辛抱強い

その日タムシバさんがDiamond lilyに来たのは、閉店間際の時間だった。



「タムシバさんこんばんは」


駆け寄るとタムシバさんはそっと俺に微笑んでくれた。


「シラー。いいんだ、今日は少しだけネリネのことを考えていたいだけなんだ」



そう言うとタムシバさんは、入口から1番手前の、いつもネリネと2人で座っていた席に座った。


アマリリスは顔も上げずに掃除をしていた。モクレンは少しこちらを見ただけで、いつものようににこりともしなかった。








「シラー、アヤメが憎いかい」


「いえ...兄が死んだのは戦争が原因ですから。アヤメのことは憎くありません...ネリネのことも、ただ今は家族を失ったような気持ちで...」



タムシバさんは多分アヤメ出身だ。アヤメ人の特徴である、白髪と青い目。それとモクレンに似た形の、薄い唇。


今日は妙に静かだった。ネリネが死んだからじゃない。アヤメ人がまた1人、消えたからだ。戦争が終わって20年経った今も、誰も救われちゃいないんだ。







「君の兄は、ポポ軍だったね」


アマリリスとモクレンが裏に行ったその隙を、待ってましたと言わんばかりに、タムシバさんは話し始めた。


小さく頷くと、タムシバさんは笑みひとつ浮かべずに続けた。




「君は、兄が死んだ理由を知っている。違うかい」




言葉を失って、速くなる鼓動を感じ取る余裕もなかった。


「だから、戦争で、」


「アヤメ軍に殺されたのか?違うだろう?わかっているんだろう?」



頭が真っ白になって、タムシバさんの顔を真っ直ぐ見れなくなった。



「君の兄は、1人のアヤメ軍の兵士を殺したことを悔やんで自殺したね?」



タムシバさんは続ける。



「僕はね、君の兄が殺したアヤメ軍の兵士の実の弟なんだよ。兄が殺される瞬間を見ていた。そして、君の兄がその場で自分の頭を撃つ瞬間もね」








兄が死んだ知らせとともに、一枚の写真が届いた。兄が殺したアヤメ軍の兵士が持っていた家族写真だ。


兄は罪の重さに耐えきれず自殺したらしい。よくそんな根性でそこまで戦争の渦の中にいられたものだ。


写真には、殺してしまった兵士らしき白髪のアヤメ人男性と、ポポ人に多い赤髪の女性と、薄い赤の髪の小さな男の子が写っていた。






「なぜ僕がここに来ると思う」


タムシバさんの声が、頭に打ち付けられる釘のように痛い。


本当は全てとっくに知っていた。知っていながら、俺は全てを隠していた。



兄と同じように、罪の意識に溺れながら、何度も兄の墓前に行って、何度も何度も、助けてくれと叫んだ。






それでも、ここへ、Diamond lilyへ来ることがせめてもの償いだとわかっていた。

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