自然への愛
シラーの笑顔を、そういえばあんまり見たことがなかった。
俺と目が合うと、いつも苦しそうにキュッと小さくなったあと、不器用に、無理に笑う。それといつも、戦争の話を持ち出すんだ。
その日はネリネが死んだ日と同じようによく晴れていた。アマリリスが作ったパスタを、アマリリスと2人で食べた。そしていつものように、アマリリスの部屋に行き本を開く。菖蒲色の表紙の本。
だけどその日は、なにか違った。シラーが突然入ってきたかと思うと、話があると言いながら俺に近寄った。
「モクレン、ずっと、ずっと言いたかったことがあるんだ」
その緊迫した表情と、苦しそうに唇を噛む仕草に、俺はただならぬ不安を感じていた。
パスタで膨らませた腹が、妙に気持ち悪い。
「この写真を、見てほしいんだ」
手に渡された写真の端々がボロボロになっている。もう綺麗に写ってる人たちの表情もわかりゃしない。
けれど確かに、これは確かに、俺の知る「家族」だ。
「お前の父親は、俺の兄が殺したんだ」
顔を上げると、シラーは泣いていた。目にいっぱい涙を溜めて、なおも唇を噛んで、小刻みに震えている。なにに怯えているの?
「お前のそのピアスは、お前の父親のものだな?写真にうっすら写ってる。なあモクレン、俺知ってたんだ。ここで働こうとしたのも、薄い赤髪なんて髪色と、菖蒲色のピアスが俺を呼んでいたからなんだ。モクレン、なあ、許されないよな」
目からこぼれ落ちるその温かい涙が、シラーを苦しめていく。
「勝手でごめんな、全部知ってるくせに、俺はずっと逃げていた。ごめんなモクレン。きっと死んでも死に切れない、情けないよ、」
シラーはその場に崩れ落ちると、わんわん泣き始めた。
そうかもね。許されないかもしれない。
父親を奪われた、長く追いつけない痛みが、この20年間、俺をずっと溺れさせていた。
君の言葉を聞いても、俺の気持ちは変わったりしないし、父が帰ってくるわけでもないだろう。戦争とはそういうもので、たった1人殺したくらいで罪の意識に襲われる君たち兄弟を見ていると、俺は何だか情けないと思ってしまうよ。
シラー。いいんだ。このピアスは君の兄に殺されたアヤメ兵の物だ。そしてこの髪色は、ポポとアヤメの血を半分ずつ継いで現れた神秘の色だ。
それだけで終わる話なんだ。命が消え去ってもなお、君がそんなに抱え込まなくちゃいけない鉛じゃないんだ。
それに、Diamond lilyで働いてるときは、俺は本当に楽しくて、ピアスのことも父のことも君の兄のことも全て忘れて、屈託のない純粋な君が、俺の瞳に映っていたんだよ。
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