変わらない愛

青い瞳にパスタを食べる口を止められていると、高い音で入り口の鐘が鳴った。


3人で一斉にそちらを振り向くと、黒いあいつがそこにいた。






「シラー、今日はアマリリスが作ったパスタなの。一緒にどうかしら」


ネリネたちとは対照的な黒髪、黒目。彼はシラーという名前だった。俺たち3人と同じ、Diamond lilyの従業員だ。


「...いらない。兄さんのところへ行ってきたんだ。アマリリス、ベッド借りてもいいかな」


アマリリスの返事を待たずに、シラーは階段を上がっていった。


「お兄さんのところへ...今月もう3回目ね」


ネリネが寂しそうに俯いた。




シラーの兄はポポ軍の兵士だった。若くして戦場へ向かった彼は、終戦が告げられるその少し前にここドントで死んだらしい。


ドントといってもかなり広いので、シラーはいつも車で4時間かけて兄の墓へ向かう。シラーの兄が死んだその場所は、俺が戦時中に母と2人きりで身を寄せ合い、空腹と銃の音に耐え続けたあの街だ。





ネリネはいつも、シラーの兄のことを気にかけていた。


ネリネたち姉弟の祖国アヤメの敵国だったここポポ。そのポポ国の兵士であったシラーの兄。


会ったこともないシラーの兄を殺したのは自分の祖国アヤメの兵士。たったそれだけで、ネリネはいつも心を削っていたのだった。あと少し、シラーの兄が生きていれば、終戦を迎えられたのに。





パスタを食べ終わると、俺はアマリリスの部屋に向かった。アマリリスはたくさんの本を持っていて、俺とシラーはいつも店が開くまでの時間をここで潰すのが好きだった。


アマリリスのベッドに横たわりながら、彼は黄色い表紙の本を読んでいた。


「モクレン。もう20年経つよ」


シラーはそっと本を閉じて、俺の目を見つめた。


「みんな死んでから、戦争が終わってから、もう、20年が経つんだ」


今月で終戦から20年になる。


「兄さんのことを、今でも夢に見るんだ。俺はあんなに小さかったのに、今でも思い出すんだ」


そろそろ夕日が沈んで、店を開ける準備に取り掛かる。


なにも変わらないこんな日常の中に、未だ大きく影を落としたままの20年前の記憶。彼の中に重く、鉛のように沈むそれは、一体いつになったら消えるんだろう。


彼を取り巻く兄の死と、その彼を支えきれずに心に血を流し続ける白髪の彼女。


2人がこの国で互いを傷つけ合うのは必然だろうか。




部屋の扉が開く。


「2人ともいいかい。開店の準備を手伝ってくれ」


扉の隙間から、アマリリスの優しい瞳がこちらを覗いていた。



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