。」
どこか片言っぽい。
「その、そういうわけだから、糀も一緒に来てくれる?」
なんで若干弱気なの?可愛いかよ。行くに決まってるだろ。
「もちろん。」
その言葉を聞いて、いつもの表情に戻る。まぁ、これかなり喜んでるんだろうけどなぁ。
「だってさ、みこちゃん。三人で行けるよ!」
「それで、どこ行くのさ。」
「あぁそうそう、せっかくだから、また神様のところにでも行こうかなって。」
『それには及ばんよ。』
神様、唐突に表れる。
『神とは気まぐれなものじゃ。』
そういえば言ってましたね。
『まぁよい、わしに会うくらいなら、箱根の神に会ってきてやると良い。』
「という事は九頭竜神社ですか?」
『あぁいや、すまん、ちょっと違う。サクヤに会ってきてほしいんじゃ。』
「あぁ、箱根神社の主祭神の一柱の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)様ですか。」
『そうじゃ、わしの友人でな、話をしたらあってみたいと言い出したんじゃ。』
「もちろん行きたいですけど、今日は無理ですよ?せめて朝からじゃないと、帰ってこれなくなるので・・・。」
『そうか、電車とかなら行けるのではと思っておったのじゃが・・・。』
「朝から出ているバスがあるのでそれで行きます。電車は無い事は無いですけど、ちょっと遠回りなんですよ。」
『そうなのか、まぁ、しばらくはおぬしらに付いているから、呼んでくれれば出て行くぞ。』
そういうと消えてしまった。
「糀ってホントに詳しいんだね・・・。」
「んまぁ、好きだからなあ。」
「じゃぁいつ行く⁉明日?」
御虎はこれからのことより明日のことの方が楽しみらしい。
「そうだな、沙紀の予定は?」
「私?私は全然平気だよ。」
「そっか、じゃぁ、明日の7:30くらいにうちに来てくれるか?」
「わかった。」
「むぅ、私もそろそろ自分で着替え位できるようになったぞ?」
「パンツ履き忘れる奴が何を言う。」
「そ、それは・・・仕方ないのだ。」
「みこちゃんにそういうこと言わないの。」
「すまんすまん。」
そう笑うものの、朝起きたら「現代の服に一人で着替えれるようになったぞ!」と意気揚々と言ってきて、布団に引っかかって転んだら、スカートの中身が無かったんだもんなぁ。そりゃ驚いたし、放心したよ。かろうじて局部は見えてなかった気がするけど(不思議パワー)。
「まぁそうね、じゃぁ明日は良い上着持ってきてあげる。」
「やったぁ!」
ここのところ、御虎は沙紀の持ってきてくれる服に興味津々である。このままおしゃれな現代女子になりそうだな。
「でも大丈夫か?あんまり荷物になるようなら・・・」
「一着だけだから大丈夫!・・・そうだね、それじゃぁ、明日水筒用意しておいてよ。みこちゃんに服渡したらその分バックが開くからさ。」
「ん。そんなもので良ければ。」
「頼んだよ。まぁ、水でもお茶でも構わないわよ。ここの水はおいしいし。」
「まぁ、せっかくだから水出しの冷たいお茶を用意しておくよ。」
「おっと、焦げ付くと困る。」
割と時間がたっていることに沙紀が気付いて、すぐに火を消してから鍋の中を混ぜる。
「そういえばそうだった。おなか減った!」
「俺も~!」
「はいはい、御虎はスプーン持ってって、糀はご飯盛ってもらっていい?」
「はーい」「まかせてー」
しばらくこんなやり取りをしているので、二人とも慣れているようだ。
順調に昼食の支度を終えて、「いただきます。」と声をそろえて食べ始める。
「そういえば、この後どうするの?」
本当は神様のところに行く予定だったらしいが、その予定はなくなってしまった。
「大丈夫、元々アウトレットにも行く予定だったから。」
「あぁ、御殿場のでっかいとこね。」
「あうとれっとってなんだ?」
「昔みたいに言えば、市みたいなものかな。」
「市ってことは物々交換の場所なのか?」
「いいや、お金と交換する場所だよ。というか、物々交換する場所は、もうほとんどないんじゃないかな?」
「そうなの?」
「多分そうだよ。」
というわけで、午後の予定は決まった。
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