見た目も好みも違うおれ達は——
思い出す。思い出す。
こんな日だと言うのに、過去の事を思い出す。
それはやっぱり小学生の頃の話。
おれが一番荒れていて、愚弟がサンタの話と両親の話をしたちょっと後の話。
大嫌いな弟から逃げるために、おれは一人で学校から家に向かって歩いていた。
校門までは一緒に行き、忘れ物したから取ってきてとありもしない嘘をついた。
馬鹿みたいに信じて遠ざかる弟の背中を見送って、一人で家までの道を歩く。悪い事をした罪悪感と、初めて経験する一人で帰るという事に対する高揚感でドキドキしていたのを今でも覚えている。
まあ、そのドキドキもすぐに後悔に変わったんだけどね……
慣れない事なんてするもんじゃないなって、常々思うよ。
一人でワクワクしながら歩いた帰り道に『事件』は起きた。詳細は思い出したくもない。
でも、その『事件』のせいで弟はおれを守ると言って側を余計に離れたがらなくなったし、おれは喋る事をやめた。
失音症とかそういうことではなく、ただただ喋りたくないから口を閉ざした。誰とも交流する気がないと言う点では、心も閉ざしていたかもしれない。
ゼン兄やエメは勿論、周囲の人間も皆心配してくれた。おれはお喋りで明るい子どもだったから。
ガルレイドは変わらずおれを兄として愚直に敬意を示してきた。
「カルムにぃ、カルムにぃ、カルムにぃ。
しゃべらないの? しゃべりたくないの? しゃべらいと分からないよ」
もともと無口だった弟は、おれの分も喋るかのように口数が増えた。
「双子はね、お互いの考えていることがテレパシーで分かるんだって。だから、俺がカルムにぃの考えてる事代わりに話すね」
サイコパスかな?
突然そんな事を言い出して、おれは大いにドン引きした。
「えーと、えーと……」
こめかみをグリグリしながら、必死に何かを受信しようとする弟。
できるはずないじゃん。と、おれは思った。
「ハチミツが食べたい?」
ほらね。
テレパシーとか眉唾だし。そもそもおれ達、本当の双子じゃないかもしれないし。
「うーん、違うなあ……」
両親がいないのは変なんでしょ?
お前が言ったんだ……
なら、もう一つ変が増えたって良いじゃんか。
「カルムにぃ、カルムにぃ」
ああ、もうなんなんだよ! いい加減ーー
「いい加減放っておいてよ。だね」
…………
ガラス玉のように透き通ったブルーの瞳が、おれを見つめていた。
偶然だよ。偶然に決まっている。
「ううん。分かったよ、カルムにぃの考えていること」
いや、いやいやいや。
あるはずないじゃんテレパシーなんて、できるはずないじゃんそんなこと。
だって、だって、おれには分からないよ……ガルルの考えていることなんて。
「うん。どういたしまして」
いや、やっぱり受信できてないね!?
………………
…………
……
「カルム兄カルム兄」
またもや手が止まってしまったから、ガルレイドがジッとこちらを見つめていた。
あれから約六年。
おれは今でも喋る気は全くないけれど、彼のテレパシーには頼りきって生活をしていた。
だって便利なんだ。
100%とはいかないけど、考えていることが大体弟に伝わる。
例えば今だって、角度によっては緑色にも見えるそのブルーの瞳が綺麗だなとか思っていると……
「ミートボールが食べたい?」
グロやめて!?
目玉とミートボールって、分からなくもないけど……
いや、やっぱ違うわ。全然違うから!
「あれ? サラダボウルだった?」
あーそうそう、ちょっと近づいて……ないっ!!
愚弟がどのように受け取っているのかは永遠の謎だけど、今のは流石にポンコツ過ぎる。
ねぇねぇ、いい加減な事を受信するアンテナはコレかな? なんて思いながらガルレイドの髪を掴んだやると「ゴメンね、カルム兄」と謝ってきた。
「別にそこで受信しているわけじゃないよ?」
じゃあどこでしてるのさ。
「…………脳波?」
サイコパスかな??
せっかく感慨にふけっていたのに、台無しにされてしまった。だからお前はいつまで経っても愚弟なんだ。
その謎の双子テレパシーも、どんな時でもおれを兄と呼んで慕ってくれたことも、家族について不安になっていたおれの救いになったなんて思っていないんだからね!
