第3話 世界中の全てが。
『元気にしている? 病気とかになっていない?』
スマホに届いた支倉さんからのメッセージは、とても短くて簡単なものだった。着飾ったところも、取り繕ったところもない何気ない言葉。
僕は、支倉さんに何かがあったんだと気がついた。
『僕は大丈夫だよ。今は一人で留守番をしてる。支倉さんこそ大丈夫? 病気になったりしていない?』
僕は直ぐにメッセージを送って、返事が返ってくるのを待った。なんだか、支倉さんからの返事が永遠に帰ってこない気がして怖かった。僕は自分の送ったメッセージが届いていないんじゃないかって不安になって、なんどもなんども送信画面を見直した。
五分後。
スマホが震えた。
それは、ひどく怯えたような震えかただった。
『私も大丈夫よ。家に一人でいる』
返ってきたメッセージは、やはりとても短くて簡単なものだった。
それが、どうしてか僕を傷つけた。
心がくしゃくしゃになりそうだった。
『良かった。なんだか、すごく大変なことになっちゃったね』
『そうね。世界中がひっくり返ってしまったみたいな騒ぎで、テレビを見ていると気が滅入ってくるわ。どこにもまともな人はいないって感じがする。なんだか、全てが間違っているような気がするわ。世界中の全てが』
支倉さんはいつもの口癖を呟いて、世の中がおかしくなっていると表明した。
それは、全くもって正しかった。
この世界で唯一の正しいことのように感じられた。
僕は、なんてメッセージを返したらいいのか分からなくて悩んだ。
支倉さんになんて言葉をかけたらいいのか分からなくて、上手く文章が打てなかった。彼女が求めているものを差しだせる自信がなくて、僕は臆病になっていた。
すると、僕のメッセージを待たずに支倉さんから続けてメッセージが来た。
『こんな時、あなたが近くにいてくれれば良かったのにって思う。ウィルスのせいで一緒の部屋にはいられなくても、あなたが隣の部屋にいるんだって思えたら、直ぐ会える距離にあなたがいるんだって思えたら、もう少しマシな気分になっていたんじゃないかって思うの。まぁ、一人で留守番をしているなんてもう慣れっこだから、なんてことないんだけどね』
そのメッセージを読んで、僕はとても驚いた。
支倉さんがこんなメッセージを――素直で、心細そうな言葉を送ってくるなんて信じられなかった。そもそも支倉さんが僕に連絡をしてきたこと自体、奇跡みたいだと思った。
支倉さんはいつだってクールで、いつだって強がっている女の子だった。自分の目の前で起こる全てのことを、取るに足らない何でもないことのように振舞って見せる女の子だった。
そんな彼女が、僕に近くにいてくれればと、僕が隣の部屋にいてくれたらなんて、そんなか弱い女の子のようなメッセージを送ってきた。
支倉さんは、とても弱っている。
自分一人ではどうしようもないほどに。
一人でいることに滅入っていて、誰かにそばにいて欲しいと思っている。
僕は、そう確信した。
きっと色々なことが――環境の変化や、家庭の事情や、世の中の出来事が、支倉さんを追い詰めている。よく分からないウィルスのように、彼女を蝕んでいる。そこには、きっと彼女自身の問題も大きく絡んでいる。
僕はそのことを知っているけれど、そこに踏み込むことはできなかった。
だけど今、支倉さんは透明な壁に押しつぶされそうになっている。
だから、僕に連絡をしてきた。
僕は、急いで支倉さんにメッセージを送った。
『僕も、支倉さんがそばにいてくれたらって思うよ。支倉さんが引っ越してから、毎日そう思ってた。支倉さんが隣の部屋にいてくれたらなあって』
『ありがとう。そう言ってもらえただけで嬉しいわ。少し気が紛れた気がする』
その言葉には、支倉さんのクールさや強がりが戻っていた。
だけど、それはとても寂しいことに思えた。
支倉さんはもっと素直になるべきだし、弱音を吐いて、愚痴をこぼして、泣いたり、怒ったり、叫んだり、わがままになったりするべきなんだって思った。自分を押し殺して、必死にクールぶって、強がりを続ける必要なんてないんだって、そう言ってあげたかった。
支倉さんに会って、直接そう言ってあげたかった。
そう思った瞬間に、僕は立ち上がっていた。
支倉さんに会うために、僕は外に出る覚悟を決めていた。
扉を開ける決意をしたんだ。
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