「え、どういたしまして?」
誰も感謝なんてしてないよ馬鹿。
掴んでいた髪から手を離し、今度は両のほっぺを全力でムニる。
「ふぁうふひぃふぁんふぇー」
ガルレイドが何か言っているけど、おれはよく分からないテレパシーとかないから何も伝わらない。
残念だったね、愚弟。
「ふふふ、仲良いなぁ」
「馬鹿やってるだけでしょ」
女性陣のどこか微笑ましそうな声に恥ずかしくなって弟を解放する。
「あっ、雪」
窓を見たフク姉がポツリと呟いた。
「ホワイトクリスマスってやつだ」
「せっかくだし外に出るかい?」
「それも良いかも」
この瞬間、おれとエメは間違いなく面倒臭いと思っただろうね。でも楽しそうにするフク姉の笑顔を曇らせてまで突き通したいわがままでもないから、黙って皆で外に出た。
パラパラと降り注ぐ雪は少し大粒で、このペースならもう少し待てば雪遊びとかできそうだ。
でも今は特にやる事が無いわけで、雪景色を楽しむ情緒のない
「う、寒い……」
あ、そうだ。これはただの気まぐれでしかないんだけど、今日は気分が良いから一曲歌おうとおれは思った。
クリスマスだし、暇だし。
これから向かう新天地に期待を込めて。
そして……
「O Holy night 〜♪」
かつて歌い慣れた聖歌を、クリスマスの賛美歌を高らかに歌い上げる。
「カルム……」
ゼン兄が息を飲む気配を感じた。
当然だ。話のをやめたおれは、人前で歌うのも久しぶりだった。
「わぁ、カルムの声初めて聞いたけど……なんか、凄く癒されるな……」
「へぇ、ご機嫌じゃん。あたしもカルムの歌だけは、認めてあげなくもないかな」
エメに認められたら槍が降りそうだからやめて欲しい。
だけど、そっか……フク姉に聞かせるのは初めてなんだ……
「ふふ、家の前なのにまるで教会に来たみたいな気分になるね」
「うん。カルム兄の歌は世界一だから」
やめてガルル、それは言い過ぎだから。
あーもう、ほら……久しぶりだから高音が綺麗に出なかったじゃん。
サビを歌い抜き、二番の歌詞に入ろうと息を吸う。
その時。
「あぁ……ごめん、ごめんなぁ……」
ゼン兄の震えた声が耳に届いた。手で顔を覆ったゼン兄の表情はよく見えない。
突然の出来事に驚いたおれ達は、わらわらと長兄の周りに集まった。
「俺が……こんなんだから、君達を真っ直ぐ育ててあげることができなくて……」
この時おれ達は初めて知った。いつも笑顔でどんなトラブルも解決してくれたゼン兄が、本当はこんなにも気にしていたんだって。
「俺は君達の父親になれない。母親になれない」
それはきっとエメやガルレイドの転校騒ぎの事だと思った。
おれが話さなくなった事だと思った。
でも……
「違う! 違うよゼン兄! ゼン兄のせいじゃない。あたし達が捻くれて、勝手に真っ直ぐ育たなかっただけだから……」
エメの言う通りだ。
おれ達はゼン兄の愛情を疑ったことなんてない。起こした問題も全てゼン兄の責任なんかじゃない。
ただおれ達の運がちょっと悪くて、周りに適合できなかっただけ。
どう考えても悪いのはおれ達なんだよね。
それなのに、何回でもやり直させてくれるゼン兄には感謝しても仕切れないくらいだ。
「ゼン兄はゼン兄だから、お父さんお母さんじゃないよ」
それは当たり前のことだけど、ガルレイドの言ったことに間違いはない。
兄として最善を尽くそうとしてくれたゼン兄を、おれ達は慕っているんだから。
だから……
「……ありが、とう」
こっぱずかしいけれど、この気持ちを声に乗せてみる。
「君達!」
涙を滲ませながら、満面の笑みをゼン兄が浮かべた。
それからガバリと広げられた両手で、おれ、エメ、ガルレイドはまとめて抱きしめられる。
カシャり。
そこにシャッター音が鳴り響いた。
「ほら、見て? 笑った顔がそっくり。やっぱり兄弟ね」
少し離れたところから様子を見ていたフク姉が、スマホの画面を見せてくれた。
「じゃあ次はフクシアも入れて五人で撮ろうか」
「えっ、でも」
「ナイスゼン兄! 引っ越す前だし、記念に家の前で皆撮ろう!」
「フク姉は、ゼン兄のお嫁さんだから、お姉ちゃん」
「ん」
よく考えたら、家族が四人から五人に増えてから集合写真を撮るのは初めてかもしれない。
おれが気まぐれに歌ったりしたからしんみりしてしまったけど、結果的には良かったんだろう。
「よし、そのまま笑って……」
カメラのタイマーをセットしたゼン兄が走ってくる。
カシャり。
サンタが上に登るようなクリスマスの電飾で飾られた一軒家の前で寄り合う五人。
見た目はてんでバラバラで、知らない人が見たら家族だなんて絶対思えない。
本当は血なんて繋がっていないのかもしれない。
サンタを信じる子供の夢を守るように、こうして五人で家族を演じているだけかもしれない。
それでも、見た目も好みも違うおれ達はーー
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